🔵掌編小説|マリーと人形
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あら、ヴァイオレットじゃないのね?
ヴァイオレットを御指名でしょうか。でしたら手違いがあったようです。今から──
いいえ結構よ。あなたで構わないわ。それより早速始めてもらえるかしら。到着したばかりで申し訳ないのだけれど。
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伯爵夫人からの依頼。自由記述形式の自叙伝。私のタイプ速度は1分間に200〜250文字。ヴァイオレットには劣るけれど平均より少し速い。
招かれた伯爵邸に使用人はおらず、主人たるべき伯爵もいなかった。伯爵夫人は裸足だった。
わたしのことはマリーと呼んでねと伯爵夫人が言った。承知しました、イーレ・ドゥルヒラウフト──。そうかしこまらないで。ただの、マリーよ。
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マリーは非常に詳細な記憶と独特な個人史の持ち主だった。
産まれた瞬間の映像記憶があり、母の体温や匂い、乳の味も覚えていた。
彼女の言葉は整然としていたからタイプ自体は容易だったけれど、初日に仕上げることが出来たのは三歳まで。用紙55枚に100,000字だった。
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それから毎日、マリーは食事のときも、入浴しながらでも、あるいはベッドでも語り続け、私は常に彼女の傍でその声を指先に乗せた。
彼女はときどき私に話しかけた。そういうときは必ず、これはタイプしなくて良いのよと言った。
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十年が過ぎた。
私たちは眠らず、食事も摂らず、ただひたすらにマリーの半生を記録し続けた。
移動遊園地の初恋、戦禍、兄の死、結婚、太陽に灼かれ、月に癒され、いつしか私たちは、狂おしく互いを求め合うようになった。
もうじき彼女の語りが今に追いつく。
美しく聡明なマリー。私の指は打鍵のように彼女の背中で踊る。マリーの唇が私の体に彼女の記憶を埋め込んでいく。
愛の骨、リーベスクノッヘンと私は言った。私の体を食べておしまいになるのですね?
いいえ、あなたは稲妻、エクレアが食べたいわとマリーが言った。
このまま、死ぬまでずっとこうしていましょう、マダム・ラ・コンテス。
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たぶん私は死ぬのだろう。
それがマリーと一緒なら、他に望むことはない。私だけだとしても。彼女のドール。それが私の唯一の選択肢なのだから。
(了)
🔵938文字
【附記】
▼この作品に加筆し改題した。
▼15歳のマリー
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