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中丁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中丁
第10代王
国名
都城
隞(囂)
太戊
卜辞では仲丁(ちゅうてい)と作る。名はとも作る。

中丁(ちゅうてい)は、の第10代の王。仲丁とも書く[1]

概要

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太戊(中宗)の子[1]。叔父の雍己より王位を継承し、『史記』殷本紀によればから隞(囂)に遷都した[1]竹書紀年によれば治世6年目に藍夷を攻めたという。 在位は13年、11年、9年の三つの記述がある。弟の外壬が即位した[2][3][4]

『史記』殷本紀によれば、中丁から陽甲までの9人の王にわたって王室内部の継承紛争があったとする。落合淳思は祖乙より後が系譜上の位置づけができておらず、祖乙以降が混乱期であると推測している[5]

脚注

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  1. 1 2 3 『史記』殷本紀第3。新釈漢文体系『史記』1の127頁。
  2. Bai, Shouyi (2002). An Outline History of China. Beijing: Foreign Language Press. ISBN 7-119-02347-0
  3. The Shang Dynasty Rulers”. China Knowledge. 2007年8月7日閲覧。
  4. Shang Kingship And Shang Kinship”. Indiana University. 2008年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月7日閲覧。
  5. 落合 2015, pp. 35–37.

参考文献

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