刺されても、来月も訪問しろというのか!ケアマネを危険な家へ向かわせる「月1回訪問」と運営基準減算
2025年6月20日、横浜市鶴見区。
利用者宅を訪問した60代の女性ケアマネジャーが、87歳の男性に背中を刃物のようなもので複数回刺されました。
男性は自ら、
「家に来たケアマネージャーを刺した」
と110番通報。女性は背中にけがを負いましたが、幸い命に別状はなかったと報じられています。事件の報道内容
それから約1年後の2026年6月1日、埼玉県川口市。
63歳の女性ケアマネジャーが、担当する利用者宅を訪問中、同居する60歳の男性に刃物で襲われ、亡くなりました。
男性から、
「ケアマネージャーの首を切った」
と110番通報があり、男性自身も首を切って、その後死亡しました。
亡くなったケアマネジャーは、男性の母親の介護支援のために訪問していたとみられています。テレビ朝日の報道
この事件を聞いて、皆さんはどう思いますか。
「訪問するときは十分に注意しましょう」
「危険なケースは複数人で訪問しましょう」
「事業所内で情報共有を徹底しましょう」
もちろん、どれも必要です。
しかし、現役のケアマネジャーとして、私はそれだけでは済ませられません。
なぜなら私たちケアマネジャーは、原則として毎月、利用者の自宅を訪問することを制度上求められているからです。
危険を感じても、訪問しなければ減算されるかもしれない。
会社からも「今月中に訪問して」と言われる。
そして最後は、担当ケアマネが一人で玄関のチャイムを押す。
この仕組み自体を見直さない限り、同じような事件が再び起きるのではないでしょうか。
ケアマネには「月1回の訪問」が求められている
ケアマネジャーは、ケアプランを作って終わりではありません。
サービスが計画どおりに提供されているか。
本人の心身状態や生活状況に変化がないか。
家族の介護負担が大きくなっていないか。
新たな困りごとが発生していないか。
こうした状況を継続的に把握するため、モニタリングを行います。
そのモニタリングについて、ケアマネジャーは「特段の事情」がない限り、少なくとも月1回、利用者の居宅を訪問して面接することが求められています。
2024年度の介護報酬改定によって、一定の要件を満たす場合にはテレビ電話などによるモニタリングも認められました。
しかし、そのためには、
利用者の同意を得る
サービス担当者会議などで関係者の合意を得る
利用者の状態が安定している
テレビ電話などで意思疎通ができる
他のサービス事業者から必要な情報を収集できる
といった条件を満たさなければなりません。
しかも、オンラインを活用する場合でも、少なくとも2か月に1回は居宅を訪問する必要があります。厚生労働省「令和6年度介護報酬改定」
つまり現在も、訪問が原則であることに変わりはありません。
「特段の事情」が、あまりにも曖昧である
問題は、次の言葉です。
特段の事情がない限り
この「特段の事情」が、あまりにも曖昧なのです。
利用者が入院や入所をしていて、自宅で面接できない。
こうした事情であれば、比較的分かりやすいでしょう。
しかし、現場で私たちが直面するのは、もっと判断の難しいケースです。
本人が自宅への訪問を強く拒否している
ケアマネに対する暴言や威嚇がある
支援者に対する妄想や強い敵意がある
過去に物を投げたり、暴力を振るったりしている
自宅に刃物などが置かれている
家族から脅迫的な発言を受けている
訪問することで本人の精神状態が不安定になる
単独で家へ入ることに、ケアマネ自身が恐怖を感じている
このような場合、どこからが「訪問しなくてよい特段の事情」に該当するのでしょうか。
暴言だけでは足りないのでしょうか。
訪問拒否だけでは認められないのでしょうか。
刃物を見せられて、初めて行かなくてよくなるのでしょうか。
その線引きが、現場のケアマネや事業所が迷わないほど具体的には示されていません。
行政や保険者に相談しても、
「基本的には月1回の訪問が必要です」
「訪問できなかった経緯を記録してください」
「特段の事情に該当するかは個別判断です」
という回答で終わることがあります。
制度上の原則は説明する。
しかし、
「その家は危険なので、行かなくていいですよ」
とは、なかなか言ってくれません。
訪問しなければ「運営基準減算」が待っている
なぜ、ケアマネや会社は、それほどまでに月1回の訪問を気にするのでしょうか。
その大きな理由が「運営基準減算」です。
特段の事情がないにもかかわらず、月1回の居宅訪問や本人との面接を行わなかった場合、運営基準減算の対象になる可能性があります。
減算とは、単に注意されるだけではありません。
対象となる利用者について、事業所が受け取る居宅介護支援費が所定単位数の50%に減らされます。
さらに、その状態が2か月以上継続すれば、居宅介護支援費を算定できなくなる場合があります。運営基準減算に関する自治体資料
事業所にとって、これは大きな損失です。
実地指導や運営指導で過去の記録を確認され、
「この月は訪問要件を満たしていません」
と判断されれば、介護報酬の返還につながる可能性もあります。
だから会社も、簡単には、
「危ないと思うなら、今月は行かなくていい」
と言えません。
会社もまた、基準違反、減算、返還を恐れているからです。
その結果、現場には自然と、次のようなマインドが生まれます。
暴言程度では訪問を中止できない。
訪問拒否だけでは理由として弱い。
明確な危害がなければ、今月も行くしかない。
何とか本人や家族を説得して、訪問実績を作らなければならない。
しかし、「明確な危害」が起きてからでは遅いのです。
ケアマネが刺された後に、
「危険性を予測できなかったのか」
と言われても困ります。
私たちは、危険性を感じているのです。
それでも「訪問しなければ減算されるかもしれない」という恐怖があるから、訪問しているのです。
私は「幽霊を連れてくる」と訪問を拒まれた
私自身、過去に訪問を拒まれた経験があります。
その人から言われた理由は、
「あなたは幽霊を連れてくるから、家に来てほしくない」
というものでした。
私は行政にも相談しました。
しかし、返ってくるのは曖昧な回答ばかりでした。
行政は、
「あの家は危ないので、訪問しなくていいですよ」
とは言ってくれませんでした。
結局私は、ご家族へ事情を説明し、一定の条件付きで訪問させていただくことについて了承を得ました。
幸い、そのケースは諸事情によって間もなく終了しました。
しかし、今になって振り返ると、あれもかなり危険なケースだったと思います。
もし私が、本人の言葉を否定していたら。
もし「制度で決まっていますから」と強く訪問を迫っていたら。
もし訪問中に妄想や敵意が強まっていたら。
もし「来てほしくない」という本人の意思を押し切られたと受け取られていたら。
何が起きていたか分かりません。
もちろん、精神疾患があることと、暴力を振るうことは同じではありません。
精神疾患のある人を一括りにして、「危険な人」と決めつけるべきでもありません。
しかし、病状や妄想の内容によっては、特定の訪問者が恐怖や敵意の対象になることがあります。
その本人が、
「あなたは幽霊を連れてくるから、来てほしくない」
と言っている。
本人にとって、私の訪問は「支援」ではありません。
本当に恐ろしい出来事だったのかもしれません。
その状態でも、「月1回の決まりですから」と訪問を続けることが、本人のためになるのでしょうか。
本人は来てほしくない。
ケアマネも危険を感じている。
それでも制度だけが「訪問しなさい」と言う。
これは、いったい誰のための訪問なのでしょうか。
なぜ、毎月必ず自宅へ行かなければならないのか
私は、もっと根本的な疑問を持っています。
ケアマネジャーは、なぜ原則として毎月、利用者の自宅を訪問しなければならないのでしょうか。
必要があれば、訪問すればいいのです。
状態が大きく変化している。
家族の介護負担が強くなっている。
生活環境を直接確認する必要がある。
本人の様子を、自宅でなければ十分に把握できない。
虐待やネグレクト、金銭問題などが疑われる。
そのような場合には、当然訪問するべきです。
月1回どころか、必要であれば何度でも訪問すればいい。
しかし、本人の状態は安定している。
サービスも問題なく動いている。
通所先や訪問介護、訪問看護などから十分な情報が得られている。
本人も毎月の訪問を望んでいない。
それでも、「今月の訪問実績を作るため」に自宅へ行く必要が、本当にあるのでしょうか。
厚生労働省の検討資料でも、利用者宅への移動に一定の時間がかかり、訪問を負担に感じるケアマネジャーがいることは、すでに課題として示されています。厚生労働省・居宅介護支援の改定検討資料
それでも、日本のケアマネジメントは今なお、
毎月、自宅へ行ったか
という形式を重く見ています。
コロナ禍で、訪問しなくてもサービスは回った
コロナ禍では、感染防止のため、毎月利用者宅へ行くことが難しい時期がありました。
利用者や家族から、
「感染が怖いので、今月は来ないでください」
と言われることもありました。
それでも、多くのケースで介護サービスは動き続けました。
電話で本人や家族の状況を確認する。
訪問介護、デイサービス、訪問看護などから情報を集める。
変化があったときには、必要な調整をする。
緊急性があれば訪問する。
そうした方法で、ケアマネジメントを継続できたケースは少なくありません。
そこで証明されたことがあります。
すべての利用者に対して、毎月必ず自宅を訪問しなければ、ケアマネジメントが成り立たないわけではない。
にもかかわらず、感染症が落ち着けば、また一律の月1回訪問に戻る。
私は、そこに疑問を感じます。
訪問が「支援」ではなく「減算を避ける儀式」になっていないか
本来、モニタリングの目的は、利用者の生活状況を把握し、必要な支援につなげることです。
「自宅を訪問した」という実績を作ることではありません。
ところが現場では、ときに目的と手段が逆転します。
本人の状態を把握するために訪問するのではなく、
「今月も訪問しなければならないから」
という理由で訪問する。
本人が望んでいなくても行く。
電話やサービス事業所から十分な情報を得られていても行く。
危険を感じていても行く。
それはもう、本人のための支援ではありません。
減算を避けるための儀式です。
制度上の要件を満たすことが目的になり、本人の意思やケアマネの安全が後回しにされている。
そのような訪問に、どれほどの意味があるのでしょうか。
不要な訪問はいらない
私は言いたい。
不要な訪問はいりません。
訪問には時間がかかります。
移動時間、人件費、交通費も必要です。
ケアマネジャーは不足しています。
担当件数は多く、認定調査、給付管理、サービス調整、家族対応、入退院支援、緊急対応など、多くの仕事を抱えています。
必要性の低い訪問に時間を使い、本当に支援が必要な人への対応が遅れるのであれば、本末転倒です。
必要がある人には、何度でも訪問する。
状態が安定していれば、電話やオンラインを活用する。
サービス事業者や医療機関からも情報を集める。
自宅への訪問を拒否されているなら、通所先や事業所など別の場所で会う。
危険が予測されるなら、自宅へは行かない。
それでいいのではないでしょうか。
大切なのは、
今月、自宅へ行ったか
ではありません。
本人の生活を把握し、必要な支援につなげられているか。
それがケアマネジメントの本質です。
事件後の「安全確保」だけでは足りない
川口市の事件を受け、厚生労働省は2026年6月3日、全国の自治体に対し、在宅介護従事者の安全確保を徹底するよう通知しました。
通知では、組織的な相談体制の整備や、複数人で訪問する際に追加で必要となる費用への支援などが示されています。厚生労働省「在宅介護従事者の安全確保の徹底について」
もちろん、これは必要な対策です。
しかし、「危険な場合は複数人で訪問しましょう」だけでは、根本的な問題は解決しません。
危険な家へ、一人ではなく二人で行けば安全なのでしょうか。
二人であれば、刃物を持った相手にも対応できるのでしょうか。
そもそも、本人が訪問を拒否し、訪問者に強い敵意を持っているのに、それでも自宅へ行く必要があるのでしょうか。
必要なのは、訪問する人数を増やすことだけではありません。
訪問しないという選択肢を、制度として明確に認めることです。
「行かなくてよい条件」を明文化してほしい
国と保険者には、安全上の理由から居宅訪問を省略できる条件を、具体的に示してほしいと思います。
例えば、次のような場合です。
本人や家族から暴言、威嚇、脅迫を受けている
過去に暴力行為や凶器を示す行為があった
訪問者に対する強い妄想や敵意がある
訪問することで本人の精神状態が著しく不安定になる
本人または家族が居宅訪問を明確に拒否している
警察、医療機関、地域包括支援センターなどから危険性を指摘されている
複数人で訪問しても安全を確保できないと事業所が判断している
担当ケアマネが合理的な理由に基づき、身体的な危険を感じている
こうした場合には、電話、オンライン、通所先や事業所での面接、家族やサービス事業者からの情報収集などで代替できる。
そして、その判断の根拠と経緯を記録していれば、居宅を訪問しなくても減算しない。
そこまで明文化してほしいのです。
「慎重に判断してください」
「安全確保に努めてください」
「特段の事情に当たるかは個別判断です」
それだけでは、責任を現場へ押しつけているにすぎません。
訪問して事件が起きれば、
「なぜ行ったのか」
と問われる。
安全を優先して訪問しなければ、
「なぜ行かなかったのか」
「本当に特段の事情だったのか」
「減算に該当するのではないか」
と問われる。
どちらを選んでも、最終的なリスクを背負うのは現場のケアマネです。
やらなくていいことは、やらなくていい
私は、すべての訪問をなくせと言っているのではありません。
訪問する意味が大きいケースは、たくさんあります。
しかし、すべての利用者に、一律で同じ方法を課す必要はありません。
人はいない。
時間もない。
コストもかかる。
そして場合によっては、命まで危険にさらされる。
それなら、やらなくていいことは、やらなくていい。
必要な訪問はする。
不要な訪問はしない。
危険な訪問はさせない。
ただ、それだけのことです。
刺された後の哀悼より、刺される前の「行かなくてよい」を
利用者を見捨ててはいけない。
その思いは、私たちケアマネジャーの根底にあります。
しかし、
利用者を見捨てないことと、ケアマネの命を危険にさらすことは別問題です。
私たちは、相手の事情や苦しみを理解する仕事です。
しかし、暴言、脅迫、暴力まで引き受ける仕事ではありません。
また、訪問を拒む本人にとっても、制度を盾に自宅へ入ろうとするケアマネは、支援者ではなく「侵入してくる人」のように感じられる場合があります。
これは、ケアマネだけの安全問題ではありません。
利用者の意思や病状を無視した支援になっていないかという問題でもあります。
ケアマネジャーが刺された後に声明を出す。
安全確保を呼びかける。
複数人訪問を検討する。
亡くなった人に哀悼の意を表する。
もちろん、それも必要です。
しかし、その前にやるべきことがあります。
「このケースは、今月は自宅へ行かなくてよい」
「電話や他職種からの情報収集でモニタリングとしてよい」
「安全を優先して訪問しなくても、減算されることはない」
そう、ケアマネと事業所が安心して判断できる制度にすることです。
刺されても、来月も訪問しろというのか。
国と保険者には、この問いに正面から答えてほしいと思います。
ケアマネジャーに必要なのは、刺された後の哀悼だけではありません。
刺される前に「今日は行かなくてよい」と言える制度です。
