【連載小説③‐2】 春に成る/天の珈琲

< 前回までのあらすじ >
マスターの珈琲を飲みに通う遥。嫌なことがあってもマスターの珈琲で落ち着きを取り戻し、受けとめながら気持ちを軽くしてくれるマスターに感謝が溢れる。

春に成る/天の珈琲

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

天の珈琲(2)


今日はベルを鳴らした後、次の時の珈琲は、やっぱりマスターにお任せしようと思いながら足早に階段を登った。階段を上がると、雨が止んでいた。またいつ降り出してもおかしくない空だったけど、帰る時に止んでいるなんて、運が良い。いつもはこういう時の畳んだ傘は鬱陶しいのに、今日は気にならない程軽い。

傘の重さを感じたのは、家の駐車場に弟の那津の車を見た時だった。車があるということは、義妹と甥っ子も来ている可能性がある。どこか祈るように、玄関の扉を開けた。義妹と甥っ子の靴を見つけた瞬間、ジワリと今日飲んだ珈琲の苦味が、口の中に広がった気がした。

リビングの扉を開くと、一際嬉しそうな笑顔の義妹が、近づいてきた。

「お義姉さん、待ってたんですよ!」

この先、良い事は待ち受けていないんだと直感した。今すぐ部屋に閉じこもりたい。

「遥、ちょっと話せるか?」

ダイニングテーブルに腰掛けた父の声音には、どこか有無を言わせない感じがあった。

「遥にとって悪い話じゃないと思うから」

父の隣に座る母が、微妙な表情を読み取ってフォローする。向かいに座っていた義妹が甥っ子を連れて、ソファーに座っている那津の隣に移動した。しぶしぶ父の向かいの椅子に腰掛けて、話を聞く。

「父さんの会社の関係で知り合った人で、よく働く好青年がいてな。話をしてみると、お前より5つ年上で、そろそろ結婚を考えたいそうなんだ」

直感は当たってしまったと思いながら、いつものように断ろうと口を開けたが、父の前に置かれた飲みかけの珈琲が、視界に入って止まる。この珈琲は、どんな味がしたんだろう。どんな気持ちでこういう話をしてくれているんだろうと思うと、言葉を塞ぎ切ってはいけない気がした。

「お前ももう良い歳だし、何か縁を感じて、お前の話題を出したら、一度会ってみたいと言ってくれたんだが……会うだけでも、会ってみないか?」

「お見合いとか、そんな堅く考えなくて良いのよ? ただ会ってお茶するくらいの軽い感じでね。あ、写真! 写真があるから見て! 年上には見えないくらい若々しいわよ」

母が畳み掛けるように父に続き、私の顔に押し付けんばかりに携帯を突き出した。その携帯には、年齢の割には童顔の、爽やかそうな男性が写し出されていた。

「パパぁ、おみあいってなあに?」

甥っ子の太陽が、那津の服を掴んで問う。

「まだ太陽には難しい話だから、あっちでパパとテレビ見よう」

那津と太陽が隣の部屋に移動しても、義妹だけはソファーに残り、興味津々でこちらを見ていた。

さっきまで、あんなに軽かった気分が、こんな数分でここまで重くなるなんて。フッとさっきまで会っていた笑顔のマスターが浮かんだ。そして『もう少しだけ、踏ん張ってみてください』と、いつかの言葉を紡いで消えた。それって今なのかなぁと自分に問いかける。

こういう事は何度かあって、詳しく聞く前に、断って終わるのだけど、母が「遥も結婚してくれたら、安心できるんだけどね」と呟く度に、なんだか親不孝をしている気分だった。一度会ってみたら、納得してくれるかな。何も変わらない現状も、何か行動したら変わる……?

「……分かった。会う」

あからさまに、ホッと胸を撫で下ろす両親と、驚く義妹を残し、リビングを後にした。

「お義姉さん、ああいう爽やかそうな方がタイプだったんですねぇ。うまくいって、結婚できると良いですねぇ」

ようやく一人になれると思ったのに、わざわざ部屋の前まで追いかけてきて、歪んだ笑顔を見せるなんて、やっぱり本当は、私の結婚や幸せを願ってないんだと確信する。本当に分かりやすい子だなと呆れながらも、どこか悲しさと安堵が混じって、消えた。

「そうですね、では」

自分でも驚くくらい、感情の含まれていない音。部屋へ入って、ようやく一人になる。

結婚……いや、そうだ。相手は結婚相手になるかもしれないと思って会うのに、親不孝だからとか現状を変えたいとか……そんな理由で会うのって、失礼? でも、そそくさと父が連絡していたみたいだし、今更断る方がもっと失礼だよね……会うって決めたんだから、会ってみよう。

③sky coffee

★「天の珈琲」の絵と詩の記事はコチラ

☆次の話はコチラ

※見出し画像は、あんこ様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!