【原曲よりもオリジナル!?】矢野顕子カバー・ソング選 〜80年代編〜
他人の曲も、ひとたび矢野顕子が唄えば卓越した演奏力と個性あふれる歌唱力で、たちまち「自分のもの」にしてしまう。メロディは言わずもがな、リズムやコード、時には歌詞も変えて唄われるカバー・ソングは、原曲以上にオリジナリティーに溢れていると言っても大袈裟ではありませんよね。
ピアノの弾き語りやライブ演奏による自由奔放さが目立つ70年代に比べて、レコーディング用にきちんとアレンジされた楽曲が増えた80年代の「変幻自在」な矢野流カバー・ソングを集めて紹介します。
1980年代の13曲 〜変幻自在〜
01 ひとつだけ(『ごはんができたよ』1980年)
アナログ・レコードでは2枚組の大作『ごはんができたよ』のトップを飾る一曲で、アグネス・チャンに提供した楽曲のセルフ・カバー。原曲は、少々舌足らずな歌唱が、アイドル・ソングに似つかわしい仕上がりです。
原曲と全く違う印象的なイントロのシンセサイザーは、いかにも「教授が作ったんでしょうねー」という音色。これ以降のライブでは、ラストかアンコールに演奏されることが多く、ファンの間では屈指の人気曲になりました。「愛してるわ」→「ねぇお願い」の歌詞の変更は、照れ隠しかな?
02 TONG POO(『ごはんができたよ』1980年)
2度のワールド・ツアーへの参加を経て、YMOをバックに制作されたこのアルバム。実際に1980年のハマー・スミス・オデオンでの演奏がこのカバーのアレンジに近く、直接的なアレンジの土台になったものと思われます。
跳ねたリズムとピアノで裏拍を強調したレゲエのようなアレンジに加え、ここでも教授の作るシンセの音色が秀逸です。当然ながら、YMOのバージョンに親しんでいたので、初めて聴いた時は少々ショックでしたが、すぐに好きになりましたね。
03 悲しくてやりきれない(『愛がなくちゃね。』1982年)
多くの部分がロンドンで製作されたアルバム『愛がなくちゃね。』に収録。原曲は、ザ・フォーク・クルセダーズの1968年の名曲ですが、Aメロを大きく改変しています。例えば、歌い出しの「胸にー」の語尾は「いー」と全音符より長く延ばすべきところを、「胸に、染みる空の・・・」と1拍半ですぐに続け、ぎゅっと縮めた感じになっています。
これをAメロ全体に施して、音価(音の長さ)を切り詰める代わりに同じAメロを2回繰り返すという荒技。先にカバーを聴いていたので、後でオリジナルを聴いた時は、逆に違和感を感じるほどでした。
04 Sleep On My Baby(『愛がなくちゃね。』1982年)
原曲は、カクトウギセッションでの教授とのデュエットで、レゲエっぽいリズムと煌びやかなシンセが特徴的です。ロンドン録音の本バージョンは、JAPANのスティーブ・ジャンセンとミック・カーンが参加しており、ライブ感のある極力無駄を削ぎ落としたソリッドな仕上がりになっています。
スティーブお得意のタム回しをメインとしたドラムに、絡みつくミックのフレットレス・ベース。この熟達したコンビネーションが、これまでの矢野音楽にはない味わいを付け加えています。おっと、あっこちゃんの歌に言及していませんね。まぁ、余裕綽々で演奏をリードしてるってところでしょうか。
05 Good Night(『愛がなくちゃね。』1982年)
原曲は、高橋悠治が腕時計のCMソングとして作曲した「時計草」という小曲。あっこちゃんが気に入って、歌詞をつけたのだそうです。ここでもロンドン録音の成果として、JAPANのデヴィッド・シルヴィアンとデュエットしています。
元々とても美しい曲なのですが、あっこちゃんの高音とシルヴィアンの低音の対比が、より一層豊かにメロディを響かせます。間奏を挟んで同じ歌詞をもう一度繰り返しますが、最後の「Godd Night」の部分のみハーモニーで歌われ、美しい余韻を残します。
06 終りの季節(『オーエス オーエス』1984年)
『オーエス オーエス』から十八番の細野ソング。原曲は、細野さんの1stアルバム『HOSONO HOUSE』(1973年)に収録。エレピとアコースティック・ギター、鍵盤ハーモニカがレイドバックした自宅録音の雰囲気をよく醸し出しており、聴いていてリラックスできるものです。
矢野版は、シンセのシーケンス・パターンが後ろでずっと鳴っており、途中からドラムが入ってきます。スタジオ録音用にきっちりアレンジされていて、メロディも素直に原曲どおりに歌われています。「あいつ」という歌詞が「あの人」に変わっているところに、あっこちゃんらしさを感じます。
07 海と少年(『峠の我が家』1986年)
原曲は、大貫妙子の3rdアルバム『MIGNONNE』(1978年)に収録。教授のアレンジで、バックには鈴木茂、松原正樹、細野晴臣、高橋幸宏という歴戦の強者たち。悪かろうはずがありません。
『峠の我が家』は、明確にジャズに向かって舵を切ったアルバムですが、このカバーは、シティ・ポップを1986年当時の最新式ポップスにアップデートしたような様相。切れ味の良いドラム・サウンドや松原正樹のギター・カッティングを含め、くっきりとした音像のプロっぽい演奏となっています。この後も、ピアノ弾き語りでター坊の曲を度々取り上げています。
08 夏の終わり(『峠の我が家』1986年)
オフコースのアルバム『FAIRWAY』に収録。これまた1978年の作品ですね。個人的にオフコースは聴かないので、残念ながらオリジナルの制作に関わる情報は何一つ知りません。今回初めて聴き比べてみました。
原曲は、アコースティック楽器中心のトラックに、多くのコーラスを重ねたオフコースらしい仕上がり。矢野版は、この時代らしいシンセサイザーに、力強いストリングスが厚みを加えます。そして、またしてもコードを改変。メロディや歌い回しも矢野式に上書きした感じです。
09 風をあつめて(『GRANOLA』1987年)
はっぴいえんどの名盤『風街ろまん』(1971年)に収録の細野ソング。数多のカバーがあり、バンドの代表曲の一つと言えるでしょう。映画『ロスト・イン・トランスレーション』に使われたことも話題になりました。
『GRANOLA』に収録の矢野版は、全体に深めのリバーブがかかっており、教授らしいストリングスや一人多重コーラス、長めのエンディングなどが、原曲のアコースティック感と異なり丁寧に作り込まれた印象。バックのピアノが「矢野らしさ」を演出しています。
10 無風状態(『GRANOLA』1987年)
このアルバムでは、はっぴいえんどの3rdアルバム『HAPPY END』から、細野ソングをもう1曲の取り上げています。一つのアルバムに細野ソングを2曲も、しかも、はっぴいえんどの楽曲から選ぶというのは、トリビュート盤を除けば、なかなか他にはないでしょうね。
矢野版は、前述の作り込まれた「風をあつめて」に対して、非常にシンプルな、あっこちゃんらしいピアノ弾き語りです。比較的に原曲に忠実なメロディで歌われており、ピアノ演奏の素晴らしさがとてもよく分かります。
11 花のように(『GRANOLA』1987年)
1987年に杉浦幸に提供した楽曲のセルフ・カバー。杉浦幸のシングルは、「砂浜にルージュ」との両A面で、グリコのCMソングとして起用されたそうです。若草恵のアレンジは、当時の典型的なシンセ中心の歌謡曲と言って良い仕上がり(コンピレーション『テクノマジック歌謡曲』にも収録)。
矢野版は、比較的素直な歌唱で卒がなく手堅い印象。しかし、トラックは同じシンセ中心のアレンジながら、さすがは教授の仕事。音色や切れ味がまるで違います。中間部のブレイクやエンディングの余韻もとても良く、完成度が段違いです。
12 ちいさい秋みつけた(『グッド・イーブニング・トウキョウ』1988年)
この『グッド・イーブニング・トウキョウ』は、アルバム『GRANOLA』の発表に合わせて行われたツアーのライブ盤。この曲は『峠のわが家』に収録されたバージョンに近いアレンジですが、ややテンポが速く、さらにファンキーな印象。
特に、高橋幸宏&小原礼のサディスティックなリズム隊と、『峠のわが家』のアレンジにはないギター・カッティングが素晴らしいグルーヴを紡ぎ出しており、あっこちゃんのピアノも歌唱もノリノリです。
13 Hard Times Come Again No More(『WELCOME BACK』1989年)
1854年にスティーブン・フォスターが作曲したアメリカ民謡。多くのカバーがあるので、共演したことがあるチーフタンズのものをとも思ったのですが、南北戦争の頃の演奏を再現しているという2nd South Carolina String Bandのものを比較用に選びました。
矢野版は、ピアノ弾き語りかなと思ったら、ベースが入っており、間奏のソロはホルンです。落ち着いた歌唱で、低音が豊かに響く録音&ミックスもとても良い。心が荒んでいる時に聴いたら泣くかもね。
【補足】童謡/唱歌〜クラシック/現代音楽
上記以外のカバー・ソングを補足的に紹介します。
【童謡/唱歌】
『ごはんができたよ』に収録の「げんこつやまのおにぎりさま」と「ごきげんわにさん」は、いずれも小森昭宏作曲の童謡をモチーフとした作品。思うに、これらは子育ての実体験の中からうまれたのではないかな。同アルバムの「YOU'RE THE ONE」は、教授とシュガーベイブ時代の山下達郎が手がけた、少年少女合唱団みずうみの『及川恒平の子供のうた「海や山の神様たち」』(1975年)に収録の「アイヌの宝物」という曲に新たに詞を付け直したもの。
『オーエス オーエス』には、「おもちゃのチャチャチャ」を収録。メロディの改変は見られるものの、整然とポップス風にアレンジされており、やや面白みには欠けるかな。『グッド・イーブニング・トウキョウ』に収録の「いもむしごろごろ」は、ライブの定番曲。『長月 神奈月』、『東京は夜の7時』と併せて、70年代・80年代の三つのライブ盤全てに収録されており、三つとも異なるアレンジが楽しめます。
【クラシック/現代音楽】
『BROOCH』は、高橋悠治のピアノをバックに歌曲を歌うという企画盤。ラヴェルやドビュッシーのほか、高橋悠治自身の歌曲も取り上げています。『愛がなくちゃね。』に収録の「みちでバッタリ」も高橋悠治の作曲で、書籍『長電話』を含めて、この時期の坂本家の交友関係を物語るものですね。『GRANOLA』では、ヴェルナーの「Röslein auf der Heiden(野ばら)」を弾き語りで取り上げています。
【その他】
『ごはんができたよ』に収録の「青い山脈」は、1949年発表の藤山一郎の代表曲。力強いピアノと鮮烈なストリングスのイントロが印象的。歌が始まるとリズムが取れなくなります(スネアの位置のせい?)。『オーエス オーエス』に収録の「SIMON SMITH AND THE AMAZING DANCING BEAR」は、ランディ・ニューマンの作曲で、1967年に英国のアラン・プライス・セットがヒットさせました。矢野版は、ビッグ・バンド風のとてもストレートなアレンジと歌唱で、あまり取り上げるポイントがないのが少々残念。
70年代編はこちらです↓
*この投稿は、予告なく改訂することがあります。
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