見出し画像

⚪️掌編小説|ぼくの夏休み

 思い返せば、ぼくの学生時代なんてものは「夏休み」の中にすっぽり収まってしまう気がする。

「夏休み」にはじまり「夏休み」を経て「夏休み」で終わる。以上。

***

 小一の夏休みに始めた絵日記が九月になってもやめられず、その勢いのまま大学四年の八月三十一日まで続いた。

 中学の時にそれまで書いたものをすべてデジタル化したのだが、次第に端末が重くなってきたので大学入学を機に全データをクラウドに移した。

***

八月八日(金)

 ママがあいじんと出ていった。

***

八月八日(日)

 おねしょがなおらないのでオムツをしろと言われた。オムツは赤ちゃんみたいだからしたくない。

***

八月八日(月)

 公園でナオちゃんにチンチンを見せたらキャーと言ってにげたのでおいかけまわした。とても楽しかったです。
 
***

八月八日(火)

 ママが愛人と別れて帰ってきた。ママと一緒にお風呂に入った。ママがごめんねと謝った。ママが大きくなったねと言ったので、ぼくは少しはずかしかった。もうどこにも行かないでねと言ったらママが泣いた。

***

八月八日(水)

 テレビで高校野球を見た。ママがスイカを切ってくれた。しおれた朝顔を見ながら一緒にタネを飛ばした。「スイカには塩をふるとおいしいのよ」とママが言った。ぼくはママのうでをペロッとなめて、しょっぱいと言ったらママが笑った。

***

八月八日(金)

 テレビでオリンピックを見た。この日のために人工的に雨を降らせたらしいという話を聞いて、スゲーと思った。

 ママがぼくが大人になったら何になりたいか聞いてきたので、金ゆう関係と答えた。パパと一緒ねと言ってぼくの髪をなでた。ママはぼくの髪をなでるのが好きだ。ぼくはそれが少しくすぐったい。

***

八月八日(土)

 失業していた父の再就職が決まった。でも鳥人間コンテストは開催されなかった。

 ぼくらは小さなマンションに引っ越したけれど、ナオちゃんが毎日遊びに来てくれる。母はナオちゃんのことをもう少し受け入れてくれたら良いのに。受け入れてるわよと母は言うけれど。じゃあもっと優しく。優しくしてるでしょ。そんな感じ。

 ママのことを母と呼ぶのは固苦しい。この日記ではどうしようかな。

***

八月八日(日)

 ママがこの日記を見ている気がする。昨日、ママのことが大好きってわざと書いたらやっぱり思ったとおり今日はとても優しい。これは何度か試してみたから絶対に確かだ。

 別に見られて困るようなことは書いていないけれど、家族にもプライバシーはあるんじゃないかな。子どもにだって基本的人権はあるんだよ。ママのことは好きだけど、これからはママにだって言いづらいことが出てくるかもしれない。だってさ、ママとふたりで外を歩くのも恥ずかしい時あるよ。

 今まで書いた日記をぜんぶスキャンしてPCに入れることにするよ。これからはそっちで書くからね。

***

八月八日(月)

 これほどまでに暗い未来を誰が予想し得ただろう。あの日以来、今の科学文明がどこまでも進歩し続けるなんて誰も本気で信じなくなった。

 父は最近めっきり老け込んでしまったように思う。一方で母は知り合いの美容院の隅っこでネイルサロンを始めた。ぼくが爪をほめると必ず「ガオッ」て言う(笑)

 今は受験勉強が楽しい。実際ぼくに出来るのはそれしかないし。特に数学と理科が好きだ。全国共通模試の結果も、理科と数学の偏差値は72だけど、国語と社会は55(あちゃー)

***

八月八日(水)

 ナオちゃんと付き合うことになった。ぼくらはプールに行ったり、花火大会に行ったり、お互いそんな気はしてたけど、キスをしたら、ナオちゃんがしがみついてきて、わたしのことほんとに好きなのって聞いてきた。

 ぼくはもうそうするのが自然だと思っていたのに、ナオちゃんは言葉で伝えてほしいと言う。

 ぼくは愛してるよと言った。きみがぼくを愛してくれるなら世界はこれほど簡単なことはない。なんだって出来るしなんだって叶う。きみのためにすべてを捧げる、まあそんなようなことを言った。

 ナオちゃんは泣き出して、ありがとう、ありがとう、それからもう一度キスしてと言った。

***

八月八日(木)

 ぼくが最近、身だしなみに気を使うもんだから、母が気になって絡んでくる。「おしゃれしちゃって」とか「香水つけてる?」とか「寝癖直ってないよー」とか言ってきてウザい!

***

八月八日(金)

 ナオが永遠を誓うならあげても良いと言う。誓うよ。嘘っぽい。誓うからお願い。最近はそんなやりとりばっかりだ。ぼくらは会えばキスをするし、キスばかりしてる。体を密着させて抱き合ったりすれば、ぼくはそれだけでもう、空高く噴き上がる間欠泉みたいで、たまらない。

 去年から胸だけは揉ませてくれるようになったけれど、服の上から限定だし。ぼくはエロ動画を見てオナニーばかりしてる。ナオの乳首の色とか、おまんこの形とか、毛の生え具合とかを知りたいし見てみたい。舐めたりして感じさせたいんだよ。

***

八月八日(土)

 ナオと別れた。「あたしたちってもう気の抜けた炭酸水みたい」それが最後の言葉だった。残念な結末だけど、このさき何人の女と付き合おうと、ぼくにとってはおまえが初めての女だから。その事実は変わらないからと言った。ナオは「フン」と鼻で笑って、クソほどの価値もないと吐き捨てた。

***

八月八日(月)

 アメリカ横断旅行、四日目。

 デンバーに到着。駅構内でパンケーキと卵料理を食べて、その後は議事堂を見たり、本当はクラフトビールが飲みたかったけれどコロラド州では21歳未満の飲酒は禁じられている。無念。

 ニューヨークを出発して翌朝シカゴ(ユニオン駅)に着き、観光してシカゴで一泊。翌日デンバーを目指した。車中泊を経て、今ココ。レールパス万歳だ。\(^o^)/

 明日はいよいよロッキー山脈を越えてサンフランシスコ(エメリービル駅)だ。

***

八月八日(火)

 ナオの友達だという看護科の女がぼくに会いにきて、ナオちゃんがまだ未練があるみたいと言った。わたしが相談に乗るよと連絡先を渡してきたので何度か会って、抱かれたがっているように見えたから抱いた。セックスした後、その女は「ナオには秘密だよ」と上目遣いで見ながら笑った。

***

八月八日(水)

 父親が死んでから半年が過ぎた。一時はすっかり意気消沈していた母もだいぶ元気になった。それでも体重はまだ戻っていないようで、ほら見てとガバガバになったスカートを見せながら笑った。

 幸いにして母は友達の多い人だったので、心配するほどのことは何もなかった。今ではネイルの店を自分で持っていたし、ある程度はスタッフに任せられる。前ほどあくせく働かなくても良いようになった。

 来年はぼくも社会人だから家計を助けることもできる。そんな話をすると、心配しなくて良いのよと強い口調で言いはするのだけれど、どこか嬉しそうにしている。

***

 今日は診察の日だ。

「この一週間はどうでしたか」と先生が訊いた。
「日記を十六年分書きました」
「十六年分も、それは未来の、それとも過去の?」
「過去と、未来の」
「どんな内容なのかしら」
「読めますよ」
「持ってきてくれたの?」
「いいえ。先生の広尾のマンションにさっき置いてきましたから」
「え?」
「606号室ですよね、ナオ先生、ベッドの横にある小さな丸いテーブルに一冊、置いてきましたから、読んでほしいんです、ナオ先生に」
「それ冗談で言ってるの?」
「さあ」
「もし本当ならそんなことが許される訳ないでしょう?」
「家に帰ってみれば分かりますよ」
「今日は、少なくとも今日はもう診察にならないから、場合によっては警察沙汰になるからね、今日はお母さんは一緒?」
「いいえ、ぼくだけですよ、先生、ぼくを見捨てないでくださいよ、今日は帰ります、でもまた来週も来ますから、お願いしますよ、ナオ先生」

(おわり)

🔴3202文字


#シロクマ文芸部
#夏休み
#木曜日は3ースデイ
#高校野球
#アメリカ横断
#鳥人間
#せりふ三題噺
#間欠泉サロン炭酸水

香水つけてる?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集