見出し画像

幽世畸人伝ー伴久筆記ー 其之二【下り物奇譚】


序.

宵五つ、幽世の宵に開かれる奇妙な市――

影と灯のあわいに揺れるその市で拙が出会ったのは、
後世より下り来たという奇妙な品々。

一.

宵五つ――戌の刻。
通りを歩けば、角やら尾やら枯れ尾花どもの囁き声。

そして、今宵町の外れに、かの市が立つという噂。

曰く、定まらず、いつのまにやら寄り集い影と灯の中に現る。
曰く、並ぶのは異界より零れ落ちた数々の下りもの。
曰く、亡者も妖も、はたまたその間も、誰憚ることなく集う市。

などと、まったく御大層な尾鰭に背鰭。

しかし筆を持つ身としては、くだらぬ話ほど値打ちもの。
くだらぬうえに下りものとあれば、さもありなん。


二.

その夜、拙は筆を片手に再びかの市へと赴いた。

薄墨の如き夜霧、藍色の幔幕が風に揺れ、
漏れ出る灯が地に滲む。

寄り集うものの顔ぶれは、数多にして雑多。
町人、浮浪者、人ならぬ巫女、一つ目の童。
きゃあきゃあとはしゃぐ子連れまでおるときた。

やはり縁日と思うたのは、拙の冴えておる証左よ。
されど、そのざわめきがかえって異界めいた気配を引き立てておる。

市の名は「闇市」と云ふ。
そこに並びし品々は、「下り物(くだりもの)」と呼ばれる異界の品。

とある老商人に「下り物とは一体何であろう」と問えば、
煙管をくゆらせこう申した。

「暮れ六つ、夜の境界が滲む頃。
 そのあわいからどこぞの世の道具が転がり出でる。
 思うに……後世から来たもんやろな。」

つまり、うつつより零れ落ちしこれらの品を、
拾い集めては売りさばいておると。

なんとも不埒な話である。

さればなるほど、品々は言うように後世のものであろう。
拙とてお目にかかったこともない、実に奇怪なものばかりゆえ。

見目は壺、びいどろの如く透明で、触ればべこりとやわらかき筒。
火種の要らぬ、薄寒き光を放つ筒。
干からびた骨の如き質感の匙、愛玩の畜生を思わせる薄汚れた毛玉。

その大半は、みるからに塵芥。

だが一部の品――衣、装身具、刃物などは評判が高く、
中でも錆びぬ包丁とやらは、板前どもの間でも珍重されているのだという。

曰く、「砥ぎ師いらずの、錆びず研がずの万年包丁」だそうで、
それがまことの事ならば、
いっそ浸け墨いらずの万年筆なるものも
あるのではあるまいかなどと、思わずにはいられぬ。


三.

さて、珍しきものに感嘆の息を零しておった折――
にわかに市が騒ぎ出した。

「……おっと、改方がきよったわい。」

誰彼なくそう囁くや、商人どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
その逃げざまも、手慣れたもの。
手に手に目ぼしい品々ばかり、めざとく拾い集めてゆく。

残されたのは、まこと屑芥ばかり。
あるいは、今は使い道のわからぬ後世の骨董、なのやもしれぬが。

されどやはり、ぞっとせぬは御公儀よ。

市井の者どものひそやかな楽しみ、
その上前ばかりをたらふく喰らい、錦の座布団で高みの胡坐。
 
まこと御公儀なるものは、かようなものを云ふのだ。

なにやら興も冷めた拙は、もはや市の体を成さぬ塵芥を背に、
赤提灯をとんぼりとんぼり、歩いてゆく。

賑やかな声にふと目を向ければ、先程の商人どものえびす顔。

これはなんとも、よき塩梅。

うつつのおこぼれで得たその財布の中身、
腹の具合まできっちりと聞き書きせねばな。

かくして商人どもの傍らへ腰を下ろせば、いつしか拙の手には盃ひとつ。

さて、聞き書きである。
商人どもが申すには、先程の改方、
御役の名を異品改方(くだりものあらためかた)と云ふらしい。

どうやら異界由来の品々を取り締まる連中のよう。

幽世に暮らしておきながらこれはご禁制、あれはけしからんなどと、
随分勝手都合の良い話である。

されど腑に落ちぬわけでもない。

人はいつの世も、得体のしれぬものに畏れ慄き、
その一方ではありがたがる。

下り物とは、そんな幽世の者どもの畏れと欲のあわいに揺蕩う
いわゆる「物のあはれ」なのではないか。

この夜、拙は何も得ず、得たのはこのえびす顔。 
おそらくまた赴くのであろう。

あの市の空気、あの品々に、
何かを記さねばならぬ香りのようなものを確かに感じたのである。

書かずにはおれぬのは、筆が疼くゆえ。

宵に良い酔い、赤提灯を背にえびす踊り。
帰途につけば野ざらしの襖に行燈の灯。

拙はさらり、帳面に筆を躍らせる。

  【下り物】
    くだりものとは、上方より下った品の意。
    それが今や、現世より幽世へ「下った」とは――

まったく、言葉の旅路とは面白きもの。

そしてゆらりゆらり揺れる灯にぷぅと息を吹きかけ、
今日という一日もまた、帳面の内へと綴じられていくのである。 

――了


次回 其之三

いいなと思ったら応援しよう!