見出し画像

芸人ごっこ   第14話 最終話 (創作大賞エンタメ原作部門)

私は芸人を辞めた。

それはネタを書くのが取り柄だった芸人がネタを書けなくなったからだった。

なぜ八木君と組んだら急にネタが思い浮かばなくなったか?

そのときはよくわからなかったが、少し時間が経ち、冷静に分析した時に理由らしきものはなんとなくわかった。

おそらくネタが書けなくなった理由は、関東ロビンにボケがいなかった事と、私がいつまでたってもアマチュアだったことだった。

私は八木君のしゃべりを面白いと思っていたが、よく考えるとその面白さは彼のツッコミとしての能力の高さであったり、他者をコピーできる器用さであったりで、純粋なボケとしての演技力や表現力、発想の面白さではなかった。

そして私は最初に細井と組んだときから、メインの役を譲るくらいの地味な見た目とノーマルな演技力しか持っていなかった。

関東ロビンはツッコミと台本書きのコンビで、ボケを担える存在がいなかったのにも関わらず、無理をしてボケとツッコミがあるコントを書こうとしていたのが行き詰まったのだった。

私は相方選びのときに、前のコンビが性格的な相性の悪さで関係が悪化したのを考慮して、そこを重視して選んだら、今度は芸人としての相性が悪かった。

そしてもう1つ、私は細長い人間を想定しながらネタを書いていたときは、常に心の奥で、細長いなあ、変な顔だな、変な体だなと思い、楽しみながらネタを書いていた。
 
しかし、八木君のようなノーマルな人間を想定しながらネタを書いていた時に、私は楽しめていなかった。

私は自分が楽しめないとネタが浮かんでこなかった。

どんな状況、どんな相手でもちゃんとしたクオリティーのものを書くのがプロであり、自分が楽しめる細長い人間のネタしか書けなかった私は、どこまでいってもアマチュアだった。

私が芸人を辞めることを報告すると迫田君は、芸人は辞めてもいいけど、必ず食べていけるようにするから構成作家として残ってくれと言った。

私はもう頭に面白いことが浮かばなくなったことと、いま自分が手伝っている程度なら誰でもできると思うと言って断った。

八木君は絶対に解散しないと言い張ったが、最終的には私がもう二度と芸人をやらない事と、もし万が一戻ってくる場合は、必ず自分とまた組むことを誓うことで承諾した。

芸人を辞めたあとも5年くらいの間、迫田君はちょこちょこ連絡してきて作家で戻ってこいと言ってくれていた。

八木君に関しては、ピン芸人に戻るにあたってのネタの相談を電話で乗るというのが解散の条件に含まれていたので、会わなくなった後も週に2、3回は電話していた。

当時は携帯電話にかけ放題プランというのが存在しなかったため、電話代は月に数万円になっていたけれど、電話がかかってきたら必ず私からかけ直して、八木君に通話料がかからないようにしていた。

自分の都合で解散した罪滅しの意味もあったが、一般社会に戻った私の方が金銭的に余裕があるから、通話料を私が負担するのは当たり前と思っていた。

芸人をやっていたときに飲みにいった場合は、金がある方が払うのが当たり前だったから。

そして、その電話は解散してからも10年くらい続くことになった。

その10年の間に、私は小さな会社に就職し、ユミコと結婚した。

なにも言わず、ずっと私を待っていてくれたユミコの実家は特にお金持ちと言うわけではなかったのだが、田舎町の古い家で婿に入ることを要望されたので了承した。

私は長男だったので親は婿入りにいい顔をしなかったが、ユミコには迷惑をかけっぱなしだったので、せめてもの恩返しのつもりで親を説得した。

婿に入った私はついに ばん という ん で終わる呼びづらい名字を卒業して、とっても呼びやすい 田中 になった。

そして、その10年の間で八木君は立本を辞め、浅草にある漫才連盟に所属してフリーのピン芸人として活動した後、突然、音楽に目覚めてライブハウスで作詞作曲した曲を歌うようになっていた。

八木君が芸人を辞めたあとも電話をしていたのは、私の方も過去に芸人をやっていたことの負の遺産に苛まれていたからだった。

芸人を辞めてすぐにしたアルバイトの面接も、その後の就職の面接も、転職の面接も、私の履歴書には大学卒業後の経歴に立本の養成所と芸人として活動していた事が載っていた。

履歴書に大学卒業後の4年間を空白で書くわけにもいかないし、嘘を書くわけにもいかないので正直に書いていた。

人間は噂話が好きだ。

履歴書に書いてある経歴は個人情報のはずなのに、アルバイト先や就職先ではかならず私が元芸人であるという噂が広まった。

世の中は芸人の世界のように愛を持ってイジってくる人ばかりではなかった。

私はいつも冗談という名のベールに包まれたナイフのような悪意に心を引き裂かれていた。

「芸人なの? ちょっとなんかやってみてよ」

「なんか元芸人って聞いてたのに暗いね」

「全然面白くないじゃん。そんなんで芸人できるなら俺も芸人やればよかったな」


例えば、それが元芸人ではなく元ラーメン屋さんだったら、人は知りあったばかりの元ラーメン屋さんに、ねえ今からここで美味しいラーメン作ってよ、とは言わない。

なぜなら、そこにはスープも麺も調理場もないのが目に見えてわかるし、何かしらの理由でラーメン屋さんが嫌になって辞めたのを察するからだ。

しかし元お笑い芸人に対する場合は違う。

そこには材料も調味料も調理場もないのが目に見えないので、注文することが無茶だということに気づけない。

そして無意識下で、元芸人に対して無茶ブリですべらせて、面白くないヤツというレッテルを貼ってやろうという心理が働く人が世の中には一定数いた。

例えるなら、すごいブスな顔の男性に私は元売れっ子ホストでしたと言われたときに抱くような嫌悪感を、元芸人という肩書に対して抱く人が多かった。

そして、そんな元ホストを詰問して化けの皮を剥ぐかのように、何か面白いことやってよ、という言葉のナイフを突きつけてくるのだった。

そんな無意識の悪意に心が切り裂かれていたとき、八木君や迫田君からかかってくる電話に私は救われていた。

芸人の言葉は優しい。

私の父が亡くなったときに、たまたま、それを知らない迫田君から電話があった。

「鉄男、今、ちょっと電話いい?」

と迫田君に言われた私は

「ごめん、今、親父が死んじゃって火葬場なんだ」

と言った。

普通は、ご愁傷さま、とか、気を落とすなよ、とかいう言葉が返ってくるはすだ。

だが、迫田君は

「そうか…よく焼けよ」

と言った。

思わぬ角度からの言葉に私はやや反応が遅れて

「当たり前だろ、ミディアムで取り出す火葬場、見たことあるのか?」

と言うと、迫田君は

「そうだな、じゃあ、ウェルダンで頼む」    

と言ったので、私は

「こちらの気分で焼き加減を注文できないんだよ‼みんな骨になるまで焼くんだ」

と言った。

それを聞いた迫田君は

「そうか、しっかり焼くんだな…それなら安心だな… じゃあ、ご愁傷さま、また今度な」

と言ったので、私は

「ああ、ありがとう」

と言って電話を切った。

つらい思いをしている友人のために、振り絞って出してくれたそのユーモアは、どんなお悔やみの言葉よりも私にとっては温かい言葉だった。

芸人を辞めてから10年くらい経った頃、八木君との電話は突然終わりを迎えた。 

その頃は迫田君とは1、2年に1回ぐらい、八木君とは相変わらず週に2、3回電話していた。

そんなある日に八木君からの着信に折り返すと、すごい剣幕で怒られた。

何に怒っているかもよく分からなかったが、とにかく私が言う言葉、全てに噛み付いてきて、最後にお前はもう用済みだから2度と電話しないと言われて切られた。

私はわけが分からなかったが、とりあえず私の役割が終わったんだなということは理解をした。

その頃になると私の方も、過去を知った人によって浴びせられる、何か面白いことやってよ、という言葉に対して、それができなかったから今、会社員をやっているんですよ、と笑顔で言えるようになっていた。

私は八木君がやっていたブログを読んだ。

八木君はその頃はもう芸人を辞めて音楽をやっていたので、そのライブの告知用にやっていたブログだった。

私には読まれたくないと、頑なにブログのアドレスを教えなかったが、私はページをつきとめて、たまにこっそり読んでいた。

ブログにはその日の事が書いてあった。  

そこには、子供が生まれてからも私が毎月数万円の電話代と時間を使い、自分を手助けしてくれたことに対する感謝と、これから1人で音楽をやっていく決意が書かれていた。

そして私に申し訳なくて、今まで何度も電話をさせるのをやめようと思ったけど、楽しい時間が終わってしまうことが嫌で踏ん切りがつかなかったから、あの日に決意して、理不尽にキレて関係を終わらせたことが書いてあった。

その最後は

《鉄男、ブログ見てるんだろ? 俺達の 芸人ごっこ はもう終わりだけど、俺は音楽をやるから、お前は小説を書けよ。いくら言ってもお前は書かないけど、俺はお前に才能があると信じてるから》

という言葉で終わっていた。

ブログを読み終わった後、私はいつか必ず小説を書こうと誓った。

人間は簡単に誓うことはできるが、誓いを守ることはなかなかできない。

誓いから10年、私が芸人を辞めてから20年が経ち、八木君のブログも閉鎖され、そんな誓いも忘れていたある日、迫田君からLINEが入った。

ザザントークという、人気芸人がMCをやっている番組にゲストで出るから観てくれというLINEだった。

迫田君からの連絡は2年ぶりだった。

今でもこういう他愛のない連絡がたまに来る。

迫田君は私が芸人を辞めてから数年後にコンビを解散し、それから何回か結成と解散を繰り返して、今はその特技を活かして、ピンのモノマネ芸人として活躍している。

なんだが懐かしくなって迫田君の昔のコンビ名を検索エンジンでサーチして懐かしい映像を観たりしていた。

その時に、フッと…ただなんとなく…すぐに解散したし、なんのメディアにも出たことがないのに、私の指は関東ロビンという文字を検索にかけていた。

まあ、引っかかるわけない…そう思った私の目に関東ロビン 八木 と言う名前が ファミスブック という、今はおじさんしかやってないと言われてるSNSのユーザーとして出てきた。

ファミスブックを読むと、八木君はもう音楽はあまりやっていないみたいだったが、まだ関東ロビンと言う名前を背負ってくれていた。


そうか、まだ関東ロビンは存在するのか。  

それなら、そろそろ誓いを実行するよ。

そうだ、もし私の書く小説が何かのコンテストに引っかかって、少しでもいいから、ほんの少しでもいいから、賞金という名のアブク銭を得て成金になったら、また3人でビールを飲まないか?

そのときはもちろん、プレミアムビールを奢るよ

覚えてるかい? 成金で飲むプレミア厶ビールは世界で1番美味しいんだぜ。



おわり

いいなと思ったら応援しよう!