【裏切りの代償 | 子供に伝えた夜 | 絶望の朝と一筋の光 | 適応障害を患い退職代行を使ったアラフォーパパのブログ】
本日もご覧いただきありがとうございます。
まずは、たくさんのスキとフォローをいただきまして、
ありがとうございます。本当に励みになります。
こんなに多くの反応を頂けてる事を嬉しく思っております。
今後とも皆様に読んでいただけるように頑張ってまいりますので、
どうか暖かく見守っていただけますと幸いです。
今回は
・退職代行を使ったその後
・心の崩壊と家族との時間
について綴っていこうと思います。
↓前回の記事はこちら↓
↓私の自己紹介はこちら↓
心療内科での診察を終え、
私は1人放心状態で座り込んでいました。
「適応障害?うつ?嘘だろ・・?」
頭の中がぐるぐるして、何も考えられなくなりました。
私は今回の診察で先生に
「薬にはまだ頼りたくない」と伝えたので、
薬の処方はされませんでした。
タバコを数本吸い、少し落ち着いた後、
私は「適応障害」という病気のことを調べ始めました。
外は明るいのに、スマホの光しか灯ってない真っ暗な部屋の中、
私は症状の文章を読みました。
「ほとんど当てはまってる・・。」
私は【適応障害を患った】という現実を受け入れざるを得ませんでした。
お昼過ぎ、退職代行から1本の連絡が入りました。
それは「退職の旨を伝えた」という内容でした。
会社は退職手続きに入り、
私はこれ以て出社しなくて良い身分となりました。
そして、それまで仕事などでも使っていたSNSを
誰にも何も言わず削除しました。
LINEだけは残しましたが、
誰かわからないようにアカウント情報を伏せるようにしました。
これで心も少し軽くなるかと思いました。
しかし時間が経つにつれ、
私は自己嫌悪に陥っていきました。
それは今まで懇意にしてくださってた顧客さんを裏切ってしまったこと。
社内でずっと共に過ごしてきた数少ない仲間を裏切ったこと。
考えないようにしようとしても、勝手に考えてしまいます。
自己嫌悪がやがて絶望に変わり、耐えられなくなった私は嘔吐してしまいました。
そして、悪循環であるとわかりながらも、私はまたお酒に逃げたのです。
夜。
妻と子供が帰宅してきました。
当然ですが家事をやれる余裕なんてありません。
「ごめん」と伝え、妻に惣菜を買ってきてもらいました。
食卓を囲んでも、私は食事を摂ることができず、
2人が食べてるのを見てるだけでした。
そして子供がご飯を食べ終わった頃、
私は初めて子供に自らのことを伝えました。
”
パパ、仕事辞めたんだ。
これからしばらくはお家にいるし、
夜もいるから一緒に遊ぼうね。
それとごめんね。
今まで遊びに来てくれてたパパのお友達は
もしかしたらもう来れないかもしれないの。
その分パパがいっぱい遊ぶからさ・・許してくれる?
”
私は子供にそう伝えました。
子供は黙って頷いてくれました。
私たち夫婦は夫婦共通の友達が多く、
そのほとんどが仕事関係の人でした。
こんな辞め方をしたんだ。
きっともう呆れられたり恨みを買ったりしてるはず。
ここにはもう来ないだろう。
子供に悲しい思いをさせてしまう。
私はこれが【退職代行を使って裏切った代償】だと思いました。
その夜、眠りにつく前に妻から
「せめて、本当に近い人たちにはちゃんと連絡して伝えたほうがいいよ?」と諭されました。
私は「うん」とだけ返し、目を閉じました。
翌日、またも早朝5:00に目が覚めます。
目覚めると体に異変が・・。
胃から込み上げてくる液体を必死で抑えらながらトイレに駆け込み、私は再び嘔吐してしまいました。
いよいよ【起きる】という事への限界を迎えてしまった気がします。
吐きながら絶望を感じ、私は1人トイレで涙しました。
悲しい・・悔しい・・なんで・・
そんな事を考えてました。
私がもっと精神的に強ければ。
私がもっと自己主張できれば。
私がもっとしっかりしていれば。
きっとこんな事にはならなかっただろう・・と。
タバコを吸って落ち着こうとすると、タバコ切れ。
「仕方ない」と思い私は近くのコンビニまで買いに行きました。
その時、歩きながら昨夜妻に言われた事を思い出します。
「そうだよな、さすがにこの2人には話しておかなきゃな・・。」
私はスマホを取り出し、LINEを開きました。
================
1人は本当に弟みたいな10年以上の付き合いがある年下の友達
→Aさんとします
1人は同じ地元で公私ともに大変お世話になった約20年来の付き合いがある先輩
→Bさんとします
================
私はそれぞれにLINEで「話したいことがある」と送り、
タバコを買うと家に帰りました。
すると早朝にも関わらず、Aさんからはすぐ返信が来ました。
そして、電話で話すことなります。
退職代行を使って辞めたこと
適応障害を患ってしまったこと
完全に塞ぎ込んでしまい体にも異変が起きてること
伝えられる限りの全てを話しました。
Aさんはとても優しく暖かく話を聞いてくれました。
電話を切り
今の私にとって「話す」という事が
背負い込んでる重荷を少しでも下せて
前を向こうと思える事だとは想像もしていませんでした。
その後Bさんとも電話し、
Aさんに伝えたような事を話しました。
Bさんは会社経営をされていて、
退職代行に纏わることや、適応障害に関する知識など、
色々な観点で話をしてくれました。
そして「何かあったら面倒を見る」とまで言ってくれました。
私は2人に自分のことを話す事で
ほんの少しだけ光が見えたような気がしました。
電話を切ると妻と子供が起きてきました。
私は2人に久々に言えた気がします。
少しぎこちない笑顔だったかもしれないけど
「おはよう」と。
次回は光と闇が交差する生活、元上司からの攻撃について綴りたいと思います。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
