【SoR→SoA】エージェント時代に訪れる千載一遇のチャンス
前回のnoteで、生成AIによってインテントからアウトカムが創造される世界ではユーザーがソフトウェアのUIを直接操作する必要がなくなる、と書きました。意図を伝えれば、AIエージェントが自律的にデータを集め、処理し、結果を届けてくれる。この変化は課金モデルをアウトカムベースに転換させるだけでなく、業務ソフトウェアの構造そのものを大きく変えようとしています。
今回は、この構造変化を掘り下げます。SoR(System of Record)からSoA(System of Action)への進化、エージェント時代の新しい競争の構図、そしてその結果生まれる千載一遇のチャンスについてまとめてみたいと思います。
1. ソフトウェアの役割の拡張
「インプット→アウトプット」から「インテント→アウトカム」へ
前回のブログでも記載した通り、生成AIが登場するまで、ソフトウェアの役割は「インプットからアウトプットを計算するもの」でした。そのソフトウェアの機能は、大まかに3つのレイヤーに分解することができます。

こうして3層すべてで価値を積み上げてきたのが、SalesforceやWorkdayといった業務ソフトウェア、いわゆるSystem of Record(SoR)です。
生成AIの登場により、ソフトウェアの役割は「インテントからアウトカムを生み出すもの」へと拡張されつつあります。人間が意図を伝えれば、AIエージェントが自律的にデータを集め、判断し、アクションを起こし、結果を生み出す。この変化は、既存の業務ソフトウェアに根本的な進化を求めています。
SoRからSoAへ
この進化の方向性を表す概念が、SoR(System of Record:記録のシステム)からSoA(System of Action:行動のシステム)への移行です。
SoAの考え方については、TidemarkとBessemerのブログを一読されることをお勧めします!
歴史的に、業務ソフトウェアは「ビジネスを運営する(Run the Business)もの」、つまり管理業務を効率化するためのものでした。生成AIの登場により、「ソフトウェアは仕事そのものを行う(Do the Work)領域」に踏み込めるようになりました。
法律事務所向けのソフトウェアを例にとると、従来は事務所の運営を管理するツールでした。これが法律業務そのものを支援するツールに進化しつつあります。文書の要約、判例の調査、契約書のレビューといった、弁護士がやっていた仕事そのものをAIが担い始めています。
これがSoR→SoAの進化の本質です。ではこの進化はどのようなメカニズムで起こり、業務ソフトウェアの構造をどう変えるのでしょうか。
2. エージェントレイヤーの誕生とその影響
結合組織としてのエージェントレイヤー
SoAへの進化を支えるのが、新たに誕生するエージェントレイヤーです。
現実の業務は、複数のシステムを横断して行われます。見積もりを作成し、価格を計算し、契約書を作成し、請求を処理する——このワークフローはCRM、見積ツール、請求システム、会計ソフトなど複数のシステムを跨いでいます。
これまで、この複数システムを横断するワークフローをつなげていたのは人間でした。どのシステムに行き、どの情報を取得し、それをどう解釈し、次にどこに入力するか——そうした判断はすべて、経験のある人間の頭の中にありました。こうした役割は「結合組織(connective tissue)」と呼ばれます。つまり、バラバラのシステムをつなぎ合わせて一連の業務フローを実現する接着剤のような役割です。

※複数システムを跨いで業務をするための結合組織としての強みについては、以下のブログでまとめられています。
AIエージェントは、この結合組織の仕事を完璧に代替することができます。APIやMCPを通じて複数システムを横断し、人間よりはるかに高速かつ正確にこなせるようになります。こうして新たに誕生するのが「エージェントレイヤー」と呼ばれる複数の生成AIモデルを活用し、既存の複数SoRと連携しながら、人間に代わって作業を実行する層です。

このレイヤーは、ともすればAIモデルの「薄っぺらいラッパー」とみなされます。しかし、複数のシステムを横断してアクションを起こせるという点で、既存SoRにはない構造的な強みを持っています。SalesforceはCRMの範囲内では優れていますが、他のSaaSのデータを自在に操作することはできません。エージェントレイヤーは、SoRの上に乗るレイヤーとして複数システムを横断的に操作できます。
エージェントレイヤーこそが、ソフトウェアが「管理する」から「仕事をする」に進化するための実行層であり、SoAを実現するための中核的な存在です。
UIレイヤーの価値消失とSoRのMoat弱体化
エージェントレイヤーの登場は、既存SoRの構造を根底から揺るがします。
まず、UIレイヤーの価値が消滅します。エージェントが人間の代わりにソフトウェアを操作する世界では、使いやすいUIという差別化は意味をなさなくなります。UIが全くイケてない安価なレガシーサービスでも、エージェントがやってくれるなら構わない、ということになります。
次に、シンプルなビジネスロジックもエージェントに吸収されます。MicrosoftのCEOサティア・ナデラ氏は、「SaaS is Dead」のきっかけともなったインタビューで以下のように述べています。
「ビジネスアプリケーションが存在するという概念、それがエージェント時代にすべて崩壊するところだと思う。考えてみれば、それらは本質的にビジネスロジックを持つCRUDデータベースだ。ビジネスロジックはすべてエージェントに移行し、エージェントはマルチリポジトリCRUDになる」
こちらのブログでも書かれている通り、ナデラ氏の発言は即興的で大げさだと思いますが、方向性は間違っていません。SaaSが長年かけて積み上げてきた差別化ポイントである洗練されたUIや幅広い機能の一部が、生成AIによって溶解し始めています。
さらに、エージェントの登場はSoRの構造的なMoatも弱体化させます。従来のSoRは、データレイヤーであると同時にUIレイヤー(ユーザーがシステムにアクセスする入り口=フロントドア)の提供者でもありました。システムにデータが蓄積されると、そのデータを参照する他のシステムやワークフローもそのシステム内に作られるようになります。また、システムを通じてワークフローが回るようになると、下流の業務プロセスもそのシステムを中心に組まれていきます。UIとデータを両方持つことで、この「データの引力」と「ワークフローの引力」が生まれ、圧倒的な参入障壁を構築できていました。
しかしエージェントがフロントドアになると、この引力が失われていきます。さらに、AIコード生成ツールにより、SoR間のカスタム統合構築時間が90%短縮されるという推計もあり、スイッチングコストも弱体化しつつあります。
※このポイントについては、こちらのブログがよくまとまっています。
SoR市場は歴史的に独占・寡占が成立してきた産業です。しかし今、UIレイヤーの価値消失、フロントドアの移動、スイッチングコストの低下が同時に起きています。独占寡占のSoR市場に、千載一遇のチャンスが生まれています。このチャンスを新規参入者がつかむのか、既存プレイヤーが守るのか、その攻防がこれから始まります。
3. 業務ソフトウェアの二分化
エージェントレイヤーとデータレイヤーへの分化
この攻防の結果、業務ソフトウェアはエージェントレイヤーに強みを持つプレイヤーとデータレイヤーに強みを持つプレイヤーの二つに分化していくと考えています。
冒頭で説明した3つのレイヤーが、それぞれどちらのプレイヤーに帰属するかを整理すると、以下のようになります。

このような中では、データレイヤー側の中核的な役割は、「Source of Truth」となっていきます。エージェントが正しいアクションを起こすためには、「正しい定義を、正しい粒度で、正しいタイミングで取得する」必要があります。エージェントが増殖する世界では、何が正しいデータなのかを定義・管理するレイヤーの重要性はむしろ高まります。
エージェントレイヤーに強みを持つプレイヤーの戦い方
エージェントレイヤー側からの参入は、主にAIネイティブなスタートアップの戦い方です。基本戦略は「AIウェッジ → 統合と包囲(Integrate and Surround)」と呼ばれます。
ウェッジ製品で参入:既存SoRと共存する小さなツールとして入り込む
データフローに入り込む:SoRのデータにアクセスしデータを蓄積
下流ワークフローを獲得:統合を起点に、下流機能を侵食
データレイヤーを取り込む:最終的には既存SoRのコア機能を自製品に取り込む
※参照:Bessemer Venture Partners Roadmap: AI Systems of Action
最近Rampがローンチした「Accounting Agent」が、このパターンをよく表しています。Rampはもともとコーポレートカード・経費精算のプラットフォームですが、Accounting Agentでは会計ERPと双方向に連携し、トランザクションが発生した瞬間にAIがリアルタイムで自動仕訳を行います。GLコード、部門、クラス、ロケーションなどの全フィールドを即時に仕訳し、ポリシー遵守と正確性をバックグラウンドで100%チェック。ルーティンな低リスク支出は自動的にERPに同期し、人間の判断が必要なものだけを提示します。さらに月末の見越計上と照合まで自動化します。
つまりRampは、会計ERPというデータレイヤーからデータを読み取り、仕訳ドラフトを作成してERPに書き戻すという「エージェントレイヤー」の役割を担い始めています。経理担当者がERPにログインして1行ずつレビューしていた仕事をAIエージェントが代行する。まさに「結合組織」の代替であり、ここを起点に下流のワークフローを侵食していく典型的な「AIウェッジ → Integrate and Surround」戦略です。
データレイヤーに強みを持つプレイヤーの戦い方
データレイヤー側のプレイヤーにとって最も重要な変化は、「人間に使われるシステム」から「エージェントに使われるシステム」へのモデル転換です。
具体的には、エージェントが安全かつ正確にデータを読み書きできるデータモデルの構築が求められます。単にAPIやMCPを公開するということではなく、エージェントに使われることを前提としたデータ基盤の構築が必要です。例えば以下のようなものが挙げられます。
セマンティックレイヤーの整備:データの定義を明確化し、エージェントが迷わずに正しいデータを取得できるようにすることです。例えばARR一つとっても、営業用・財務用・外部報告用で定義が異なります。これまで人間は「この人に聞かれたらこの数字を渡す」とニュアンスで判断していましたが、エージェントには明示的なルールが必要となります。
ガバナンスと制約ルールの組み込み:複数のデータソース間で矛盾が生じる場合の優先順位だけでなく、承認フロー、状態遷移ルール、規制対応ロジックといった制約をデータモデルに埋め込みます。エージェントは人間のように「話し合って決める」ことができないため、「誰がどのデータを読み書きできるか」「どの操作に承認が必要か」をあらかじめルールとして定義しておくことが必要となります。
プログラマティックアクセスの最適化:従来のSoRは人間がログインしてクリックするためのUIに最適化されていました。エージェント時代のSoRは、「APIを持つ状態マシン」に進化する必要があります。
つまり、使いやすいUIを作る競争から、エージェントにとって最も信頼できるデータ基盤を作る競争へのシフトであり、「Source of Truth」としての地位を確立することが勝ち筋になります。
日本でこの動きを先取りしているのが、freeeです。2026年3月、AIエージェントがfreeeの基幹業務APIを操作できるMCPサーバー「freee-mcp」をOSSとして公開しました。会計・人事労務・請求書など約270本のAPIをMCPでサポートし、Claude Desktop等から「請求書を作って」と指示するだけで自動実行できます。自らのデータとビジネスロジックをエージェントが安全に操作できる形で公開することで、エージェントレイヤーのプレイヤーにとって不可欠なデータ基盤としてのポジションを確保しようとしています。
4. まとめ
生成AIの登場により、業務ソフトウェアの役割は「インプット→アウトプット」から「インテント→アウトカム」へと拡張されつつあります。この変化を駆動するのが、複数のSoRを横断して作業を実行するエージェントレイヤーの誕生です。
エージェントレイヤーは、UIレイヤーの価値を消滅させ、SoRが長年築いてきたMoatを弱体化させます。その結果、業務ソフトウェアはエージェントレイヤーに強みを持つプレイヤーとデータレイヤーに強みを持つプレイヤーに二分化していきます。
エージェントレイヤー側は「AIウェッジ → 統合と包囲」で既存SoRの領域を侵食し、データレイヤー側は「エージェントに使われるデータ基盤」へと進化することでSource of Truthとしての地位を確立します。RampとfreeeはそれぞれのアプローチをSaaS企業としていち早く実行に移している事例です。
では、この二つのプレイヤーのうち、最終的にどちらに価値がより帰属するのか。そして、一度分離したエージェントレイヤーとデータレイヤーは、いずれ再び一つに統合され、次世代の業務ソフトウェアが誕生するのではないか、この問いについて、次回のnoteで考察したいと思います。
