芸人ごっこ 第8話 (創作大賞エンタメ原作部門)
私はネタ合わせの日に3本のネタの台本を考えていったが、高畑は当然のように1本も考えてこなかった。
私の台本を真剣な顔で読んだ高畑は
「とりあえず、童貞のネタだな。うん、なかなかおもろいよ」
と言った。
とても偉そうな細長い顔だった。
私は おもしろいよ じゃなくて おもろいよ の言い方がとても偉そうに感じて引っかかった。
高校時代から最近まで私の横にいた細長い顔は、こんなに偉そうな細長い顔をしたことがなかった。
この時も昔の恋人と今の恋人を比べているような感覚になって、コンビというのは本当に恋愛と似ていると思った。
そして、それを思ったあと、自分がまだ芸人の卵なのに一丁前の芸人になったかのような感覚になった厚かましさに恥ずかしくなった。
心の中でいろいろなモヤモヤや違和感を感じたところからスタートした高畑とのネタ合わせだったが、驚くほどに盛り上がった。
ネタを書く人間同士がブラッシュアップしていくと、自分1人ではたどり着けない発想が次々に出てきた。
しかも高畑にはもともと私のネタをパクって面白くしていた前科もあったので、相性も抜群だった。
あまりにも相性が良かったことで1つ懸念が生まれた。
私からの希望でまだ正式なコンビではなくお試しという形だったので、このネタが終わったら高畑からやっぱり組まないと言われる可能性もあった。
その時に私が考えたこのネタを高畑に持っていかれたら困る。
私は高畑に
「もし正式に組まなかった場合は、ブラッシュアップしたネタは俺が使うからね。今後、合わせる他のネタも、もし組まなかった場合はもともと考えた方がそのあとも使えるってことで良いよね?」
と言うと高畑は
「ああ、それで大丈夫だよ。伴が考えてくれたら俺は考えないから」
と言った。
ネタに対する私への信頼なのか、ただ楽をしたいだけなのかはわからなかったが、とりあえずネタの台本をその後も使える権利を確保したならば、正式に組まなかったとしてもブラッシュアップできるメリットが私にもあった。
安心した私は高畑に
「そう言えば、寿司マンの台本パクったよね?」
と言ってみた。
寿司マンの台本というのは、私がピンでやっていた手汗が原因でいじめを受けるネタで、高畑はそれをパクって、発声の授業の講師主催のライブの集団コントの台本のオーディションを勝ち抜いていた。
高畑は私の問いに
「ああ、発声の授業のライブだから、山本さんや萩谷さんにバレないからな。同期たちにはバレたけど… まあ、コンビだからいいだろ」
と言って笑った。
なんというやつだ。
先にネタをパクってからコンビに誘って コンビだからいいだろ は時系列が狂いすぎてる。
しかも、高畑は計算づくだったのだ。
もしネタの授業で私のネタにそっくりなネタをやったら、評価をさげたり、叱責されたかも知れない。
だけど、パクった台本を発表したのは発声の授業だからネタの授業の講師には確かにバレない。
私はふと、高畑はもしかしたらネタの選抜に上がったのもどこかからパクったものをアレンジしたのかもしれないと思った。
私はコイツは最低なヤツかもしれないと思いながらも、その計算高さと、パクった本人にあっさりと白状する豪胆さに、私に足りないものを持っているヤツなのかも知れないと思った。
自分の意志などなく、両親に言われたから大学に入り、細井に誘われたから芸人の卵になった受動的な性格の私と、他人のネタをパクってまでのし上がろうとする高畑、今までの結果だけを見ると私はネタの基礎クラスで燻っているのに、高畑はネタの選抜クラスに入り、養成所生がはじめて公式にでれるライブの台本をまかされていた。 しかも私からパクったネタで…
この短期間で何度もコンビは恋愛みたいだと思ったが、高畑の発言を聞いて、自分に足りないものを持っているかもしれないと思って感心してしまった私は、やはりクズな男に惹かれてしまう女性のようだった。
私と高畑は、ただ童貞なだけのに、生殖行動をしない事で人口減少を目論むテロリストとして逮捕された冤罪の男、という私の台本をブラッシュアップしてネタの授業に持っていくことにした。
ネタの授業の日、教室に行く前に高畑と決めた仮のコンビ名は馬選抜と高畑をくっつけた、馬高畑 になった。
教室に行くと、なんとそこには細井がいた。
細井は私が別の人間と組むという留守番電話を聞いて、1ヶ月ぶりに教室にきたのだった。
細井は私に
「今まで悪かった。他の人と組んでもしょうがないと思う。今日はピンのネタを作ってきたのを授業で発表する。それを見て伴くんが戻ってきてくれるなら、また一緒にやりたいから見てくれ」
と言った。
勝手なやつだ…私は内心呆れていたけれど
「わかった ピンの芸名どうすんの?」
と言うと細井は
「馬選抜、使っていい?」
と言ったので、私は
「馬選抜は俺が考えた名前だから、馬選抜子分ならいいよ」
と言った。
細井は本当にホワイトボードに馬選抜子分と書いた。
ネタの授業で私と高畑の、馬高畑はかなりウケた。
講評でも萩谷さんが
「そうか、お前達、組んだのか。7期の中でも1番変なネタをやる2人だから、ちょっと楽しみだな。今日のネタは私が音とかを足して演出したくなったよ」
と言ってくれた。
ダメ出しなしでただ演出をしたいというのは、芸人の卵に対する最大級の賛辞だった。
そして、馬選抜子分である細井のネタの番になった。
コンビニなのだろうか?
パントマイムが下手すぎてよく分からなかったけど、入店時に自動ドアに頭をぶつけたと思われる演技は顔が細長くて面白かったが、笑っているのは私1人だった。あとはなにをやっているかも、なにを言っているかもよく分からなかった。
萩谷さんは
「まず、いつもいっているけど、馬選抜子分という名前で内輪ウケを狙おうという発想が芸人になろうという人間のマインドとして良くない。それは素人が高校の文化祭でやることです。あと、ネタの部分はそもそも声が小さくて滑舌も悪い。ちゃんと発声の授業で学んだことを復習してからまたくるように」
と言った。
発声やダンスの授業もちゃんと意味があったのだ。
細井がされていたネタの講評以前の部分の指摘を聞いて、馬選抜子分は私が言ったものだし、ダンスや発声の授業も出てなかったので、自分も言われているような気がした。
養成所入学から半年以上経ったこの時期のネタ見せで、このレベルのことを指摘されるのは細井以外にはいなかった。
そしてその日から細井は2度と養成所にはこなかった。
つづく
第9話
