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【僕の原点】23歳、家なし・金なし・信用なし。それでも僕は起業をやめなかった。

こんにちは、2002年生まれ、岐阜県出身東京在住のりゅうまです。

大学進学を機に東京に出て、これまでに会社を3社立ち上げました。ビジネスコンテストで2つ優勝したこともあります。LINEに特化したマーケティング、銀行融資まわりの支援、父が新しく立ち上げた瓦屋の会社設立やDX化の支援などをしています。

こう書くと、順調に見えるかもしれません。実際は、かなり失敗してきました。

美容サロン事業でお金がなくなり、東京に戻ってきた時には住む家がなく、1年から2年ほど友達の家に住ませてもらっていた時期があります。
友達や知り合いからお金を借りたこともあります。事業も生活も安定しておらず、自分で何とかしようとしていましたが、実際にはかなり周りに助けてもらっていました。

今はLINEに特化したマーケティングの仕事が軌道に乗り、実体験を元に融資支援事業も始め、普通に生活できるようになりました。父が新しく立ち上げた瓦屋では、会社設立、融資資料の作成、DX化、バックオフィス整備を手伝っています。近いうちに、その会社の取締役にもなる予定です。

これNoteは成功談ではありません。ようやくスタート地点に立った感覚のある僕の人生物語です。


お金が、ずっと人生の中心にあった

僕は岐阜県の人口1万人に満たない町で育ちました。電車も2時間に1本で、小学校も同級生が25人しかいないド田舎でした。

地元の景色


家系は大家族で兄弟やいとこを合わせて20人ぐらいの1番上の長男として、田舎で自由に伸び伸びと育ててもらいました。

中学2年生くらいの時、母親のお金の使い方で離婚し家庭崩壊をしました。当時100円のお菓子すら買ってもらえないことがありました。
その頃から、何かをするためにはお金が必要なんだという感覚が強く残るようになり、下の兄弟やいとこたちが、進学、部活、挑戦、遊び、欲しいものなど、お金を理由に何かを諦める姿を見るのも嫌でした。
本人の意思とは別に、お金が理由で選択肢が狭まることがあるという感覚が、ずっと自分の中にありました。

だから僕は、かなり早い段階から、自分が稼げるようにならないといけないと思うようになり、親にも、親族にも恩返ししたい。下の兄弟やいとこたちには、お金で選択肢を諦めてほしくない。
そんな思いがずっとありました。

最初の僕のエンジンは、夢や理念というより、お金への強い執着でした。

早く成功したかった。結果、鬱病になった。

大学では、起業やビジネスを学べるiU情報経営イノベーション専門職大学に入りました。

起業したいと思っていたので、インターンをいくつも経験しました。社長直下の環境で働いたり、複数の会社に関わったりしました。東大やMixiのビジネスコンテストで優勝したこともあります。

早く稼げるようになって、家族に返したいという気持ちが強くありました。でも、大学1年生が終わる頃、生まれてからずっと可愛がってくれたおばあちゃんが亡くなりました。タイミングが悪く、その時に石垣島にいて葬式も火葬もいけなくて後悔しかありません。
そこから半年くらい、何もやる気になれずに鬱病になってしまいました。早く成功して恩返ししたいと思っていた相手に、何も返せないまま別れが来た。その事実がかなり大きかったのだと思います。

今振り返ると、悲しみだけではなかったと思います。
お金への執着。
成功への焦り。
家族を背負っているつもりになっていた重さ。
そういうものが重なって、インターンシップも全部やめ半年ほど鬱病になってました。

会社を作った。それが家なし・金なし・信用なしの始まりだった。

半年ほど病んだ後、色々な人のサポートもあって回復しました。

地元には良いものがたくさんあるのに、WebやSNSが弱くて広がっていない。だったら自分が支援すればいい。そんな思いで、Web・SNSの支援を始めました。
そこから勢いで会社を3社立ち上げました。
ただ、うまくいったことより、失敗したことの方が多かったです。会社として立ち上げたのは3社ですが、それ以外にも5社から10社くらい、立ち上げようとして形にならず終わったものがあります。

一番大きかった失敗は、地元で親族と一緒に立ち上げた美容サロンです。
僕が代表で、機械も契約しました。機械代は約400万円でした。当時は、WEB・SNS支援も軌道に乗り、自信満々に集客も黒字化もできて、地元のためにもなると考えていました。(現在は黒字化し譲渡済み)

現実は、そんなに簡単ではありませんでした。融資を引こうとしても思うように進まない。自己資金で何とかしようとして、お金が減っていく。焦ってネットで稼げる方法を探し、情報商材に手を出し、クレジットカードが止まり、信用情報にも傷がつき、ブラックリストに載りました。あと2-3年ぐらいはカードも作れないし、家も個人で借りれないし、ローンも組めないと思います。

焦りが強くなるほど、判断能力が低下していきました。お金に苦労してきた人間なら、本当はもっと慎重になるべきでした。でも、僕は逆でお金に苦労してきたからこそ、お金への執着で前が見えなくなりました。

お金もないから、東京では住む家がなく、友達の家に1-2年住ませてもらいました。その友達は、今では家族同然で、人に紹介する時は、「第二の家族みたいな存在」と伝えるくらいの関係です。友達がいなかったら今の僕はいないので一生かけて恩返ししたいと思ってます。

普通なら、あの時点で潰れていてもおかしくなかったと思います。大学を辞めて、地元に戻って、就職する道もあったはずです。
でも僕は、親族や友達に助けられ、何とか踏みとどまることができました。

焦っていたから、悪い大人に捕まった。

お金がない時、人は判断力が落ちるのを身をもって体験しました。何とか状況を変えたくて、いろいろな大人について行きました。
・弊学の大学教授を名乗り学生を利用する大人。
・一方的に僕を反社呼ばわりする、20-30歳上の大人。
・僕にお金を貸してほしいと言ってくる40歳年上の大人。
・過去の大きな成功を語る芸能関係の人。
・急に音信不通になる大人。
・仕事しても報酬を払わない30歳上の大人。
・定期的にネットワークビジネスに誘ってくる大人。
事断片的な肩書きだけを見ると、すごそうに見える人たちでした。

でも、近づいてきた理由は僕を助けるためではありませんでした。お金に困っていて、精神的にも余裕がない学生に対して、もっともらしい肩書きや過去の実績を見せ、信じ込ませる。そして、こちらが必死に何かを変えようとしている気持ちを利用してくる。

最初は「この人について行けば何とかなるかもしれない」と思わせるのに、実際に出てくる話は、一次情報ではなく、過去の武勇伝や誰かから聞いたような話ばかりでした。

僕のために動いているような顔をしながら、結局は僕を使ってお金を稼ごうとしてくる。口だけは大きい。肩書きだけは強い。でも、実力も責任感もない。そんな大人たちに振り回され、僕はさらに追い込まれていきました。

何度も失敗して、何度も家族や友達に怒られ、何度も挫折しかけました。
結果、たくさんことを学びました。
・肩書きではなく、その人の源泉を見ること。
・何を言っているかではなく、どこからその言葉が出ているかを見ること。
・自分が焦っている時ほど、大きな話には飛びつかないこと。
この失敗は、今の僕の仕事にも生きています。
経営者は、追い詰められると判断を間違え、資金繰りが詰まると、普段なら選ばない選択肢を選び、相談できる人がいないと、怪しい話が救いに見えてしまうことがあります。

僕は、それを自分の実体験として20代前半で経験できたことは資産になると思ってます。

「何でもやる」から、LINEに絞った

転機は、2025年4月頃でした。
お金がなさすぎて、いろいろなところに食いついては失敗していた時、このままではダメだと思いました。
そこで、サロンで培った経験をもとに、LINEに特化した事業を始めました。
広告やSNSから来た人を、どうLINEで受け止め、どう関係性を作り、どう予約や購入につなげるか。
サロンの集客で実際に試してきたからこそ、現場の痛みがわかりました。
問い合わせは来るけど、成約しない。広告費をかけても、追客ができていない。SNSは頑張っているのに、売上につながらない。
そういう悩みが、自分の失敗とつながりました。

そこから少しずつ仕事が増え、大手飲料メーカーのクラファンで日本最速1億達成したときのLINE担当したりと、実績も増え、やっと友達の家を出て、引っ越すことができました。

他の人から見たら小さな一歩かもしれません。でも僕にとっては、本当に大きな変化でした。

今の僕だからできる事業

僕は今、銀行融資や資金まわりの支援をしています。
これまで3社の経営やスタートアップでの実務を経験する中で、成長意欲のある企業ほど資金繰りに悩み、銀行融資をうまく活用できていない現実を見てきました。
自分自身も、美容サロンを立ち上げた時に、事業計画や資料が十分に整っておらず、銀行融資を受けられずに大きく苦労しました。資金が足りないことの重さも、金融機関に事業を正しく伝える難しさも、身をもって経験しました。
一方で、LINE事業では、自分で決算や資料を整え、金融機関に事業内容と返済計画を伝えることで融資を実現し、事業成長につなげることができました。

本来、銀行融資や補助金は、企業の成長を支えるための仕組みです。
でも多くの経営者は、どの金融機関に相談すべきか、銀行が何を見ているのか、どう事業計画を伝えればいいのかを知らないまま、成長の機会を逃してしまっています。

だから僕は、政策金融公庫、信用金庫、地方銀行、メガバンクまで、金融機関とのネットワークを少しずつ作ってきました。
・経営者としての現場感と、銀行側の視点をつなぐ。
・必要な資金が、必要な企業に届く状態を作る。
それが、今の僕だからできる事業です。

サービス資料の一部

この経験は、父の会社支援にもつながっています。父は職人として新しく瓦屋を立ち上げました。今は会社設立、融資資料の作成、DX化、バックオフィス整備などを手伝っています。子どもの頃から支えてもらってきた親を、今度は自分の経験で支えられている現状を嬉しく思います。

僕は不器用で1人じゃ何もできない

僕は、何でもできそうに見えることがあります。実際、ある程度は自分でやってきましたが、1人で出来ることには限りがあるので失敗を繰り返してきました。

本当は人に頼りたいけど、頼るのが本当に下手くそです。
かっこよく見せようとします。強く見せようとします。
でも本当は、助けてほしい時がたくさんあります。僕は、一人で成り上がった人間ではありません。むしろ、いろいろな人に助けてもらって、拾ってもらって、何とか生きてきた人間です。
・友達に泊めてもらったこと。
・親族に助けてもらったこと。
・お金を借りたこと。
・失敗しても見捨てずにいてくれた人たちがいたこと。
その全部がなければ、今の僕はありません。同年代の中では、失敗の数はかなり多いと思います。

でも、そのぶん、経営者の痛みも、地方事業者のもどかしさも、デジタルマーケティングの現場感も、お金がない人の焦りも、少しはわかるようになりました。
エンタメ、スタートアップ、地方創生、店舗経営、SNS、LINE、融資、家業支援など、広く触れて、たくさん失敗して、ようやく僕だからやりたい事業が見つかり、人生が一気に進んでいくタイミングになりました。

お金に振り回されてきた人生を、お金で困っている人を支える人生に変えたい。失敗してきた分だけ、誰かの挑戦が潰れないようにしたい。そしていつか、親にも、祖父母にも、兄弟にも、いとこにも、友達にも、支えてくれた人たちにも、胸を張って恩返ししたいです。
融資支援で資金で困っている経営者を全力で助けにいきます。

最後に

実は、家族のこと、地元のこと、東京に出てからのこと、友達の家に住んでいた時期のこと、お金を借りていた時のこと、会社を作った時のこと、サロンで失敗した時の細かい話、怪しい大人たちに振り回された話、恋愛で元カノの実家に住んでいた話、支えてくれた人たちのこと、今作っている事業のことまで、まだまだ書けることがあります。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
辛い時も楽しい時も一緒に人生歩んでいきましょう!

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