キャリアアップのはずが、キャリアクラッシュになった話
あの日、私は壊れかけていた。
頭も体も動かない。涙だけが止まらなかった。
診断書に書かれた文字は「適応障害」。
――あのとき、転職なんてしなければよかったのかな。
「転職に失敗した。」20代後半という、転職市場で最も市場価値が高い年齢。まわりがキャリアについて考えだし、次々と成功を収めている中で、一番といっても過言ではないくらい口に出したくない言葉だった。
適応障害で休職し、そのまま退職して無職という、お手本のような転職の失敗の仕方であった。やっとの思いで掴んだ、誰もがうらやむ有名大企業への切符。その切符は、いとも簡単にさらさらさらさらと、私の手の中から消えていった。
新卒では、B to Bの製造業に就職した。有名な会社ではなかったが、福利厚生が整っていたのと、海外売上比率が高く、得意の語学力が活かせそうだったからだ。しかし「環境・安全課」という、英語の全く使わない部署に配属された。実にJTCらしい配属だった。
縁もゆかりもない田舎の工場で4年ほど勤めた後、私は晴れて都会の本社に栄転した。「サステナビリティ」という、学生時代からずっとやりたかった仕事ができる部署に配属された。これで「環境・安全課」の「環境」の知識も活かせる。本社だから英語も活かせそうだし、私のキャリア、やりたいことができて順調だなあと心から思っていた。
心から思っていた。それまでは。
配属されたサステナビリティ推進部は、「人材のごみ箱」を体現したような部署だった。それもそのはず、利益に関係のない部署だったので、ありとあらゆる種類の問題児が各地から出荷されてきた部署だった。
部署の輪をかき乱す手帳持ち障害者や、再雇用の何をやっても間違えるおじいちゃんなど、部署の人員である6人中4人はだれもが認める問題児だった。横の部署からかわいそうと何度も言われた。
部署のサーバーに保存してあるエクセルファイルは同じような名前のものが多数あり、どれが正か誰もわからなかった。おじいちゃんがCO2の数値の管理を間違えまくり、他部署からお怒りの電話がかかってきた。おぢから触られる系のセクハラを受けた。障害者にファイルの管理をきちんとしてほしいと伝えると、人権侵害だとコンプライアンスの部署に訴えられた。
仕事も進まないし、人間関係も最悪の部署だった。
「転職。」ぼんやりと頭の中にはあったが、実際に一歩踏み出すのは怖く、なかなか行動に移せなかった。異動も考えたが、仕事の内容は興味のあるものだったので変えたくなかった。転職するとして、面接を受けるのは面倒くさいな。受からなかったらどうしよう。転職先でついていけなかったらどうしよう。
「とりあえずやってみれば?」の夫の言葉を信じて、おそるおそる踏み出してみると、いとも簡単に内定が出た。現職より規模が大きく、知名度も抜群で、優秀な人が集まって結果を出している。その会社はサステナビリティに力を入れていることで有名だった。たくさんの懸念事項があったが、私は転職することに決めた。
転職して2か月。私は冒頭にもある通り、休職した。気分が沈み、顔がこわばり、涙が止まらなくなった。ある日の朝、ついに起き上がれなくなり、上司にしばらく休みたいと連絡を入れた。終わったと思った。
周りの人間が、今までの会社と比べて、段違いで優秀だった。東工大を出てハーバードに留学したエネルギーの専門家。京大卒の元官僚。仕事の内容が一気に高度化し、密度が上がった。役職がないにもかかわらず、毎日平均3時間の会議、ひどい時は1日5時間を会議に費やす。
頭がついていかなかった。もう無理だった。自分も、無能だったんだと、何度も気づかされた。転職間にたくさんあった懸念事項のひとつだった。
休職期間満了により自動退職となった。復活できなかった。
希望をもって転職したのに、こんな情けないことがあるか。どうしてこんなことになってしまったのか。世の中は転職してスキルアップの流れだったじゃないか。優秀なコミュニティに身を置いて、自身も仕事的にも人間的にも成長するんじゃなかったのか。
元の会社の同期にはとてもじゃないが連絡できない。こんな姿を見られたくない。このままパートや派遣社員として生きていくなんて耐えられない。こんな辛いなら、もう死んだ方がマシだ――――――――
死んだ方がマシだと幾度も思ったが結局死ねず、休職期間満了と同時に転職活動を始めた。転職活動は困難を極めた。いくら有名大企業とは言え、休職して1年で辞めた奴なんて地雷臭ぷんぷんである。
1社、また1社と落選の連絡が来る。書類選考すら通らない。サステナビリティという汎用性の低い仕事内容をしていたのもあり、そもそもの求人が少ない。人事や総務などといった未経験の管理系の求人にも募集したが、30才という年齢もあり、面白いほどに落とされる。
しかし、転職活動も心が折れながらも諦めきれずに取り組んでいると、2社から内定をいただくことができた。結果的に、1社目とほぼ変わらないお給料で、人生をリカバリーすることができた。3社目に転職して10か月ほど経つが、(2025年4月現在)、今はメンタルを病むことなく、薬も飲むことなく、元気に毎日働けている。社会復帰、成功。
この経験から、私がこれを読んでくれているあなたに、伝えたいことが2つある。
①ぜひ私の失敗談をよんで、後悔のない転職をしてほしい。
転職は、失敗すると私のようにメンタルをやんだり、休職や早期離職をしてしまう可能性だってある。転職回数を重ねると転職しづらくなる。
1回の転職が命取りになってしまうこともある。
失敗しないために、後悔をしないために、私の失敗談から学んでほしい。
転職に失敗しないための12個の教訓を公開中↓
②現在メンタルを病んでいる、休職中の人たちへ、希望を持ってほしい
私も絶望の中をずっと歩んできました。
たった1回の転職で、今までの努力がパーになるのかな。もう正社員としては働けないのかな。
あの子もこの子もがんばって働いているのに、わたしだけ社会のお荷物なのかな。
そんな私でも、社会復帰できました。
私の休職から社会復帰までを、これからの記事で赤裸々に書いていくので、こんな人もいるよ、希望はあるよ、1人じゃないんだよって伝えたい。
私の経験が、誰かの血となり肉となりますように。
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