⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第二十一話
第二十話からの続き
搬入された商品を検品していたら妙なものを見つけてしまった。
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『日本幽霊画選集』という函入の上製本で、書皮に円山応挙の有名な幽霊画が使われている。
その本の上、いわゆる天と呼ばれるところから、牡丹色の、最初はそれを栞かと思ったのだけれど、紐のようなものが顔を覗かせていた。
開いてみればそれは一本の長手牡丹だった。
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そのページに収められていたのは、およそ幽霊らしからぬ、つまり、幽霊画のコードをことごとく無視した、おそらくは異端と呼ぶべきものではないだろうか、美しすぎる女の絵だった。
女は、蜜柑さんと瓜ふたつだった。
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巻末の解説によれば、これは幽霊画家篠原宗玄(1900-1975)による、大正十四年(一九二五)の作で、通称『桜牡丹』と呼ばれるものらしい。
白い牡丹の花柄をあしらった洋装の女性が桜の枝花とともに描かれている。そのことから後世の美術史家によってそう名付けられた、とある。
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女は伏目がちに俯き加減で表情は柔らかい。服は乱れておらず髪は丁寧にまとめられ、何より不思議なのは、女に足があることだ。
女は素足だった。まるで血のように広がった真紅の床にしっかりとその足指を踏みしめている。今にも動き出しそうなほどそれは生々しく、美しい。
蜜柑さんのはずはない。だがそれはまさに生き写しと言えるほど良く似ていた。
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解説は続く。この『桜牡丹』は『死者の図』と呼ばれる十九の連作中十三番目の作であり、日本画の様式と西洋画の技法を組み合わせた宗玄最高到達点のひとつに数えられているという。
ぼくは静かに本を閉じた。
そして残り十八枚の蜜柑さんを見てみたい。強くそう思った。
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蜜柑さんには報告すべきだろうか。
異物混入(1点):線香花火(日本幽霊画選集)
今は、それだけ? そうだな。そうかも。ぼくは長手牡丹を一番上の抽斗にしまった。
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以来ぼくは蜜柑さんの、サンダル履きのときは特に、足先を見つめる癖がついてしまった。
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週末は国立国会図書館で篠原宗玄を調べた。
篠原宗玄(1900–1975)
大正期を中心に活動した日本画家。横山大観の弟子筋にあたるとされ、東京美術学校に学んだとも伝えられる。日本画の伝統に西洋画の技法を取り入れ、独自の幽霊画を制作した。
あまり多くのことは分からなかった。
印刷物になっている作品は『死者の図』では『桜牡丹』しかない。一方でラフスケッチは多数残っていて出版もされている。
伊藤晴雨との親交や、大正九年の院展初出品作が一部で衝撃をもって迎えられたこと、その素性をめぐっては速水御舟や小茂田青樹の変名ではないかという説まで囁かれた、などの逸話もある。
とにかく謎の多い画家だった。分かったのは、結局その程度のことだけだった。
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蜜柑さん実は幽霊だったりして。
なんて、ないか。
とも言い切れない美しさが彼女にはある。存在の清らかな透明感、などと言ったら陳腐すぎるけれど、件の幽霊画家にも劣らぬ謎めいた素性、そして何よりほら、ぼくが取り憑かれてる。
冗談だけど。まあ、笑えない笑い話だ。
あるいは、そう、篠原宗玄の曾孫娘というのはどうだろう。関東大震災を生き延びた古い洋館には、曽祖父の絵が十九枚、長い廊下にずらりと飾られている。そんな感じはある。
そういえば、ボウリング大会のときみんなで記念撮影をしたはずだ。そこに蜜柑さんが写っていなかったら幽霊確定。思い出せて良かった。ぼくとしたことがすっかり忘れていた。
後でヒーラギさんに連絡してみよう。
(第二十二話に続く)
*関連エピソード:第十八話
