K_night Parade【プロローグ】
ーー今は昔
葦原中津國に鬼退治の一族がありました。
ある日、鬼退治の頭領は現世から鬼の子供を連れて帰りました。
鬼の子供はやがて鬼退治となり、後に葦原の守護神と呼ばれるようになりました。
20XX年現世、日本。
この日、息子は10歳の誕生日を迎えた。
息子の名は蒼柳イクサ。
短く切り揃えた柔らかな黒髪、黒い瞳の大きな目、少し日に焼けた肌色の細い手足。
控えめに言って美少年である。
イクサは誕生日の朝だというのに、いつも通り出かけようとする。私はそれを呼び止めた。
「なぁに、ソウちゃん?」
イクサは面倒臭そうに振り返る。
最近の小学生の間では、父親を名前呼びや愛称呼びするのが流行っているらしい。ぶっちゃけ、ちゃんと「お父さん」と呼んでほしい。
だから、というわけではないが、つい、今夜する予定だった《大切な話》を切り出した。
「実は、イクサは俺の実の子じゃないんだ。」
イクサは黙って小首をかしげる。
朝の一番に聞かせることではない。このテンションで学校に行くイクサの気持ちを考えろと、私は自身の浅はかさを責めた。
しかし、口をついてしまったものは仕方ない。ここでこの話を終えてしまえば、私はいたずらにイクサを傷つけただけになってしまう。それはさすがに、本意ではない。
「実の子じゃないけど、本当の親子だと思ってるから……」
「知ってるよ。」
「そうか。え? なんで?」
「なんでも何も、ソウちゃんは狸の妖怪なのに、僕は鬼なんだもん。本物の親子なわけないでしょ。」
イクサは何を今更、と言わんばかりのあきれ顔をした。対して私の方が驚いて平静を失っている。
言い忘れていたが、私もイクサも人間ではない。現代の妖怪たちは人間に擬態して、人間の社会に紛れて、わりかし堂々と生活している。
しかもそんなに珍しくない。
人間と違って、種族違いの偽親子も少なくはない。ほんのちょっと特別感はあるが、悪いことでもない。
閑話休題。
私は今この瞬間まで、実の親子でないことを気づかれないように振舞ってきたつもりだった。少し可愛がりすぎている可能性があることは認める。隠す必要はさしてないのに、私自身が自覚したくなかった。
「橋の下で拾った。本当の親はわからない。」
「自分のことならわかるよ。僕は石精で、生みの親はいない。心配しなくても僕の親はソウちゃんだよ。」
イクサはにっこり笑う。
大人に気を使う子供に育ててしまった。私がイクサに伝えたかった結論を、この子は初めから持っていたようだ。
「じゃあ、もう行くね。学校始まっちゃう。」
「ああ。行ってらっしゃい。それと、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。行ってきます。」
イクサは出かけて行った。
と、見せかけて2秒もしないうちに再び玄関の扉を開けた。
「今日まで育ててくれてありがとう。」
開いた扉の隙間から頭だけを出して、照れくさそうに言う。
「なんだよ、改まって……」
「うん。僕はそこらへんの石が変化した鬼だけど、役割をもって生まれてきたんだよね。僕が大人になるまで、もう少し一緒にいてね。お父さん。」
イクサは言いたいことだけ言って、強く扉を閉めた。扉越しに我が子が走って遠ざかる足音だけが聞こえていた。
「もう少しなのか!?死ぬまで一緒にいてやるからな!」
100%聞こえてはいない。
そのままぼんやり玄関の扉を見つめていると、三度扉が開いた。
忘れ物か、と問いかけたがそこにイクサの姿はなかった。
代わりに押し入ってきたのは、顔を隠した大柄の男だった。男ではないかもしれない。人でさえないかもしれない。そんな不審者への対応に切り替える暇もなく、私は意識を手放すこととなった。鉈のようなものを私の脳天に振り下ろしたからだ。
私は避けることもかなわずその攻撃を喰らった。男が誰だったかはわからない。その後どうなったかも分からない。あまりそれには興味がなかった。
この時私のイクサの養父としての生涯は幕を下ろした。
ただ、ただこのまま終わるわけにはいかないとは思った。
もしも私が人間だったら、怨霊と化していたかもしれない。あるいは、長い死出の旅と裁判を経て我が子の元に転生しただろう。
幸いなことに私は妖怪だった。
面倒な手続きがほんの少し必要だが、守護霊として現世にとどまることができるのだ。
私を殺したモノの正体などはどうでも良いが、イクサに危険が及ばないかは気がかりだ。
そして何より、イクサとの約束どおり、イクサが大人になるまでは彼を見守らなければならない。できることなら、仇討ちなどに人生を費やすことなく、安全に、健全に大人になってくれればいい。
こうして私の、守護霊兼ト書き担当としての生涯が始まった。
