【小説】 空に成る 2/2
『春に成る』完結後の敬視点での番外編です。
<前回までのあらすじ>
マスターがいなくなってから、ハルと敬で喫茶店・BAR『ベル』をやっている。
早く店を安定させ、流果と三人で一緒に過ごせるのが「幸せ」だろうと、一人で必死になっていた敬。
そんな中、ハルと流果が買い物に行った先で、通り魔事件に巻き込まれてしまう。
意識が戻らない二人を心配しながら、瑛二と色々と話すことで、「今」を受けとめることができた。
その前の話は「春に成る」をご覧ください。
※敬と流果が登場するのは、ドリップ珈琲(緑の珈琲)からです。
あれから、毎日病院に通った。
静かに目を閉じている二人を見ていると、鼓動が早くなってきて、毎回手を握った。冷たくないことを確認すると、少し安心した。
大丈夫、戻ってくる。戻って来い、早く。
流果の手を握る手に、思わず力が入った。
微かに動いた気がして、じっと顔を見つめると、今度は瞼が動いた。
「流果!」
呼びかけた声に反応するように、開く。
「……け、い?」
久々の声に、自然とこみ上げた熱さが頬を伝い、俺の声が奪われた。
一通り診察が終わった後、少し疲れた顔をした流果が、何か探すように辺りを見回す。
「……ハルは?」
「ハルは……大丈夫だ」
「敬」
突き刺すような視線に折れて、全てを話した時の流果は、いつかの雨の日を思い出させた。
「……ハルのとこ、行く」
そして、無理に動こうとして、叶わずに呻き声を上げた。
「流果」
「っ、なんで……」
「流果!」
流果の両肩を持って、目線を合わせる。
「頼むから……」
言いながら、頭を重しのように流果の肩に乗せた。
「敬……」
どう足掻いても来てしまう『いつか』
それまでは、流果とハルと、当たり前の日常を過ごしたい。
ハルの病室に向かうと、扉から出てきた那津が疲れた顔を浮かべた。
「那津?」
下手くそな笑顔を作りながら、俺のところまで来てくれた。
「さっき、流果の目が覚めて」
「え、姉ちゃんも、さっき目を覚ましたんですよ。ただ……」
那津の話を最後まで聞くことなく、体が勝手に走り出していた。扉とカーテンを開く。
「ハル!」
驚いた顔のハルと、頭の包帯も、視界に入っていたはずなのに、認識はされていなかったかもしれない。ただ、動いて目が合った、それだけで。
ベッドの上で膝を抱えていたハルを、腕の中に閉じ込めていた。
「お前ら、遅ぇんだよ」
「だ、誰……?」
耳元で聞こえたハルの声にハッとした。
ハルは頭を打ってて、那津は疲れた顔で出てきて何か言いかけてた……。
慌てて体を離して、口を開いた。
「まさか、記憶が……」
「本当に、敬?」
お互いの顔を見つめたまま、固まる。
「「……え?」」
「姉ちゃんは記憶ありますし、その人は紛れもなく敬さんだよ」
ベッドの足元から、那津の冷めた目と声。
「だって、那津も見た?」
「確かに……敬さんって、あんな顔するんだなって驚いたけど」
「……は?」
「あんな風に笑うんですね」
あまり記憶がないが、笑っていたらしい。
俺はただ、流果もハルも目が覚めて、これでまた三人で一緒に店に戻れるって……それだけでいっぱいだった。
俺の笑った顔について言い合う姉弟を見ていたら、どんどん体の力が抜けてきた。
「……喧嘩売ってんのか?」
「ふふ……敬だ」
ハルが泣いているのか、笑っているのか分からない顔をするから、すぐに熱が戻った。
「……いいから、早く治して戻って来い」
「もう、誰とも会いたくない、特に敬と流果には、もう会えないって言ってたんですよ」
いつからか降り出した雨もあって、那津を車で送っていた。
「もう、そのまま引きこもるんじゃないかって感じだったのに、敬さんの笑顔で一瞬で、あんな……なんか、腹立ちますけど、ありがとうございます……敬さんも流果さんも、姉ちゃんの恩人です」
「……お前、まぁまぁシスコンだよな」
「何言ってるんですか! あんな事件があって心配するの、当たり前じゃないですか。それに、目の前で大事な人が刺されたら、色々怖くなる気持ち、少しは分かるような気がしますし」
ずっと、忘れられない出来事になる。
だけど、それでもまた夜は明ける。
「なんかさ、色々予想外だったよ。目を覚ましたら敬が泣いたことも、逆に泣くだろうって思ってたハルより、僕が先だったことも。後から泣き出したハルは、そのまま寝ちゃうし……ハル運んでくれて、ありがとね」
「……お前に会うまで、ロクに眠れなかったみたいだからな」
「……前に敬が『自分を犠牲にして守ってもらっても嬉しくない』って言ってたの、ようやく分かったよ。だけど……体が勝手に動くのは、どうしようもないっていうのも分かったんだよね。きっとさ、これからもハルや敬に何かあったら、勝手に動くなぁって……だから、ごめん。先に謝っとく」
「お互い様だろ……ふふ」
「ふふ、なんか敬さ、変わったよね。表情豊かになったっていうか」
「……それも、お互い様だろ」
「流果、明日退院だね」
空が夜へと向かう準備を始め、マーブルになっていくのを見ながら歩いていたら、隣でハルが声を弾ませた。
何事もなかったかのように綺麗になっているスーパーまでの道のり。ハルも戻ってきたすぐは色々あったが、落ち着いてきていた。
「入院しながら色々やり取りしてたから、いなかった気がしねぇけど……あ、退院、昼頃みたいだから、病院寄って、流果連れて来るわ」
「うん……渡すのは、明日だよね?」
「ああ、せっかくだからな」
「豪華にラッピングして準備万端にしてる」
「……中身、タオルハンカチなんだよな?」
「そうそう、結局ほとんど流果がデザインしてくれたタオルハンカチ……明日ようやく、いつもの『ベル』に戻るし、敬と一緒に始めて一年になるし、お祝いが重なるね」
親父がいない『ベル』になって一年。
最近、よく空を見上げている気がする。
必ず夜が来て明けていくけど、色も景色も同じじゃない。それを楽しめるようになった理由が分かったから『今』を大事にする。
「……明日は、賄いも豪華にするか」
ガキみたいに、ハルの瞳が光って笑えた。
スーパーを出る頃になると、すっかり染まった空に、ポツポツと疎らに光が散りばめられていて頬が緩んだ。流果にも言われたけど、よく笑うようになったって自覚してる。親父の為にって、長いこと空回りしてた気がするけど、そう思ってすることは、もっと違うことだったんじゃねぇかって、やっと分かってきた。その為に、今もできることがある。
必ず明けた後に夜が来るけど、色も景色も同じじゃない。それを受けとめられるようになったのは『過去』を大切にできたから。
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ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回、「春に成る」「雨に成る」「空に成る」まとめて、あとがきを掲載予定です。
