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芸人ごっこ    第12話 (創作大賞エンタメ原作部門)

週に1度のラミナTheたてもとの劇場出番と、2週に1度の小劇場の出番しかなく、しかもその出番でもギャランティが発生しなかった我々は当然、金がなかった。

千葉県市川市の実家に寄生していた私や、松戸市に住んでいた迫田君の劇場出番のたびに発生する交通費も自腹だった。

そんな金のなかった我々だったが、あまりバイトはしていなかった。

元来、芸人は怠け者が多いのだ。

バイトをしない、ギャラがない、金がない。

そんなとき、芸人はどうするか? 

そう、我々芸人は借金をするのだ。

当時の私のまわりの芸人は、ほとんどが借金をしていた。

今では信じられないかもしれない感覚だが、当時の芸人は借金してナンボというのは普通の感覚だった。

売れて返せばいい。

そんな空虚な呪文を自分の心に唱えながら、芸人達は消費者金融という魔境の門を叩いていた。

そして、今の今まで無一文だった芸人が消費者金融から出てくるとサイフには5万、10万という大金が入っていた。

若手芸人にとって5万円は大金だった。

消費者金融にいって5万円という大金を手にすることを我々芸人は 成金 と呼んでいた。  

借金であり、お金が増えたわけではなかったけど、無一文のサイフにお金が入ったことは、我々にとっては確かに成金だったのだ。

成金になった日、我々はそのお金が借金であることを忘れて、ちゃんと成金として振舞っていた。

普段は発泡酒しか飲めなかった我々だが、成金になった日は、普通のビールを飛び越して、ちょっと高いビールであるプレミアムビールを飲んでいた。

借りた金で飲むプレミアムビールがこの世に存在する液体で1番美味しいということは、芸人になったからこそ知ることができたグルメ哲学であった。

夢と希望と借金が膨らむ芸人生活を満喫していた芸歴2年目のある日、流暢な関西弁を使う八木君が、実は埼玉県人だという衝撃の事実を知った。

八木君が言っていた、自分のしゃべりは全部サコに教わったと言うのは、関西弁も含めてだったのだ。

今までの人生で出会った、関東人で関西弁を使う人に違和感と嫌悪感しか湧かなかった私が全く気がつかなかった。

迫田君に聞いても、八木君の関西弁はイントネーションの細かいところまで完璧だということだった。

八木君のツッコミやしゃべる言葉は、基本的に迫田君のコピーで、全部、迫田君が言いそうなことを言っていた。

私は八木君にそれだけのコピー能力があるなら、迫田君だけじゃなくて、いろんな人のいいところをコピーして、それを自由自在に引き出せるようになったら、芸人として売れるためにはすごい武器になると思うと言った。

八木君は俺は自分のオリジナルで売れたいんやと言ったので、私はすぐに捕まえて、その関西弁がすでにオリジナルじゃなくて迫田君のコピーだろと、ツッコむというより論破した。

八木君はそれ以来、2人きりになったときに迫田君のモノマネじゃない、いろいろなパターンのトークを仕掛けてきて

「鉄男、どう思う?」

と聞いてきた。

それはいつも面白くて、しゃべりはかなりのレベルになっていた。

八木君の課題はネタだった。

小柄で華奢で短髪のヤンキー顔、一見キャラクターがありそうだが、中身はノーマルなしゃべりが達者なタイプで、ネタはキャラクターに寄せた1人コントをするか、漫談にするかの方向性も定まらないまま2年目になっていた。

その間、ゴングショーで1回も合格してない芸人は、小さい劇場のライブから勝ち抜いてこないとラミナTheたてもとに立てなくなるという制度変更なども相まって、小さい劇場の出番しかなくなった八木君は1番燻っていた。

私は、というと、相変わらずゴングショーの合格は止まったまま停滞していた。

明確なボケとツッコミによって笑いどころを提示するタイプではない私の書くコントは、1分間で大きな笑いをとって合格しなければならないゴングショーには明らかに向いてなかった。

書くコントの幅を広げなければならない。

明確なボケとツッコミのある新しいスタイルのネタを考えてはいたが、高畑に提案できるほどのクオリティーの物を作れない日々が続いていたある日、同期の芸人から

「馬高畑、解散するの?」

と聞かれた。

私は、その同期に

「なんで?」

と聞くと、同期は

「いや、高畑が馬高畑を解散してサミダースに加入したいって言って、サミダースもOKしたっていう話を聞いたから」

と言った。

サミダースと言うのは我々と同期のコンビの芸人で、先日のラミナTheたてもとの制度変更で小さい劇場に落ちたコンビだった。

サミダースはネタはあまり強くなかったが、ボケの安田君が天真爛漫なキャラクターで誰からも愛される要素があり、ネタ終わりのライブのMCとのトークなどでは輝きを放つコンビだった。

私は同期から話を聞いて、すぐに高畑を喫茶店に呼び出した。

店に入ってきた高畑に、私は

「サミダースに入るって話は本当か?」

と切り出した。

高畑は

「ああ」

とだけ言った。 口調も顔も冷めていた。

私は

「今、ツッコミがあるタイプのネタを考えている。そのネタを見てから決めてくれないか?」

と言った。

高畑は

「いや、もうサミダースに入ることが決まったから」

と言った。 

それを聞いた私が

「どうしても気持ちは変わらないのか?今はまだできないけど、俺はネタだけじゃなくてフリートークでもお前にツッコめるようになるから」

と言うと、高畑は声を荒げて

「いや、だからそれだよ‼ そもそもツッコミがあるネタをやるならお前とは組んでないし、フリートークでも最近お前、ツッコんでくるけど、お前の下手クソなツッコミなんて俺は求めてないんだよ‼ お前は俺がボケたら被せてくるのがいいところだったのに迫田なんかに影響されやがって‼ それに、俺は売れそうな同期に媚びへつらって弟子だとか言ってすがりつく情けないヤツとはコンビを組んでたくないんだよ」

と言った。 

私がトークでツッコめるようにすると言った瞬間、さっきまで冷めた顔をしていた高畑の感情が爆発した。

もう終わりだということを悟った私は、最後にずっと言えなかったことを言った。

「最後に一つだけ言う。お前は、ずいぶん前から先輩や同期に俺の悪口を言っていたみたいたが、俺はお前と組んでから誰かにお前の悪口を言ったことは1度もない。今後はコンビじゃなくなるから、俺の悪口を言わないでくれ」

と言った。

高畑は私が1度も悪口を言ったことがない瞬間、目を大きく見開いたが、最後まで私の言葉を聞いて

「わかった」

とだけ言って喫茶店を出ていった。

高畑が出ていった後、私はコンビとして最後に言った言葉が、今後、自分の悪口を言わないでくれと釘を刺すなんて、我ながら情けなくて笑えると思いながら、喫茶店のテーブルにあったペーパーナプキンで涙を拭いた。

高畑が目を見開いたのは、私の言葉に驚いたのではなく、私の涙を見たからかもしれなかった。

私と高畑は同級生でもなんでもなく、養成所で出会った関係なので、お互いに利用価値がなくなったり、相手が嫌になったら解散するのは当たり前なのだが、私の目からはいつの間にか涙がこぼれていた。

そしてコンビ解散から数日たって冷静になった私は、高畑があれだけ感情を爆発させたことによって、自分の非を見つめることができた。  

お互いを利用しあっている関係だといっても、コンビを組んでいる以上は相手のことを最優先に考え、ともに厳しい競争を勝ち抜いていくために全力を尽くすべきだった。

それなのに私は、高畑とのコンビだけに全力を尽くさず、別の同期のネタを手伝いながら、青臭い青春を謳歌していた。

馬高畑は私にとって第一優先だったが、唯一ではなかった。   

売れてないどころか、ゴングショーすら勝ち上がってない私が他のコンビのネタを手伝い、そしてそのコンビがテレビ出演などの結果を出している。

しかも、その売れそうな空気がでてきた同期は自分の相方を作家として一緒に上へ連れていくとほうぼうで吹聴しているのだ。

考えれば考えるほど、高畑が嫉妬や怒りで私を見限るのも無理はなかった。

高畑が嫉妬や怒りで感情を爆発させたり、コンビ別れの話で思いもよらず自分が泣いてしまったことで、結成のときにも思ったが、やはりコンビは恋愛に似ていると思った。

私は高畑の細長い顔を思いだしながら、自分の落ち度を分析していた。

それはただの思い出の回顧ではなく、次に誰かと組んだときに同じ失敗をしないための予習のような感覚の作業だった。

つづく

第13話


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