⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第十六話
文芸誌に先輩の名前を見つけた。
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勧誘されて何気なく部室に行ったら寄ってたかって優しくされて、試しに何か書いてみてと言われて書いたらべらぼうに褒められて、おだてられ、まんまと入部した。
第三文芸部。それがサークルの名前だ。
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注目の同人というコーナーで、同人誌『第三文芸』からタケさんの作品が選ばれた。
ずっと書き続けていたのだな。結局タケさんの小説を好きにはなれなかったけれど。
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ぼくは何かしら小説らしきものを書くと先ずは必ずタケさんに見せた。するとタケさんは絶賛してくれる。大抵はどこかの一部分、まあまあマシな箇所を見つけては、この比喩が素晴らしい、この発想は凄い、斬新、などと褒めちぎってくれるのだ。
ぼくは元々それで有頂天になれるほど恵まれた性格ではないけれど,気分が悪いかと言ったら嘘になる。そうですかね、そんなもんですかね、などと言いながら次の作品に取り掛かる。少なくとも一年はそんな距離感で接してきた。
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徒弟制度という訳ではない。ただ伝統的に特定の先輩が特定の後輩の面倒を見ることになっていた。
けれども、タケさんがぼくを見てくれたようには、ぼくはミアを見ることは出来なかった。ミアは文学新人賞の最終選考に残るような子だ。
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だからこれは純粋な劣等感なのだけれど、そんなぼくの屈託を知ってか知らずか、ミアはいつでも必ず原稿を真っ先に見せてくれたし、また創作以外のことでも、何かにつけて相談してくれた。
「先輩の小説、好きだよ」
「そう?」
「実はタケさんと付き合ってる」
「え?」
「意外?」
「いつから?」
「入部してすぐ」
「……そうなんだ」
「もっと早く言おうと」
「良かったな」
「うん」
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ぼくはタケさんに小説を見せるのをやめた。
自分の殻に閉じ籠り、殻の内側だけを見て、誰も見ることのないその場所に書き殴った。
受験勉強のときでさえこれほど自分自身に向き合ったことはなかった。
今にして思えば、ほとんどが読むに耐えない代物だったけれど、当時としてはそれが、書き殴ることが、ぼくには絶対的に必要だったのだと思う。
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タケさんの小説を読むのは、いつ以来だろう。
小説にはそれぞれ固有のぬくもりがあり、匂いがある。だけど、どうだ。活字になってしまえばみな等しく同じになってしまう。紙のぬくもりと、インクの匂い。
目を閉じて、深呼吸をしよう。
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男は大学に行かず、仕送りを使い込み、挙げ句の果てはアパートを引き払い、路上生活者となる。
市民からは疎まれ、嫌われ、見ず知らずの子供らからは石を投げられ、ヤクザに小突きまわされることもあれば、警官には助けを求めても逆に追い立てられる。そんな男の話だ。
そうした中、男は他人を定義し、分かったふうな口を利き、路上生活者哲学を生み出し、その視点からすべての事象を整理しようとする。ここまではいつも通りだ。
やはり、好きになれない。
読者が反論しづらい一般論への着地。「自分はこういう人間だ」では終わらず「つまり人間とはそういうものだ」まで行ってしまう。
小説内の運動がすべて「比喩」あるいは「テーマ」に回収されてしまう。その畳み方。
登場人物は生きた存在ではなく、命題を実証するための駒になる。
「おれの人生観、おひとつどうぞ」
自分の人生哲学には他人に聞かせるだけの価値があると言わんばかりの傲慢な語り口。それがとにかく鼻についた。
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ところが、物語が中盤に差し掛かると様子が一変する。
男はひとりの老婆に出会う。これまでであれば男は自分の物差しでもって、老婆を、一般論の中に、あるいは比喩に、人生哲学を語るための素材として閉じ込めたはずだ。
しかし男は老婆と行動を共にし、路上生活者としての生きる知恵を学び、小さな感情的なやり取りを経てもなお、値踏みせず、見下さず、その存在を規定しようという気配すら見せない。
語り手は、その生々しい生活の手触りや、老婆の異質で圧倒的な存在感を、ただ淡々と描写していく。
そしてその場面は訪れる。
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二十三時の見回りが終わると警備員は朝まで仮眠を取る。老婆に教えられたとおりだ。
男は廃墟と化した取り壊し中のホームセンターに忍び込む。
天井から垂れ下がる配線、剥がれ落ちたコンクリート。非常灯が青く光る。
階段で二階へと上る。
すると体育館ほどの広さの剥き出しの空間に、どういう訳か数十台の業務用扇風機が、てんでバラバラに置かれ、その翼を勢いよく回転させながら、右へ左へと首を振っている。
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ゴウゴウと渦巻く風が耳のすぐそばで唸っている。風と風がぶつかり、不規則に流れ、吹き下ろし、あるいは吹き上げ、まるでいくつもの竜巻に体ごと呑み込まれるような錯覚に陥る。
男は揉みくちゃにされながらも扇風機の群れを掻き分け、その中央に身を置いた。するとそこでは音が何も意味しないことに気づく。声を発しても、それは引き裂かれ、舞い上がり、風の中に砕け散ってしまう。
どのくらいそこでそうしていただろう。
いつしか時は止まり、音は消え、風もない。呟きは喉の奥で透明な何かに変換されてしまう。
男はこの体験の中心にいながら、しかし、文字通り言葉を失っている。人生論を語るでもなく、別の何かに喩えるでもない。ただ、沈黙に耐えている。
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ぼくはその先を読むのが怖かった。
この場面の意味を、タケさんは、またしても読者が考えるより先に与えてしまうかもしれない。これは何々の象徴ですよと、言いたくて言いたくて仕方がないのかもしれない。そんなものを読まされるのは真っ平だ。
一方で、別の怖れもある。
誰かを安心させることのない、予想も付かないような、真に驚くべき深淵の端っこを見せられたとしたら。陳腐な一般論ではなく、肥大した自意識哲学でもないその場所へと、タケさんが、つまり境界線の向こうへとぼくを引き摺り込んでしまうかもしれない。それが怖い。
本当はこの目で確かめなければならないのだろう。それは後輩としてとか、かつて同じサークルに身を置いたものとしてではなく、人としてそうすべきではないかという気さえした。
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でも読めなかった。読むことが出来なかった。
ぼくは自分自身の小説とも上手くやっていくことが出来ず、なにひとつ満足に書けない。蜜柑さんとの約束も果たせずにいる。
そんなぼくが。タケさんの小説を、あるいはタケさん自身を裁こうという。なんという傲慢さだ。恥ずべき行いだ。
あの日、蜜柑さんが言ってくれた──この小説を書き上げなさいと言ってくれたその一言が、その意味がようやく分かった気がする。
ぼくは栞を挟んで頁を閉じた。
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そして、書きかけの小説に改めて立ち向かう。
(第十七話に続く)
