見出し画像

ドジョウおじさん

 マイナンバーカード更新の案内が届いた。それで市役所へ行かなければならないが、平日に休みを取るのが面倒で放っておいたら、いつの間にか随分期日が迫っていた。
 あれの期日は誕生日なので、自分の場合は四月二十七日である。四月二十七日である――大事なことなので二回書いておいた――。
 期日までまだ二週間ばかりあるものの、平日は予定が詰まっている。いよいよ休むどころでない。
 それで土日に更新できないものか、ようやく調べてみると月に二回だけ、日曜に受け付けているとわかった。そうしてそれが今日だったので、急いで市役所へ行っておくことにした。

 市役所の正面玄関から入って、左側がカウンターである。ただ、どうも引っ掛かる。十数年前に婚姻届を出した時は、カウンターが右側だったような気がするのである。
 あの時は自分の前にやっぱり婚姻届を出しに来たおじさんがいた。相手が中国人なので何だか手続きがややこしいらしく、窓口の職員をつらまえてずっとやりとりしている。自分はその後ろで届出用紙を構えているが、一向終わる気配がない。段々じりじりしていると、とうとう奥から他の職員が「どうぞ」と出て来た。

 マイナンバーカードの担当職員は、長い髪を後ろで束ねた、しゅっとした女性だった。更新者の行列を随分テキパキ処理して回す。
 この人だからスムーズに回っているので、自分の後にも既に人が並んでいる。ところへ「このカウンターは、右側ではなかったですか?」とは、どうも訊きづらい。それでカウンターの件は不問に付した。

 帰りにまた、交差点で手を振る人があった。先日見たのと同じ、市会議員選挙の立候補者である。議員になってどうすると演説するでもなく、ただニヤニヤしながら手を振っている。どうも打算しか窺えないような、空虚な笑顔である。
 無視をして通り過ぎると、果たして彼の後ろから泥鰌どじょう髭を生やしたおじさんがやって来て、何だか話しかけた。



【電子書籍発売のお知らせ】

 百裕作品の粋を集めた決定版がついに世に出ました。「#なんのはなしですか」界隈で好評を博した作品群に大幅な加筆修正を加え、1冊に集約。

 代表作『牛おばさん』とその後日譚(書き下ろし)、違和感と余韻を残す随筆集『いつか見た情景一・二』、不思議な話・気持ちの悪い話を集めた『ここではないどこか』の4部構成。


いいなと思ったら応援しよう!

百裕(ひゃく・ひろし) よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。

この記事が参加している募集