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現代アートがわかりたい! はじめての芸術祭|『国際芸術祭 あいち2025 灰と薔薇のあいまに』

 小国町で芸術祭『小さな国 十月』が開催されるという。芸術祭とはいったい何なのか? 正直、怖い・・・・・・
 人間は未知の物事に恐怖を覚えるようにできています。その対策に有効なのは恐怖の中身(具体的な危険)を知る事です。アウトドアスポーツにおける思考プロセスです。
 愛知県で『ツーリズムEXPOジャパン2025』の出張があったので、芸術祭というものがどういうものなのかを体感しに『国際芸術祭 あいち2025』にも行ってみる事にしました。

 

 出張の日程に一日追加でくっつけただけですので、芸術祭全体を見て回るというよりは、メイン会場の一つである愛知芸術文化センターのみを観覧する形です。それでも、ものすごい作品の展示数でした。
 様々なジャンルを一度に鑑賞できたため、「現代アートの中でもちょっと苦手(恐怖の対象)だな」そういった自分の好みの傾向が知れて良い経験になりました。コンテンポラリーダンス(どうしても嫌い)と映像系アート作品(映像はプロダクツの方が好き)は現時点ではムリしてまで見なくていいかな、という事がわかっただけでも収穫です。美術鑑賞は趣味なので、まずは好きなジャンルから理解を進めていけばいいですよね。
 素人にもわかりやすいテーマの作品が揃っていて、けっこう楽しめました。現代アートのハードルが少し下がった感じがして、これは次につながりそうです。

 備忘録として気に入った作品を列挙しておきましょう。

『明日の収穫』大小島真木
 巨大な絵画の中に、刺繍された布が使われている部分もあり、テキスタイルアートが好きな自分好みの作品。当日、対話型鑑賞ツアーに参加してみたが、特にこの作品は参加者同士のコミュニケーションが発展しやすい懐の深い作品だと感じた。

『Sky Revolution』バーシム・アル・シャーケル
 〈これらの絵が描いているのは死ではない。爆弾でもない。爆発のあとの刹那だ。〉作家本人が述べているように、ある意味でその瞬間にただ美しいと感じたんだろうな、上空を見上げながら僕自身もその場面に同居できた感じがした。感動というものさしでは一番だった作品。この作品のおかげで、空間を扱うアートへの自分の感受性の間口が少し広がった気がする。
 余談だが、映える衣装を着た女性二人組が交代でポーズを変えながらSNS用であろう写真を撮りまくっていた。アートの楽しみ方は自由である♪(のだが、申し訳ないがバカにしか見えなかった。)

『フクロウと旅人たち そしてセメントの排水溝』ロバート・ザオ・レンフイ
 あまり得意としない映像系アートの中で、唯一共感を覚えた。逆にその意味で、ダントツで記憶に残っている。
 僕がアウトドアガイドとして、現代人が「豊かな自然」という言葉を使う場面で、どうしても感じてしまう違和感と作品のテーマが見事に合致していた。自然と文明を対比として(かつ、地続きの空間として)捉える時に、二次林をどう解釈するか?(そもそも人々はそのフィールドを認知できているのか?)
 僕自身は、二次林は自然ではなく人里そして文化(人の営みと自然との間に生じる物)と捉えた上で、自然と同様に価値のあるフィールドだと認識している。

『白華のあと、私たちのあしもとに眠る鯨を呼び覚ます』是恒さくら
 こちらは造形として非常に気に入った(テキスタイルも使われていて、一番好きだったかもしれない)。ただ、自分の中で捕鯨というテーマがセンシティブ(反対するのか、文化と捉えて肯定するか、の答えが出ないまま)なので、現地ではテーマそのものに共感が持てなかった。
 この作品自体はどちらの立場とも受け取れるが、作家の立ち位置がわからなかった。後味が悪かったので少し調べてみたところ、なるほど、先住民アート的アプローチで捕鯨文化を題材にしているようだ。問いを投げかける機能として非常に意味のあるアート。僕の視野が狭かったのだと反省。
 捕鯨には反対ではない。捕鯨は間違いなく文化である。ただ、それを世界情勢の中でわざわざ主張する必要があるのか? というのがこれまで疑問でもあった。彼女は捕鯨という文化を発信しつつ、(誇張されていない、そのままの)鯨という生物にリスペクトを送っている。(のかな?)
 ぜひ、彼女のトークをどこかで一度聴いてみたい!

諸星大二郎
 知らない漫画家さんだったが、ますむらひろしさんの漫画に似た世界観を感じた。機会があれば読んでみたい。

山本作兵衛
 作品自体というより、芸術祭ってこういう展示内容もあるんだなと感心した。


 対話型鑑賞ツアーに参加した記事はこちら。


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