沖縄100号・護国・茨城1号・勝利100号「不味い芋」食用ではなく原料目的の工業用サツマイモ◆飼料用・でんぷん用のサツマイモ
📝 波平・マスオが芋料理を拒否
戦中戦後には「沖縄100号」など大量に収穫できるが非常に不味いサツマイモが普及していた。
そのため当時の人々にはサツマイモ全体への強い嫌悪感があった。
戦後、品種改良が進み、味が大幅に改善された。
1960年代には「観光芋掘り」など、サツマイモが子供向けイベントの題材になるほどイメージが好転した。
『サザエさん』の四コマで波平・マスオが芋料理を拒否するのは、戦中の不味い芋の記憶が背景にあるため。
現代では芋の天ぷらや焼き芋が人気で、当時の嫌悪感が理解されにくい。
沖縄100号は本来工業用(でんぷん原料)で、味より生産性重視の品種だった。
沖縄の土壌で育てれば比較的美味しいが、本州で育てると特に不味くなるとされる。
当時の栽培方法(増産優先)も食味悪化の一因だった可能性。
戦中の代用食(例:スイトン)を嫌う高齢者もおり、食糧難期の食体験は強いトラウマとして残っている。
現代では沖縄100号はほぼ栽培されておらず、再現して食べるのは困難。
近い味を試すなら、飼料用・でんぷん用のサツマイモが候補とされる。
実際に沖縄100号を食べた人の報告では、
水っぽい
石鹸のような匂い
少量なら食べられるが常食は厳しい
という評価が多い。
• 「沖縄100号」「護国」は、戦中戦後の食糧難を支えたサツマイモの代表的品種で、当時の人々にとって飢えをしのぐ“ごちそう”だった
• サツマイモは内地では花が咲きにくいため、花が咲く温暖な沖縄・小禄試験地で全国のサツマイモを交配し、種子やツル苗を内地各地の試験場へ送り選抜した
• 昭和2年開始の「甘藷改良増殖試験事業」により、護国・農林1号・2号など戦前の代表品種の多くがこの方式で育成された
• 「沖縄100号」は早掘り向き・多収・栽培容易な品種で、昭和9年に公表されたが、食糧難と肥料不足が深刻化してから全国的に評価・普及が進んだ
• 「護国」(昭和13年育成)とともに、昭和22年には両品種で12万4千ヘクタール、全国サツマイモ栽培面積の約36%を占めるまでに普及した
• 「沖縄100号」は戦時中に中国大陸にも導入され、戦後は「勝利100号」と改名されて広く栽培された
• 現在、「沖縄100号」「護国」はほとんど忘れられつつあるが、その抜群の多収性は今後も貴重な遺伝資源として品種改良に活かされると考えられる

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