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【原曲よりもオリジナル!?】矢野顕子カバー・ソング選 〜70年代編〜

他人の曲も、ひとたび矢野顕子が唄えば卓越した演奏力と個性あふれる歌唱力で、たちまち「自分のもの」にしてしまう。メロディは言わずもがな、リズムやコード、時には歌詞も変えて唄われるカバー・ソングは、原曲以上にオリジナリティーに溢れていると言っても大袈裟ではありませんよね。

ここでは、ジャンルを問わず、まさに「自由奔放」に歌いたい歌を歌いまくっている、デビュー直後の70年代の矢野流カバー・ソングを集めて紹介します。特に初期のピアノ弾き語りには、現在のそれとは趣の異なるギラギラした才気が滲み出ています。

1970年代の13曲 〜自由奔放〜


01 津軽ツアー(『JAPANESE GIRL』1976年)

カバーと言いながら、いきなり民謡とはこれ如何に。しかし、初期の矢野顕子を語るうえで欠くことのできない要素なのです。メロディー・ラインは、モチーフとなった故郷青森の民謡「ホーハイ節」のカバーと言って差し支えないのではないでしょうか。「日本人ということを強く意識しました」とは、矢野誠の弁

歌詞は、かろうじて岩木山がカブっているものの、八甲田山や十和田湖など、原曲とは異なる青森県の名所が歌われています。そして、元々の民謡の変拍子を、こともなげにポップスに落とし込む才能。二十歳そこそこの恐るべき新人のデビュー・アルバムJAPANESE GIRLに収録です。


02 丘を越えて(『JAPANESE GIRL』1976年)

あがた森魚とのデュエット。彼の日本少年(1976年)と『JAPANESE GIRL』は、文字通り対をなす関係と言われています。原曲は、藤山一郎の昭和6年の大ヒット曲。NHKのオーデションで、本人の目の前でこのバージョンを披露したという豪気な逸話が残っています。

「真澄の空は朗らかに晴れて・・・」のところで、独特のツンのめるリズム変化でオリジナリティーを発揮。NHKの『名盤ドキュメント』では、原田郁子坂本美雨が分析を試みています。


03 ふなまち唄PartⅠ(『JAPANESE GIRL』1976年)

オリジナルの囃子と同じ笛のフレーズを引用。「ラッセーラ」の掛け声がカバー感を増幅します。本来、ねぶた祭りの囃子には歌がないそうで、この曲の歌唱の部分をリトル・フィートと演奏したふなまち唄PARTⅡは、メロディー以外は直接的な民謡の引用は見られません。

これ以降、民謡を取り上げる機会は減りましたが、独自の解釈でポップスと融合させる方法論は、40年以上の時を経て「やのとあがつま」として結実します。


04 あんたがたどこさ(『長月 神無月』1977年)

民謡の次は童謡です。迷った末に「あんたがたどこさ」を選びましたが、このライブ盤長月 神奈月には多くの童謡が収められており、そのどれもが超絶ヤバい

原曲と異なる複雑なコード進行に、自由なイントロや間奏を加え、シンコペーションや独特の節回しで当然のようにメロディーを改変。まさに真骨頂。矢野顕子の弾き語りの凄みはこの童謡にこそ現れます。他の童謡もヤバいので、最後に「補足」として紹介しています。


05 相合傘(『長月 神無月』1977年)

本人は、世界で一番細野さんの曲をカバーしていると自認しているようですが、レコードに記録された記念すべき一曲目が、このはっぴいえんどのカバーです。

『いろはにこんぺいとう』に、バンドを従えたスタジオ録音版がありますが、よりテンポが速く自由にアドリブを加えている、このライブでの弾き語りを選びました。歌唱のシンコペーションの感覚は、やはりジャズの素養がなせる技だと感じさせます。


06 達者でな(『長月 神無月』1977年)

原曲は、三橋美智也の1960年のミリオンセラー。割と原曲に忠実なメロディーで歌われるのですが、サビの最後「震え、震え(キメのリズム)る〜う〜ぜぇ〜」に、「おぉっ、やっぱり矢野顕子!」ってなります。

弾き語りをそのままバンド演奏に移したようなリズムで、ライブ演奏のアレンジ面でも本人が、主導権を握っていたことが見て取れます。そして、全くオリジナルな後奏が付いていて、パタっと終わります。不思議。


07 絹街道(『長月 神無月』1977年)

自身も参加した1976年のティン・パン・アレイの横浜中華街でのライブで演奏されており、「私も歌う!」ってなったんでしょうね。このアルバムの中では、きちんとバンド用にアレンジされているものの一つです。メロディーは原曲に近い形で歌われています(ま、比較的ですが)。

メンバー紹介のあたりで、途中でファイド・アウトしているのが惜しい。一曲でも多く聴かせたいという制作側の気持ちも分かります。


08 ほうろう(『いろはにこんぺいとう』1977年)

小坂忠の3rdアルバムほうろう(1975年)のタイトル・チューン。日本のロック史における名盤中の名盤です。あっこちゃんは、ティン・パン・アレイつながりで同アルバムの制作に参加しており、この3rdアルバムいろはにこんぺいとうで2曲取り上げています。

林立夫(Dr)、細野晴臣(Bs)、鈴木茂(Gt)という原曲同様のメンバーなので、すぐに思いどおりの演奏ができたんでしょうね。原曲は、初っ端から跳ね回るクラビネットが軽快な印象を与えますが、矢野版はややテンポが遅く、深めのリバーブがかかっていて、引きずるような重さが際立ち、辛〜い放浪に聴こえます。


09 昨日はもう(『いろはにこんぺいとう』1977年)

石川セリへの提供曲のセルフ・カバー。原曲は、残念ながらサブスクで見つけられませんでした(上記のAMAZONは同曲収録アルバム)。惰性的に過ぎ去っていく毎日を新幹線や飛行機に例えた、石川セリ自身による独特の歌詞が、矢野メロディーによくマッチしていると思います。

あっこちゃんは、原曲の演奏にも参加。基本的なアレンジはよく似ていますが、バッキングのピアノで裏拍を強調した跳ねたリズムになっています。メロディーも基本的には原曲どおりに歌っているのですが、琉球音階風の歌い出しが、より琉球っぽく聞こえるから不思議。


10 やませ(東風)(『いろはにこんぺいとう』1977年)

前述の小坂忠のアルバム『ほうろう』に、鈴木晶子名義で提供した楽曲のセルフ・カバー。原曲は「つるべ糸」というタイトルで、他人ヘの提供曲としては最初期のものではないでしょうか。

どちらもゆったりとしたテンポのワルツで、原曲はギターやオルガンの入った、ソウル・バラード風のバンド演奏ですが、矢野版はピアノが伴奏の中心となり、ストリングスにもクラシックのようなメロディアスなアレンジが施されています。


11 やめるわけにゃいかないわ(『ト・キ・メ・キ』1978年)

原曲は、巨匠・冨田勲作曲のNHK『新日本紀行』のテーマ曲インストに歌詞をつけて歌っちゃうこともよくありますが、それにしてもなぜこの曲? 目の付け所が違いますね。4thアルバムト・キ・メ・キに所収。

ゆったりとしたストリングスで、日本人の琴線に触れるような郷愁あふれる原曲を、思い切り跳ねたレゲエっぽいリズムにアレンジする感覚。まさに自由奔放。恐るべき天才っぷり。残念ながら、NHKのオリジナルはサブスクにありませんでしたので、よく雰囲気が出ている葉加瀬太郎のバージョンをどうぞ。


12 ヨ・ロ・コ・ビ(『ト・キ・メ・キ』1978年)

ベートーヴェンの交響曲第九番「歓喜の歌」の合唱部分をモチーフに、ピアノとシンセサイザーだけをバックに歌唱。琉球音階のようなシンセのアルペジオが鳴り続けていて、凡人にはあの原曲からは絶対に思い付かないような痺れるアイディアです。

全編、例のシンコペーションで歌われており、溌剌とした印象を与え、ラストの「ト・キ・メ・キ」とメドレーのようにつながって、この世界を生きる者たちへの讃美歌のように美しく響きます。


13 サッちゃん(『東京は夜の7時』1979年)

この東京は夜の7時は、YMOをバックに、山下達郎吉田美奈子をコーラスに従えた、何とも豪華なメンバーのライブ盤なのですが、ピアノ弾き語りの童謡がバンド演奏に全然負けてないんですね。

例によって、歌詞を変える、メロディーを変える、コードを変えるは言うに及ばず、ここでは「かわいそうね」や「さびしいね」の表現力が出色。この完成度の高さは、童謡のピアノ弾き語りとしては一つのピークではないでしょうか。

ライブ盤には、スタジオ・アルバムにない曲も多く、全く別物と考えていたのか、逆に区別していなかったのか、本人に訊いてみたいです。このアルバムについては、コレクター紳士・DJトーマスさんの記事も併せてどうぞ↓

【補足】童謡/唱歌〜クラシック〜フュージョン〜QUEEN


上記以外のカバー・ソングを補足的に紹介します。

【童謡/唱歌】
特に初期のライブ・テイクは破壊力抜群です。『長月 神無月』に収録されているあわて床屋は、笑みを浮かべながら耳を切り落としているようで怖いです。メドレー風につながっていくいもむしごろごろはその後のライブでもアレンジを変えながら演奏されて続けています。次の待ちぼうけは、多分いきなり歌詞を忘れていますが、全くお構いなしです。続くアメフリ琉球音階には戦慄すら覚えます。

【クラシック】
『ト・キ・メ・キ』に所収のアンダンテ・カンタービレは、作曲者のクレジットにロシア民謡とありますが、チャイコフスキーの弦楽四重奏曲のメロディーに準じているように聴こえます。例によって自由自在に歌われているので、いまひとつメロディーがくっきりしないのですが、クラシックに詳しい方、コメントでご教示ください。

【フュージョン】
『東京は夜の7時』で、渡辺香津美のアルバムKYLYNに提供されたWater Ways Flow Backword Againを、ピアノ1本で披露しています。また、Walk On The Way Of Lifeは、KYLYNのライブで披露されていおり、この時期には、YMOのメンバーと同様に、カクトウギ・セッションなどのフュージョン界隈のセッション・ワークが目立つようになっています。

【QUEEN】
Queen Songsは、矢野誠のプロデュースにより、1979年に発表されたクイーンの曲をインストで演奏するという企画盤。フュージョン的なアプローチの曲もあり、時代の要請の中で作られたものかなとは思います。正確にはカバー・ソングではありませんが、古今東西、ジャンルを選ばず、ありとあらゆる楽曲に対応できる、音楽家としての能力の高さの証明であり、ただただ敬服するのみです。

【国歌】
最後に、やはりライブ盤『長月 神無月』から君が代。これもインストですので、カバー・ソングとは言い難いのですが、選曲の自由度を物語る一曲でしょう。左手がピアノ、右手がシンセで始まって、ドラムが入る後半部分は完全にジャズの作法です。あくまで想像ですが、ジャズ・バーでのアルバイト時代から、無茶振りのようなリクエストに応えて、ジャズとはかけ離れた音楽を即興で演奏していたのではないでしょうか。


80年代編はこちらです↓

*この投稿は、予告なく改訂することがあります。


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