「教えない」から子どもが動く—自己決定理論とサステナブルマップ
「現場が先に知っていた—子ども×地域の設計思想」
シリーズ投稿の第2回です。
自分への備忘もかねて。
第1回目は下記からどうぞ。
サステナブルマップの活動で、
私が一番驚いたのは
「何も教えていないのに、子どもたちが
勝手にすごいことを始める・成し遂げる」
という現象だった。
たとえば、まちを歩くワークショップ。
私が出したミッションは
「気になったもの(場所)を見てきて」
くらいのものだ。
すると、子どもたちは大人が思いも
しなかったものに目を留める。
大人はもう「見慣れた風景」だと
思い込んでいる。
もしくはそもそも目にすら入っていない。
でも子どもたちは、見入っている。
「じっと」「集中して」
誰にも言われるでもなく。
テキストにも書いていない。
(またはまだ習っていないこと)
自分の目で見た「WHY」を、
自分の頭で考えて、自分の言葉で
意味づけしている。
もちろん質問しても内容によっては答えるし
一緒に調べることをベースにサポートはしている。
一方で、うまくいかないパターンも
何度もあった。
「ここが大事なポイントですよ」と
先に誘導してしまうケースだ。
特に地域活動において、年齢も小中学校も
違う子どもたちが集まっているわけで、
生活圏外になると、(大人もそうだが)
情報はとたんに薄くなる。
たとえそれが同じ区内であっても。
受動的に
「ここはこういう場所」と聞いても、
「へー」としか反応がないのは当然の話。
私が子供のころと比べ、今の子どもたちは
本当に素直だったり真面目だなと感じる。
ゆえに言われたとおりにメモを取る。
でも、目の色は変わらない。
「今日どうだった?」と聞くと、
「べつに」が返ってくる。
この差はなんなのか、
この活動に参加している子どもたちに
特別な何かがあるからなのか。
それとも主宰者(=私)が、
大した答えを持ってないんだとバレてるのかw
自己決定理論—人が「動きたくなる」3つの条件
1985年、アメリカの心理学者エドワード・デシと
リチャード・ライアンが提唱した
「自己決定理論(Self-Determination Theory)」という
理論がある。
難しい名前だけれど、言っていることは
とってもシンプル。
人間には3つの基本的な心理欲求があり、
これが満たされると、
人は「やらされている」ではなく
「やりたい」で動くようになる。
その3つとは、
① 自律性(Autonomy)
自分で選んでいる、自分で決めている、という感覚。
② 有能感(Competence)
自分にはできる、成長している、という手応え。
③ 関係性(Relatedness)
誰かとつながっている、認められている、という安心感。
この3つが揃うと、外からの報酬・評価
(点数、ご褒美、叱責)がなくても、
人は内側から動機づけられる。
デシとライアンはこれを「内発的動機づけ」と
呼んでる。
逆に、この3つのどれかが潰されると、
やる気は一気に萎むそうだ。
サステナブルマップの活動で起きていたこと
これを知ったとき、ああ、だからか」と膝を打った。
サステナブルマップの活動を、この3つに当てはめてみる。
① 自律性
⇨「何を見つけるか」を子どもたちに委ねている
私は「ここを見なさい」とは言わない。
「気になったものを見てきて」としか。
何に注目するか、何を面白いと思うかは、
完全に子どもに委ねている。
だから、ある子はお店の工夫に注目するし、
別の子は自然環境に注目する。
正解がないから、全員の発見が
「自分だけのもの」になる。
これが自律性につながってるのかなと。
② 有能感
⇨「見つけたもの」に意味がある瞬間
子どもたちの発見が、まちの持続性や
暮らしの仕組みと結びつく瞬間がある。
「あ、これってまちを支えている仕組みの
一つなんだ」と気づくとき、子どもの表情が変わる。
自分が見つけたものに、意味がある。
自分の発見が、まちの未来とつながる。
これは強烈な有能感だ。
「自分にもできる」
「自分の目は正しかった」という手応え。
大人が先に「これが大事なポイントです」と
言った場合は、この有能感が生まれない。
それは大人の発見であって、子どもの発見ではないからだ。
大概こういう時は、
「おじさん、これって〇〇?」
「うぉっ、そうじゃん!
気が付かなかった。。。すごいね。
↑
多分これしか言ってないw
(意図しているものではなく、
実際にそうなってるケースが多い)
③ 関係性
⇨発見を「共有する」場がある
サステナブルマップの活動には、
発見を持ち帰って共有する場がある。
みんなの前で「こんなの見つけた」と話すと、
「えー、すごい!」
「そこ気づかなかった!」という反応が
返ってくる。
都度の時もあれば、
1年に1回開催しているマルシェの場で
発表してもらうケースもある。
大人からも、仲間からも、
「あなたの発見は価値がある」と認められる。
これが連続した関係性じゃないだろうか。
そしてこの発見は、
サステナブルマップ(まちの推し活マップ)として
地図に載る。
自分の発見が、地域の資産として残る。
「認められている」の最も具体的な形だ。
そして、私たちの活動で大事にしているものとして
もう一つある。
何かというと
④心理的安全性(psychological safety)
ここなら言えると思える環境。
ここでなら活動できると思える環境。
もちろんやってはいけないことを除いての話。
言葉にすると固いが、
平たく言えば
「おじさん見てるからやっちゃっていいよ」
である。
「教えない」は怠慢ではない。設計だ。
ここで大事なことを書いておきたい。
なぜこのスタイルになって行ったかということ。
「何も教えない」と書くと、
「じゃあ大人は何もしなくていいんですか?」と
思われるかもしれない。
でもそういうことではなくて、
「教えない」ために、大人は
ものすごく設計しなければならない。
具体的に言うと、こういうことだ。
自律性のために:子どもが「選べる」環境を用意する。
歩くルートの選択肢、注目するテーマの自由度、
発表の方法のバリエーション。
選択肢がなければ自律性は生まれない。
有能感のために:子どもの発見に「意味づけ」できる
大人がそばにいる。
地域のことを知っている大人が、子どもの言葉を
受け止めて「それはまちのこういう仕組みと
つながっているね」と橋をかける。
この「橋をかける役割」は、
教えることとは根本的に違う。
関係性のために:発見を「共有する場」を
設計する。発表会、マップへの記載、
地域での報告会。
一人で見つけて終わりではなく、
見つけたものが誰かに届く仕組みを作る。
ポール・タフが言った「環境を整える」とは、
こういうことだと私は理解した。
子どもに「やり抜く力を身につけなさい」と
教えるのではなく、やり抜きたくなる環境を設計する。
子どもに「好奇心を持ちなさい」と言うのではなく、
好奇心が発動する状況を用意する。
いずれにしても、抜けはあるにしても
上記全てを内包できるために最重要なのは
心理的安全性を担保するってことじゃないかと
ここ数年は考えて設計している。
ポイントを整理すると。
・「何を見つけるか」を指定しない。
・テーマは与えることがあっても、答えは与えない。
・「まちの面白いものを見つけよう」はOK。
・「○○の事例を3つ見つけよう」は、有能感を潰す。
・子どもの発見に「意味づけ」できる大人を配置する。
例えば地域のことを知っている大人—商店街の人、行政の人、
社団のスタッフ、企業の方がいると、
子どもの発見がさらに広がる。
・発見を「共有し、残す」仕組みを作る。
模造紙に貼って終わりではなく、
地図に載る、地域の人に見てもらえる、
次の学年に引き継がれる。
(持続性という意味で)
「自分の発見が残る」という実感が、
関係性と有能感を同時に満たしてるのではと。
不可逆的に爆速で進化する技術やAI。
だからこそ「手間を楽しめる」人が一番強いと思う。
そこに<地域>を掛け合わせているのが
私たちの活動(世界観)だと思っている。
この活動に参加したことで、その後の人生が
どうなっていったのかは、
まだまだ時間が必要な話ではあるけれど。
これはサステナブルマップが特別な
プログラムだからできるのではない。
自己決定理論に基づく環境設計の考え方を使えば、
どの学校でも、どの地域でも応用できるし、
娘たちの通う学校でも実践されている先生も
おられる。
「教えたくなる」衝動との闘い
最後に。
大人は教えたがる生き物だ。
私もともすればそうだと思う。
子どもが見落としている「正解」が
見えたとき、
「ほら、あそこにあるよ」と
言いたくなる。
その方が効率的だし、時間も短くて済む。
でも、そこで口を出した瞬間、
子どもの自律性は消えてしまう。
「自分で見つけた」⇨「教えてもらった」に
変わる。
そうすると有能感は生まれないし、
目の色も変わることもない。
子育てにおいても同じだと思うけれど、
この【見守る】ってのは
最も忍耐力のいるものだと常々思ってますw
これは企画会社の方にも伝えたいことだ。
子ども向けイベントで「成果」を見せたいがために、
大人がレールを敷きすぎるプログラムをよく見る。
見栄えのいい成果物は出来上がるけれど、
子どもたちの顔がどこか他人事になっている。
(最初の顔と、終わりかけの時点の顔見てると
如実にわかることありますよね)
探究をキーワードに様々なアクションがある中、
「やらされ探究」になってるのって、
誰得?なのだろうと。
さきほども書いたけれど
「教えたくなる衝動」を飲み込むのは、
実は一番難しいことだと思っている。
でも、飲み込んだ先に、
子どもの目の色が変わる瞬間がある。
それは、どんなに完成度の高い成果物よりも、
ずっと価値があるものではないだろうか。
「じゃあ今井はさぞ立派にやってるんだよね」と
言われたら、そんなことはなく、
日々実践中ですよw
(フォントを大きくしたいぐらいです)
次回は、子どもたちが「まちに何があるか」を
発見するプロセスそのものに焦点を当てる。
「足りないもの」ではなく「あるもの」を
数えるという発想の転換が、
地域をどう変えるのか。
ABCD(アセット・ベースド・コミュニティ開発)と
プレイスベースド教育の話だ。
次回:まちの「あるもの」を数える
子どもの目が地域を変えるメカニズム
今井雄也|一般社団法人サステナブルマップ 代表理事
お問い合わせ:https://sustainablemap.org/
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