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アンヘル・ディ・マリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アンヘル・ディ・マリア
アルゼンチン代表でのディ・マリア (2018年)
名前
本名 アンヘル・ファビアン・ディ・マリア・エルナンデス
Ángel Fabián Di María Hernández
愛称 アンヘリート、エル・フィデオ
ラテン文字 Ángel Di María
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1988-02-14) 1988年2月14日(38歳)
出身地 ロサリオ
身長 178cm[1]
体重 75kg
選手情報
在籍チーム アルゼンチンの旗 CAロサリオ・セントラル
ポジション FW / MF
背番号 11
利き足 左足
ユース
1991-1992 アルゼンチンの旗 トリト
1992-2005 アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2005-2007 アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル 35 (6)
2007-2010 ポルトガルの旗 ベンフィカ 76 (7)
2010-2014 スペインの旗 レアル・マドリード 124 (22)
2014-2015 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 27 (3)
2015-2022 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 197 (56)
2022-2023 イタリアの旗 ユヴェントス 26 (4)
2023-2025 ポルトガルの旗 ベンフィカ 53 (17)
2025- アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル 30 (12)
代表歴
2007  アルゼンチン U-20 11 (5)
2008  アルゼンチン・オリンピック 6 (2)
2008-2024 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 145 (31)
獲得メダル
男子 サッカー
オリンピック
金2008 北京サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。2026年5月16日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

アンヘル・ファビアン・ディ・マリア・エルナンデス(Ángel Fabián Di María Hernández, 1988年2月14日 - )は、アルゼンチン・サンタフェ州ロサリオ出身のサッカー選手。CAロサリオ・セントラル所属。元アルゼンチン代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。スペイン語での標準的発音では「ディ・マリーア」に近い。

クラブ経歴

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ロサリオ・セントラル

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サンタフェ州ロサリオの労働者階級の人々が住むアルベルディ区に生まれる。幼少の頃から非常に活発な子供で、周囲に多動性障害ではないかと心配され、母マリアーナが小児科医に相談するほどだったという[2]。4歳で地元のクルブ・トリートというサッカークラブに通い始め[3]、14歳でCAロサリオ・セントラルに入団し[4]、2005年に17歳でデビュー。当時はサイドバックでプレーしていたが、スピードはあるもののスタミナや対人プレーが弱かったことから大成しない選手とされ、コーチからは「才能がないから他の職業を探した方がいい」と言われた。しかし、2007年にロサリオ・セントラルを率いたカルロス・イスチアによって左ウィングにコンバートされたことにより才能が開花した[5]。

ベンフィカ

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ベンフィカ時代のディ・マリア(2007年)

2007年7月、ボカ・ジュニアーズとの獲得争いを制したベンフィカにシモン・サブローザの代役として移籍した[6]。初参加となったUEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ6試合全てに出場した。2009-10シーズンはリーグトップの12アシストを決め、優勝に貢献。ディエゴ・マラドーナからは、「2年以内に世界的なスター選手になる」と言われた。ディ・マリアはそのシーズン、ポルトガルリーグ最優秀選手に選ばれた。

レアル・マドリード

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2010年6月28日、移籍金2500万ユーロの6年契約でレアル・マドリードに移籍した[7]。クラブ・アメリカとの親善試合でデビューし、RCDマジョルカとのリーグ初戦にもスターティングメンバーに選ばれた。ソシエダ戦ではリーグ初ゴールを記録。その後もコンスタントにプレーし、ディ・マリアのアンヘル(Ángel)というファーストネームから、移籍したラウル・ゴンサレスに代わる『マドリーの新たな天使』というニックネームを授かった[3]。しかし、リーグ、カップ、UEFAチャンピオンズリーグと3つの大会を戦うという過密日程から「疲れた」と心情を吐露した[8]。

チャンピオンズリーグ・ラウンド8でのトッテナム・ホットスパーFC戦1stレグで挙げた3点目は、相手監督のハリー・レドナップから「3点目のようなプレーを見せられてはお手上げだ。あのゴールは本当に素晴らしかった」と賞賛された[9]。FCバルセロナとのコパ・デル・レイ決勝は、延長前半に左サイドのクロスからクリスティアーノ・ロナウドの決勝点を演出した。

2013年にレアル・マドリードがガレス・ベイル獲得に動いていたことにより同じポジションであるディ・マリアが移籍すると見られていたが[10]、新監督のカルロ・アンチェロッティ曰く、「チームのバランスのための技術的な決断」で移籍市場最終日にメスト・エジルの移籍が決定したことにより、ディ・マリアは残留となった[11]。開幕当初は出場機会が減ったものの[12]、セントラルMFとしてプレーすることにより出場機会を増やした。チャンピオンズリーグでは、決勝で鋭いドリブル突破からベイルの決勝点をアシストし、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなどクラブの「ラ・デシマ」達成に大きく貢献した。

マンチェスター・ユナイテッド

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2014年夏にレアル・マドリードがハメス・ロドリゲス、トニ・クロースらを獲得した事により移籍を志願、8月26日にマンチェスター・ユナイテッドFCにプレミアリーグ史上最高額の5970万ポンドで移籍[13]、背番号は伝統の7番を背負うこととなった。QPR戦で移籍後初ゴール、リーグ戦27試合に出場、10アシストを記録するも、ゴールは3ゴールに留まった。

パリ・サンジェルマン

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2015年8月6日、フランスのパリ・サンジェルマンFCへ移籍することをクラブ公式Twitter上で発表した[14]。契約は2019年6月30日までの4年間で、背番号は11番である。これによりマンチェスター・ユナイテッドFCにプレミアリーグ史上最高額で移籍も1年で退団することになった。

パリ・サンジェルマンでのディ・マリア(2015年)

2015-16シーズン、18アシストを記録しリーグ優勝に貢献、18アシストはリーグ・アンの新記録となった[15]。

2016-17シーズン、2月14日、チャンピオンズリーグ、ラウンド16のFCバルセロナ戦1stレグでは2得点を決めて勝利に貢献したが、2ndレグでは破れ、準々決勝には進出出来なかった。 4月1日に行われたクープ・ドゥ・フランス決勝、ASモナコとの試合では得点を決め[16]、優勝に貢献した。

2017-18シーズン、2月6日、クープ・ドゥ・フランス3回戦のソショー戦ではハットトリック[17]、準々決勝のマルセイユ戦でも2ゴールゴールを決めるなど、トータル7ゴールを決め[17]、同大会制覇に貢献した。2018-19シーズンはリーグ戦で12ゴール12アシストを決め、リーグ制覇に貢献した[18]。

2019-20シーズン、9月18日、チャンピオンズリーグ、グループステージのレアル・マドリード戦で2得点を挙げ、バルセロナとレアル・マドリードの両方を相手に1試合2得点を達成した史上2人目の選手となった。リーグ戦では26試合で7ゴール14アシストでリーグ3連覇に貢献[19]、チャンピオンズリーグ準々決勝は出場停止で欠場したが、準決勝のライプツィヒ戦では1ゴール2アシストとチームの全てのゴールに関わり、MOMに選ばれる活躍で、チームを初の決勝進出に導いた[20]。

2021-22シーズン、リーグ優勝を果たしたが、このシーズン限りで、7シーズンプレーしたパリ・サンジェルマンを退団することとなった。PSGでは294試合に出場し、クラブ記録である[21] 111アシストを刻んだ[22]。

ユヴェントスFC

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2022年7月8日、ユヴェントスFCへの移籍が発表された[23]。契約期間は2023年6月30日までの1年間。背番号はレアルマドリードでも着用していた22番[24]。リーグ開幕節のサッスオーロで移籍後初ゴールを挙げるデビューを果たした[25]。UEFAヨーロッパリーグ決勝トーナメントプレーオフの第2戦ではハットトリックを決めてラウンド16入りに導いた[26]。

2023年2月23日、彼はヨーロッパリーグのナント戦でハットトリックを達成し、ユヴェントスの3-0のアウェー勝利に貢献した[27]。3月9日には、フライブルク戦で決勝点を挙げ、ホームでの1-0の勝利を導いた。これは彼にとって大会4ゴール目となった[28][29]。 シーズンを通して印象的なプレーを見せたものの、度重なるハムストリングの負傷により出場時間が制限された。そして6月6日、ディ・マリアは契約満了に伴いユヴェントスを退団することを発表した[30]。

ベンフィカ復帰

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2023年7月5日、2010年以来13年ぶりにSLベンフィカに復帰することを発表。背番号は11番を身につけることも併せて発表された[31]。

2023-24シーズン終了後、古巣のCAロサリオ・セントラルに戻ってキャリアを終えたいと思っていたが、自身と親族に対する脅迫や殺害予告を受けて断念せざるを得なくなったことを2024年7月にロサリオのテレビ局のインタビューで語っている[32]。

2025年5月29日、ロサリオ・セントラルはディ・マリアの加入が決定したことを発表[33]。FIFAクラブワールドカップ2025での活動を最後にベンフィカを退団することになった[34]。

ロサリオ・セントラル復帰

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2025年7月7日、CAロサリオ・セントラル復帰会見が行われた[35]。

代表経歴

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2007年に行われたFIFA U-20ワールドカップでは3得点を記録して優勝に貢献し、多くのビッグクラブの注目を集めた。2008年の北京オリンピックではラッキーボーイ的な存在となり、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。準々決勝のオランダ戦では延長後半でチームを準決勝へ導くゴールを決め、決勝のナイジェリア戦では、カウンターから決勝点となる鮮やかなループシュートを決めた[36]。

2008年9月6日にワールドカップ予選のパラグアイ戦でフル代表デビューした[37]。2010年5月24日のカナダ戦でフル代表初ゴールを決めた[37]。2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会にも出場し、ギリシャ戦を除く全ての試合に先発出場した。

2014年FIFAワールドカップブラジル大会決勝トーナメント1回戦のスイス戦では延長後半に決勝ゴールを決め[37]、チームの準々決勝進出を助けたが、ベルギー戦で負傷し途中交代、準決勝、決勝には出場出来ず、チームは決勝でドイツに敗れた。

コパ・アメリカ2015では準決勝のパラグアイ戦で1ゴール2アシストを決め、決勝進出に貢献したが[37]、決勝ではチリに破れ準優勝に終わった。

2018年、ワールドカップロシア大会、決勝トーナメント1回戦のフランス戦でミドルシュートで1ゴールを決めたが[37]、3-4で敗れた。

2021年、コパ・アメリカ決勝のブラジル戦で決勝点を挙げ、28年ぶりのコパ・アメリカ優勝に貢献した[38]。2022年、ワールドカップカタール大会。決勝のフランス戦で1ゴールを決め、36年ぶりのワールドカップ優勝に貢献した。

2023年11月24日、自身のSNS(インスタグラム[39])を更新し、コパ・アメリカ2024を最後に代表から引退することを表明した[40]。

2024年7月14日、コパ・アメリカ2024でアルゼンチンが優勝したことにより、正式に代表を引退した。

人物

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優れたドリブルを持ち、左右どちらのサイドでもプレーすることが出来るアタッカー[3]。レアル・マドリードではウイングで起用されることが多いが、ウイングとしては発想と判断力を重視してプレーしていた。また、ジョゼ・モウリーニョの下で守備への意識を強く持つようになった[41]。

キリスト教を信仰しており、試合前にはロッカールームでお祈りを欠かさない。また、腕に刺青で地元であるペルドリエル地区に対するメッセージを入れており、試合前にはその刺青にキスをしているという[42]。

エピソード

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  • 2010年9月28日、チャンピオンズリーグのAJオセール戦で自身のゴールが決勝点となりマドリーが勝利した翌日、ディ・マリアはマドリー市街で恋人とデートをしていたが、交通事故に遭ってしまい、愛車のアウディが破損した。ディ・マリアカップルの2人には怪我はなかった。ディ・マリアは、事故後すぐにクラブの責任部署に連絡を取った。また家族にも連絡し、安心させた[43]。
  • 体格に反して大食漢である。フェルナンド・ガゴが名付けたことがきっかけとなり、チームメイトからはフィデオ(パスタの意)と呼ばれる[3]。
  • 2013年4月24日に、第一子となる女児が生まれた[44]。
  • 2014年8月29日、先にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍していた同胞のマルコス・ロホがイギリスでの就労ビザ取得に遅れが生じていると問題になっていた頃、ディ・マリアは既にイギリスの就労ビザを取得していた。父方か母方どちらかは定かでないが祖父母がイタリア人であり、ディ・マリア本人もイタリアのパスポートを所有しているが、EU圏内での労働権利を持っていたためである[45]。
  • キャリアにおける移籍金の累計額は1億7700万ユーロとされており、これは2015年8月までのサッカー史上最高額である[46]。

個人成績

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2023年7月6日現在[47]
クラブ シーズン リーグ カップ戦 リーグ杯 国際大会 その他 通算
ディビジョン出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ロサリオ・セントラル 2005-06 プリメーラ 10000-4[a]000140
2006-07 25600-0000256
クラブ通算 35600-4000396
ベンフィカ 2007-08 プリメイラ 260503011[b]100451
2008-09 24210515[c]100354
2009-10 265104114[d]4004510
クラブ通算 767701223060012515
レアル・マドリード 2010-11 リーガBBVA 35680-10[e]300539
2011-12 23520-7[e]22[f]0347
2012-13 32792-11[e]02[f]15410
2013-14 34474-11[e]3005211
2014-15 0000-001[f]010
クラブ通算 12422266-3985119437
マンチェスター・U 2014-15 プレミアリーグ2735100-00324
クラブ通算 2735100-00324
PSG 2015-16 リーグ・アン 2910404210[e]3004715
2016-17 29631337[e]41[g]04314
2017-18 301167425[e]1004521
2018-19 301243208[e]21[g]24519
2019-20 26820319[e]31[g]14113
2020-21 27450-10[e]11[g]0435
2021-22 26500-5[e]000315
クラブ通算 19756241116854144329592
ユヴェントス 2022-23 セリエA 26440-10[b]4-408
クラブ通算 26440-104-408
ベンフィカ 2023-24 プリメイラ 2895032115104817
2024-25 プリメイラ 25 8 3 3 3 3 13 5 - 47 21
クラブ通算 53 17 8 3 6 5 24 10 1 0 96 38
ロサリオ・セントラル 2025-26 プリメーラ
キャリア総通算 5381157321341516142104724162

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 145試合 31得点 (2008年 - 2024年)[48]
アルゼンチン代表国際Aマッチ
年出場得点
200810
200950
2010112
2011103
201283
201391
2014132
2015134
2016123
2017101
201851
201950
202020
2021142
2022116
202371
202492
通算14531

得点

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#開催年月日開催地対戦国スコア結果試合概要
12010年5月24日アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス, エル・モヌメンタルカナダの旗 カナダ3-05-0親善試合
22010年8月11日アイルランドの旗 ダブリン, アビバ・スタジアムアイルランドの旗 アイルランド1-01-0
32011年2月9日スイスの旗 ジュネーヴ, スタッド・ドゥ・ジュネーヴポルトガルの旗 ポルトガル1-02-1
42011年7月11日アルゼンチンの旗 コルドバ, エスタディオ・マリオ・アルベルト・ケンペスコスタリカの旗 コスタリカ3-03-0コパ・アメリカ2011
52011年9月6日バングラデシュの旗 ダッカ, バンガバンドゥ・ナショナル・スタジアムナイジェリアの旗 ナイジェリア2-03-1親善試合
62012年7月3日アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス, エル・モヌメンタルエクアドルの旗 エクアドル4-04-0ブラジルW杯・南米予選
72012年8月15日ドイツの旗 フランクフルト, ヴァルトシュタディオンドイツの旗 ドイツ3-03-1親善試合
82012年9月7日アルゼンチンの旗 コルドバ, エスタディオ・マリオ・アルベルト・ケンペスパラグアイの旗 パラグアイ1-03-1ブラジルW杯・南米予選
92013年9月10日パラグアイの旗 アスンシオン, エスタディオ・ディフェンソーレス・デル・チャコパラグアイの旗 パラグアイ4-15-2
102014年7月1日ブラジルの旗 サンパウロ, アレーナ・デ・サンパウロスイスの旗 スイス1-01-0ブラジルW杯
112014年9月6日ドイツの旗 デュッセルドルフ, エスプリ・アレーナドイツの旗 ドイツ4-04-2親善試合
122015年6月6日アルゼンチンの旗 サンフアン, エスタディオ・サンフアン・デル・ビセンテナリオボリビアの旗 ボリビア1-05-0
135-0
142015年6月30日チリの旗 コンセプシオン, エスタディオ・ムニシパル・デ・コンセプシオンパラグアイの旗 パラグアイ3-16-1コパ・アメリカ2015準決勝
154-1
162016年3月24日チリの旗 サンティアゴ, エスタディオ・ナシオナル・デ・チリチリの旗 チリ1-11-2ロシアW杯・南米予選
172016年6月6日アメリカ合衆国の旗 サンタクララ, リーバイス・スタジアムチリの旗 チリ1-02-1コパ・アメリカ・センテナリオ
182016年11月15日アルゼンチンの旗 サンフアン, エスタディオ・サンフアン・デル・ビセンテナリオコロンビアの旗 コロンビア3-03-0ロシアW杯・南米予選
192017年6月13日シンガポールの旗 カラン地区, シンガポール・ナショナルスタジアムシンガポールの旗 シンガポール6-06-0親善試合
202018年6月30日ロシアの旗 カザン, カザン・アリーナフランスの旗 フランス1-13-4ロシアW杯・ラウンド16
212021年7月10日ブラジルの旗 リオデジャネイロ, エスタジオ・ド・マラカナンブラジルの旗 ブラジル1-01-0コパ・アメリカ2021決勝
222021年11月12日ウルグアイの旗 モンテビデオ, カンペオン・デル・シグロウルグアイの旗 ウルグアイ1-01-0カタールW杯・南米予選
232021年1月27日チリの旗 カラマ, ムニシパル・デ・カラマチリの旗 チリ1-02-1
242022年3月25日アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス, エル・モヌメンタルベネズエラの旗 ベネズエラ2-03-0
252022年6月1日イングランドの旗 ロンドン, ウェンブリー・スタジアムイタリアの旗 イタリア2-03-0フィナリッシマ
262022年11月16日アラブ首長国連邦の旗 アブダビ, シェイク・ザイード・スタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦2-05-0親善試合
273-0
282022年12月18日カタールの旗 ルサイル, ルサイル・スタジアムフランスの旗 フランス2-03-3
4-2(P)
カタールW杯・決勝
292023年3月28日アルゼンチンの旗 サンティアゴ・デル・エステロ, エスタディオ・ウニコキュラソー島の旗 キュラソー6-07-0親善試合
30 2024年3月27日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス, ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム コスタリカの旗 コスタリカ 1-1 3-1
31 2024年6月10日 アメリカ合衆国の旗 シカゴ, ソルジャー・フィールド エクアドルの旗 エクアドル 1-0 1-0

タイトル

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クラブ

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レアル・マドリードでプレイするディ・マリア
SLベンフィカ
レアル・マドリード
パリ・サンジェルマンFC
CAロサリオ・セントラル

代表

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アルゼンチン代表
U-20アルゼンチン代表
U-23アルゼンチン代表

個人

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脚注

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  1. ↑ “Di María” (英語). www.slbenfica.pt. 2023年10月28日閲覧。
  2. ↑ 「ルーツを訪ねて第60回:幸運を運ぶ本当の天使」 『WORLD SOCCER DIGEST No.278』 第14巻第21号、日本スポーツ企画出版社、2008年、76-78頁。雑誌 29891-11/8
  3. 1 2 3 4 マドリーに舞い降りた天使 uefa.com、2011年1月27日
  4. ↑ 移籍金として受け取ったのは、サッカーボール40個だった。
  5. ↑ 「天才プレイヤーの創り方。」Number 771号、2011年1月27日
  6. ↑ Lowe, Sid (2014年8月26日). “Real Madrid will miss Ángel di Maria who is ‘better than Lionel Messi’”. The Guardian (イギリス英語). ISSN 0261-3077. 2025年3月19日閲覧.
  7. ↑ レアル・マドリー、ディ・マリア獲得を発表 Goal.com、2010年5月20日
  8. ↑ 【サッカー】R・マドリー、ハードスケジュールで疲労困憊 searchina.ne.jp、2011年2月5日
  9. ↑ トッテナムのレドナップ監督「クラウチのプレーには失望した」 スポーツナビ、2011年4月6日
  10. ↑ レアル MFベイル加入もエジルを放出 デイリーオンライン、2013年9月2日
  11. ↑ アンチェロッティ:「エジルよりディ・マリアを選んだ」 Goal.com、2013年10月25日
  12. ↑ ディ・マリア、ベイル加入でレアルから移籍? プレミアかフランスが新天地か livedoor.com、2013年12月25日
  13. ↑ 2010-11シーズンにリバプールのフェルナンド・トーレスがチェルシーに移籍した際の5000万ポンドがそれまでのプレミアリーグ史上最高額である。
  14. ↑ ディ・マリアのPSG移籍が決定…プレミア最高額で獲得も1年でマンU退団 soccerking 2015年8月6日
  15. ↑ “Di Maria sets new Ligue 1 record with 18 assists”. Goal.com. 14 May 2016.
  16. ↑ “AS Monaco 4-1 Paris Saint-Germain”. Ligue 1. 1 April 2017.
  17. 1 2 “Angel Di Maria 2017/18”. www.transfermarkt.com. 2020年4月1日閲覧.
  18. ↑ “Angel Di Maria 2018/19”. www.transfermarkt.com. 2020年4月1日閲覧.
  19. ↑ “Angel Di Maria 2019/20”. www.transfermarkt.com. 2020年4月1日閲覧.
  20. ↑ “PSG初の決勝進出に貢献! 1得点2アシストのディ・マリアがMOMに選出”. www.footballchannel. 19 August 2020. 2020年8月19日閲覧.
  21. ↑ “パリ・サン=ジェルマン、アンヘル・ディ・マリアに感謝”. JP.PSG.FR. 2025年3月19日閲覧。
  22. ↑ “ディマリア、PSGを0円退団へ クラブは感謝のメッセージ|Qoly サッカーニュース”. Qoly. 2025年3月19日閲覧。
  23. ↑ “ユベントスがPSG退団のディ・マリアを獲得”. www.afpbb.com (2022年7月9日). 2025年3月19日閲覧。
  24. ↑ “「ついに来た」 ディ・マリア、名門ユベントス「22番」新ユニ着用報告「加入できてうれしい」” (2022年7月10日). 2022年7月10日閲覧。
  25. ↑ “「えぐすぎん?」ディ・マリアがユーベ移籍後初ゴール!鮮烈ボレー弾にファン歓喜「美しい」”. サッカーダイジェスト (2022年8月17日). 2023年2月24日閲覧。
  26. ↑ “ディ・マリアがハットトリック! ユーヴェが敵地で完勝…ナントを下してEL16強入り”. サッカーキング (2023年2月24日). 2023年2月24日閲覧。
  27. ↑ “Nantes 0-3 Juventus (1-4 on agg): Angel di Maria hat-trick takes Italians into last 16 of Europa League”. BBC Sport (イギリス英語). 2023年2月23日. 2025年3月19日閲覧.
  28. ↑ “Il primo round va alla Juve: col Friburgo ci pensa il solito Di Maria” (イタリア語). La Gazzetta dello Sport (2023年3月9日). 2025年3月19日閲覧。
  29. ↑ Reuters (2023年2月23日). “Europa League roundup: Di María hits Juve hat-trick as Sevilla keeper attacked”. The Guardian (イギリス英語). ISSN 0261-3077. 2025年3月19日閲覧. {{cite news}}: |last=に無意味な名前が入力されています。 (説明)
  30. ↑ “Di Maria announces he is leaving Juventus - Football Italia” (英語). football-italia.net (2023年6月6日). 2025年3月19日閲覧。
  31. ↑ “Di María joins Benfica!” (英語). www.slbenfica.pt. 2025年3月19日閲覧。
  32. ↑ “Death threats ruin Di Maria's 'dream' Rosario move”. BBCスポーツ (2024年7月31日). 2025年7月7日閲覧。
  33. ↑ CAロサリオ・セントラル [@rosariocentral]「Bienvenido a casa, Angelito 🫶🏻🇺🇦」2025年5月29日。Instagramより2025年7月7日閲覧。
  34. ↑ Mantej Mann (2025年5月29日). “Di Maria to return to boyhood club despite previous threats”. BBCスポーツ. 2025年7月7日閲覧。
  35. ↑ CAロサリオ・セントラル [@rosariocentral]「🎙️ Conferencia de prensa “Presentación de Ángel Di María en Rosario Central”」2025年7月7日。Instagramより2025年7月7日閲覧。
  36. ↑ “アルゼンチン男子 ナイジェリア下し五輪2連覇”. www.afpbb.com (2008年8月23日). 2025年3月19日閲覧。
  37. 1 2 3 4 5 “Angel Di Maria Nationa team”. www.transfermarkt.com. 2020年4月1日閲覧.
  38. ↑ “メッシ、5度目の決勝戦で悲願の代表初タイトル…!アルゼンチンがブラジル下し28年ぶりコパ・アメリカ制覇”. ゴールコム (2021年7月11日). 2021年7月11日閲覧。
  39. ↑ “ディマリアが代表引退へ サッカー、アルゼンチン代表FW”. デイリースポーツ online. 株式会社デイリースポーツ. 2023年11月24日. 2023年11月24日閲覧.
  40. ↑ “35歳FWディ・マリア、コパ・アメリカ2024終了後のアルゼンチン代表引退を表明”. サッカーキング (2023年11月24日). 2023年11月24日閲覧。
  41. ↑ 「アンヘル・ディ・マリアが語るウイングに求められる条件」『ワールドサッカーキング 2011年8月4日号(No.185)』フロムワン
  42. ↑ 地元を愛するR・マドリーの救世主 livedoor.com、2010年10月2日
  43. ↑ “救世主ディ・マリアが交通事故に!”. サーチナ (2010年10月1日). 2010年10月7日閲覧。
  44. ↑ “新米パパのディマリア過密スケジュール”. デイリースポーツ (2013年4月24日). 2013年4月25日閲覧。
  45. ↑ “Van Gaal: Rojo still needs work permit”. マンチェスター・ユナイテッド公式Webサイト (2014年8月29日). 2014年9月8日閲覧。
  46. ↑ Co.,Ltd, livedoor (2015年8月7日). “今夏PSG移籍のディ・マリアは…仏紙が累計移籍金トップ10を発表”. サッカーキング. 2025年3月19日閲覧。
  47. ↑ アンヘル・ディ・マリア - Soccerwayによる個人成績
  48. ↑ アンヘル・ディ・マリア - National-Football-Teams.com

関連項目

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外部リンク

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