【連載小説⑧‐2】 春に成る/バームクーヘン
< 前回までのあらすじ >
敬と流果と協力することになったが、流果から「話したいことがある」と言われ、弟・那津の店で話を聞くことになった遥。
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バームクーヘン(2)
「そんな時ね、偶然敬のお店に入ったんだ。いつものように言い寄って来る人がいて、ダルいなと思いながらも、いつものように対応しようとしたらさ」
ふっと、何の力も入ってない、見たことのない笑顔を浮かべた。
「敬が『ウチの店でそういうことすんなら出て行け』って怒鳴って、追い出して。『お前も嫌なら適当なことすんな』って、僕にも怒鳴ったんだよね」
再び雫のついたグラスを手に取り、愛しそうに見つめながら、呟いた。
「その時の敬がすごくキラキラして見えて、止めてもらって嬉しかったんだ、本当はこんなことしたくなかったんだって、気づけたんだよね」
一口飲んで、真剣な眼差しを向ける。
「僕にとって、敬とあの店は、特別に大切なんだよね。敬がやりたいって思ってることには、全力で協力するし……敬が傷つかないようにできることはやるって決めてる」
流果が敬みたいな目線で射抜いた。きっと受け止めてほしいことがあるんだ。
流果にとって敬が特別大切なこと?
全力で協力すること?
敬を傷つけるなってこと?
色々なことが頭を駆け巡って、言葉が出て来ないまま、フリーズしてしまっていた。
「ただ、敬はね、いつでも全力の人だから、ハルが疲れちゃわないか心配だよ」
言いながら、私を指して突くような仕草をして、口角を引っ張り上げた。
「僕が言い寄られたのを止めたのも、ハルのグラスを小さいのに変えたのも、敬の信念を突き通した結果なだけだしね」
「信念……?」
お酒を飲み干して、置かれたグラスから氷がぶつかり合う音がした。向けられた目が、真っ直ぐ私を捉えた。
「お酒でトラブルを起こさせないこと。敬の母親、事故で亡くなってるんだけど、相手の飲酒運転が原因なんだよね」
いつか話してくれた目を伏せたままのマスターが、頭の中で蘇る。事故の原因は、飲酒運転だったんだ……。空になったグラスの中でレモンがポツンと取り残されていた。
「学生の頃からバーテンダー目指してたくらいお酒に興味持ってて、好きだったみたいだけど……同時に憎いんだと思う。自分で店を持ったら、目の届く範囲ではトラブルを起こさせないようにして、叶えたいことがあるって言ってた。その為にずっと真っ直ぐ進んできて……これからもそうなんだろうね」
悲しそうで愛しそうな笑顔は、長い睫毛が動くと消え、いつもの笑顔に戻っていた。
「だから気ぃ張って怖い顔になってるし、車で来た人に無理矢理代行頼んで揉めたり、トラブル起こしそうなお客さんには怒鳴るし、追い出すし。お客さんからしたらさ、すごい窮屈な店だよね」
敬の鋭い目と優しい手を思い出した。確かに、窮屈かもしれないけど、トラブルを防ごうとすることは、その人を守ることにもなっている気がする。
「それを知ってから、僕もできる限り協力しようと思ってね。お客さんが無理な飲み方しないように声かけたり、敬の良さ伝えようとしてみたりはしてるんだけどね。全力でやればやる程、逆効果になって……結局、敬が怒鳴ったり、追い出ちゃうんだよね」
よくモテる人に嫉妬する人っているけど、こういう話しを聞くと、本当に窮屈そうで、大変だと思う。あ、でもだから初めて来店した時、親切にしてくれたんだ。二人とも、それぞれができることを、全力でやろうとしてる。
「だからほとんど敬のこと知ってる……敬のこと好きな人しか来ないんだ」
そう言って、記憶の中の敬に向かって微笑む。流果が敬に向ける目は、いつも温かさに溢れてる気がする。『特別』だから他に向ける目とは違うの? 流果の『好き』は、他の人が敬を好きだと思うのと違う?
その時、扉がノックされ、那津がサービスでデザートを持ってきてくれた。意味深な目線を送ってしまったので、心配して注文や配膳も全部、那津が来てくれた。大丈夫の意味も込めて、笑顔でお礼を言うと、少し安心したように那津も笑う。
持って来てくれたのは、半円のバームクーヘンの上に生クリームが乗ったデザートだった。一緒のお皿の上に、ベリーのソースがシロップ入れに入れられ、添えられていた。
「なんか、申し訳ないね。でも、せっかくだからいただくね」
流果は半分に切って、そのまま、生クリームが乗ったバームクーヘンを口に運ぶ。私は迷いながら、ベリーのソースを掛けながら、気になっていたことを聞いてみた。
「あの、敬のこと好きなのって……友達として?」
「……もし、友達じゃなく、恋愛感情だったとしたら?」
面白そうに聞き返されたけど、その目の奥に何かがある気がした。自分なりに頭を使って考えてみた。いろんな考えが膨らんで連なって、弾けた。
「だったとしても、きっとどうもできない」
まだ二人のことを知らなさ過ぎるし、例えば協力してって意味だとしても……。
「ふふ、そっか」
あれこれと考え始めた頭は、力の抜けた笑い声で停止し、続く言葉に耳を澄ませた。
「良かったよ。そういうの拒絶する人とも、逆に喜んじゃう人とも、取引できないかなって思ってたから」
それは、つまりそういうことなのかという思いを見透かすように、更に続けた。
「敬のことは好きだよ。でもどこに分類される『好き』か分からないんだよね」
残り半分のバームクーヘンに、フォークを刺して、それを見つめる目は、どこか遠くを見つめているみたいだった。
「ずっと、自分を抑えて楽を選んで来たからね。いつか自然に分類されるまで、ただ好きでいようかなって」
ただ頷くことしかできず、半分に切ったバームクーヘンを、口に運んだ。
「……色々言ったけど、僕はね、ハルとも、仲良くなりたいって思ってるんだよ。君とはもしかしたら普通の友達になれるかもしれないって思ってるんだ」
甘いバームクーヘンと生クリームに、ベリーソースの甘酸っぱさが広がる。
起きてきた頭に糖分を補給しようと、砂糖を入れた。柔らかくなった珈琲を飲みながら流果と話したことを考えた。
敬の想い、流果の想い、全力の二人。二人みたいに、全力になったことある? 今まで、ずっと中途半端なことばかりだったから、不安になってくる。流果も、私が全力でやれるか不安になったのかな。でも、思い返せば今まではどこかで、もう一人の私が冷たい目で見ていたり、手を上げていた気がする。でも、ドリップ珈琲を作ろうって思った時は心が踊ったし、昨日は一緒にやるって思った瞬間に体が熱くなった……きっとやりたいんだ。流果、私も全力でやりたい。
流果と私は少し似ているかもしれない。偶然、『ベル』に来て流果は敬に、私はマスターに救われた。大切な場所になった。だから守りたいし、できることなら何かしたい。動き出そうとする時に、中途半端な気持ちでいてほしくないって思うのは当然だよね。
じわりと口の中で広がる甘さ。流果が敬を好きな気持ちも、私がマスターを想う気持ちと似ている? ……違うよね。似てなんてない。綺麗な容姿、人が好きでよく見ていること、性別で区別せずに人を好きになるとこ。流果が手を引いてくれたから、ドリップ珈琲のことも進めることができたし、敬のことも色々誤解してたって分かった。
似てなんてない。むしろ、世界どころか、次元が違う気すらする。流果はすごい。そんな流果から、色々打ち明けてくれた上で、仲良くなりたいって言ってもらえて、嬉しい。
メッセージを送った。
昨日は色々話してくれてありがとう
私にできること、全力で頑張る!
改めてこれからよろしくね
***
何かある、そう思ってはいた。
流果が取引を提案してきた時から。
いつもなら流果が考えてることは、なんとなく分かるのに、今回は分からなかった。
それでも提案に乗ったのは、瑛二の為でもあるけど、流果の為でもあった。
「ねぇ、敬」
どこか上機嫌な流果から発された更なる提案に、俺の時間はしばらくの間止められた。

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