#7 小久保裕紀(巨人) 新天地・巨人で大ケガから復活HR

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#7 小久保裕紀(巨人) 新天地・巨人で大ケガから復活HR

 

◎2004年4月3日 東京ドーム

阪神  0 0 1 4 0 0 0 0 0 = 5

巨人  0 0 0 0 0 0 1 0 0 = 1

HR(阪神)矢野1号 アリアス2号

(巨人)小久保1号

 

「(福原)2球目、投げました。直球、打った! 高く上がった右中間! 大きな当たり! ライト、バック! センター、バック! 向こう向き! 打球が伸びた! 入った! ホームラン! ジャイアンツに移った小久保裕紀、ようやく右中間スタンドにご挨拶の第1号! 反撃ののろし、福原から打ちました! 右中間の1番深いところ。小久保が今、ホームイン! ジャイアンツに移って、小久保、初めてのヒットがホームラン!」(実況:ニッポン放送・松本秀夫アナウンサー)

 

2003年、王貞治監督のもと、阪神との日本シリーズを4勝3敗で制し、4年ぶりの日本一に輝いた福岡ダイエーホークス。福岡市内で記念のパレードが行われた翌日、11月3日に激震が走った。緊急記者会見が行われ、中内正オーナーと、チームの顔・小久保裕紀選手が出席。その席で中内オーナーから発表されたのはなんと、「小久保選手を巨人へ無償でトレードします」という前代未聞の報告だった。

 

小久保は青山学院大学を経て、1993年、逆指名ドラフト2位でダイエーに入団。プロ2年目の1995年、新指揮官の王監督にレギュラーで起用され、この年全試合に出場。28本塁打を打ち、初の本塁打王に輝いた。当時のダイエーはまだ下位低迷が続いていた時代だったが、小久保以降も、城島健司・松中信彦・井口資仁らアマの有望選手を次々と獲得。南海時代以来20年間もBクラスが続いていたダイエーは、彼らの活躍もあって“勝てる集団”へと変貌を遂げ、小久保はその牽引役となった。1999年、小久保はシーズンを通じて4番を打ち、福岡移転後初となるリーグ優勝と日本一に貢献。2000年には選手会長に就任、チームをリーグ連覇に導いた。

 

しかし……2003年、小久保をアクシデントが襲う。3月に福岡ドームで行われたオープン戦。一塁走者だった小久保は、松中の二塁打で本塁へ突入した際、相手捕手と激しく交錯。右ヒザの前十字じん帯断裂、内側じん帯損傷、外側半月板損傷、脛骨・大腿骨挫傷の大ケガを負い、開幕前にシーズンを棒に振ってしまう。この年、ダイエーは3年ぶりのリーグ制覇と4年ぶりの日本一に輝いたが、小久保は1試合もプレーしていない。

 

来年こそ元気な姿を……とファンの誰もが期待していたのに、日本一パレードの直後、球団はまさかの「小久保無償トレード」を発表。これにはファンはもちろん、選手たちも猛反発。優勝旅行のボイコット騒動にまで発展した。トレードの背景には、治療費を全額負担すると言っていた球団側が突然前言を翻し、ほとんどを小久保が負担することになったことや、専横ぶりが甚だしかった当時の球団社長との確執もあった。

 

決裂が決定的になったのは「今年は小久保がいないから勝てた。彼がいると若手が萎縮して力を出せない」というフロント関係者の心ない言葉が本人の耳に入ったことだった。「もうこのチームでは戦えない」という小久保の放出志願は受け入れられ、異例の巨人への無償トレードが実現。巨人はダイエーと小久保獲得を競った球団でもあった。

 

迎えた2004年、小久保は、東京ドームで行われた阪神との開幕カードに「3番・サード」で先発出場。移籍初ヒットは開幕2戦目の7回、福原忍投手から右中間スタンド中段へ叩き込んだ“挨拶代わり”のホームランだった。開幕時はまだヒザが完全に治りきっていなかったにもかかわらず、小久保は徐々に調子を上げ、この年、125試合に出場して打率.314、41本塁打、96打点という素晴らしい成績を残した。巨人の右打者がシーズン40本以上打ったのは球団史上初の快挙で、長嶋茂雄も原辰徳もできなかったことを小久保は移籍1年目にやってのけた。また練習に取り組む姿勢など、若手たちに与えた影響も大きかったと聞く。

 

2006年にはリーダーシップを買われ巨人でも主将に就任した小久保だったが、この年のオフ、FA権を行使して在籍3年で巨人を退団。親会社がソフトバンクに代わり、フロントが刷新された古巣ホークスに復帰した。小久保は言う。「巨人に行ってよかったですよ。ポジション争いに燃えたし、高橋由伸のような生涯の友人もできた」。

 

巨人在籍で野球人としての引き出しを増やした小久保は、その後もホークスの顔として活躍。2012年に現役を引退し、2013年から2017年まで日本代表監督を務めた後、2021年から指導者としてソフトバンクに復帰した。2024年から一軍監督に就任し、昨年はチームをリーグ連覇と4年ぶりの日本一に導いたのはご存じの通りだ。

 

<チャッピー加藤>

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