幽世畸人伝ー伴久筆記ー 序文
あかあかと燃ゆる空にはかあかあと墨染めの羽根。
燃ゆる空の下、墨染めの羽織をひるがえし
筆先一本、綴るは滑稽極まる幽世の奇。
などと綴ればさながら地獄の道行のようでもあるが、
実のところあはれな筆の成れの果てなのである。
ある日、文人のたはむれに川にぽとりと筆一本。
それは宵の酔いの気まぐれ。
主には投げ入れられたことすらも忘れ去られ、
あはれな筆は川底に沈みて魚につつかれ、
気付けばあの世とこの世のあわい。
いやはや物書きの筆とは、こうもあはれなものであろうか。
さて、その筆である。
名を伴 久筆(ばん きゅうひつ)。
号を傾奇筆(かきふで)と称す。
筆であった頃は文人の指に収まりて、
畸なる者の伝聞を墨でなぞる日々であったが、
今となってはこの筆の身、奇なる者を眺めては綴るばかり。
ここ幽世においても、様々な「畸人」がおるもので、
死に損なった亡者に、成りそこないの神。
そして拙のような口聞く器物。
皆、分相応に道を踏み外し、
酒好き、化かし好き、吝き者に口八丁。
まこと騒がしいことこの上なし。
皆、幽世にあってなお、奇を奇とも思わぬ畸人ども。
されど、まぁ。
かような姿はどことなく、世の在り様にも似たりて、
ついつい筆をとっては綴りたくなるのが拙という筆の性分。
これは、酒の肴にも似たり。はたまた戯れの供養であろうか。
ともすれば、おまえ様の隣に潜む、
もうひとつの人間喜劇であるやもしれぬ。
さて、燗も冷えてまいるゆえ、
ひとつお付き合い願いまする。
傾奇筆 拝
次回 其之一
