なんのはなしですか。【長編小説】12
宮下は榎本が昼間の路地裏に出ている間、本部でおすぬさんについて調べを進めた。榎本にクロと睨んでいると伝えたが、現状まだ確証のある記事を見つけたわけではない。
まずはざっと投稿されている記事に目を通す。ここに住むようになったのは去年の九月。蒔倉よりは早いが、それでも一年以内となれば新規参入者と捉えてもおかしくない。
初期の記事は主にエッセイや日記、アニメや本等の感想文といったところか。ちょっとおちゃらけた雰囲気やユーモアのある表現はあったとしても、内容としておかしな点は見受けられない。中毒者が流行り出した時期。ここからが重要なのだ。
宮下はタイトルを読むと自分を落ち着かせるように深呼吸した。おすぬさん、初手からヤバいな。「#なんのはなしですか」がもってこいな記事のタイトル。恐ろしい。そこから記事の内容を確認していく。
なぜか九州訛りの芸人、ヒロシ風で始まる。いったい何があったんだ。まぁ、いい。話の内容は許容範囲だ、問題ない。読み進めると、夫の実家は食器を個人で使い分けするのではなく、みんなで共有する、いわばフリーアドレス状態であったとのことだった。この時点でタイトルは回収した。
その後も記事は続き、なぜか最終的におすぬさんの実家は使い分けという話から、姉が結婚と離婚を繰り返しているという内容で幕を閉じた。まさに最後の話はいったい「#なんのはなしですか」であった。
しかし、このタグのせいなのか、読後感は悪くない。後味がさっぱりしているのだ。今回は話の着地点が分からなくなり使ったのだろう。宮下はあまり深く考えず、一旦見逃すことにした。
それから他の記事にも目を通していく。日を追うごとにおすぬさんの記事は何の話か分からないものとなっていった。元々素質はあったようだが、使っているうちに段々と筆者のセンスが進化を遂げており、まるでダンジョンをクリアして日に日にレベルアップしているようにも思えた。特に最近の記事はずば抜けていた。
『-2分30秒間-』
『アリがアリでてぇへんだったでござるの巻』
『25mプールで卵焼きを作る』
宮下はこれらの記事に意味を探してはいけないのだと悟った。そしてポツリと呟いた。
「レジェンド…」
そう言っても過言ではなかった。宮下はよく分からない感動すら覚えた。いったい何がおすぬさんをそうさせるのか。こんな話を書かせてしまう原因がますます気になった。
*
午後3時を回ろうとした頃、榎本が路地裏から本部へ戻ってきた。
「榎本さん、お疲れ様です。昼間の路地裏どうでしたか」宮下が訊く。
「夜に比べると人は少ないが、怪しい人物を見つけた」
「昼間にも中毒者がいるんですね」
「どうやら俺たちの想像以上に流行っているのかもしれない」
「いったいどんな人物だったんですか」
榎本の動きが止まる。どんな?どんなと言われても、『おかしな』としか言いようがない。それとも外見のことを聞いているのか?
「そうだな…スキンヘッド髭モジャスポーティーオヤジ、だな。persiという男だ。ついでに奴は言っていることもおかしい」
「え?何ですか?ちょっと情報量多すぎて着いて行けないです」と宮下が笑う。
しかし、榎本はお構いなしに話を続けた。それよりも重要な情報があったからだ。
「それと、No.874。これについて何か知らないか」
「え?何ですかそれ」
「いや、俺にも分からん。昔どこかで聞いたことがあるような気もするんだが思い出せない」
宮下が、しっかりしてくださいよー、と椅子に座ったまま体を反らして天を仰ぐ。
「まぁ、情総部に確認したら分かるかもしれませんね」
「そうだな。ところで、お前はおすぬさんのことで何か掴めたのか」
宮下は体を起こし榎本の方を向いた。その表情は先ほどとは打って変わって真剣そのものだった。
「はい、やはりおすぬさんはクロです。ここ最近の記事も何の話か分からないものばかりでした」
「中毒の原因についてはどうだ。何か手がかりはあったのか」
「そこについては何も…」
「そうか、あまり時間がない。中毒者が増えすぎる前に何とかしないとマズいな」
「そうですね。さっそく情総部へ例の件、問い合わせてみます」
「あぁ、任せた。俺は少し気になることがあるから、もう一度路地裏へ行ってくる」
「気になること?何かあったんですか」
「ここ最近毎日路地裏へ行っているが、毎回同じ女を見かける」
「どういった奴ですか」
「そうだな。ゆらゆら彷徨っているような女だ」
「確かに僕も路地裏でそのような女性を見かけました」
「つまり、あの女は中毒者の可能性が高い」
「これから奴を探りに行くんですか」
「早い方がいいだろう。本当は定時で帰るつもりだったが、今回もそうはいかないようだな」榎本が乾いた笑いを浮かべる。
「まぁ、榎本さんはそういう性というか、運命かもしれませんね」
榎本は何も答えず無言で煙草の煙を宙に吹き上げた。もしかすると、そのことは榎本自身が一番よく分かっているのかもしれない。宮下にはそう見てとれた。
次へ続く
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