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見つからない力。

 高校3年生で、大学受験に失敗し、いわゆる受験浪人というものをしていて、予備校に行っていた期間があった。同じ国公立文系コースに「カツオくん」と呼ばれるクラスメートがいた。


重いカバン

 少し遠いところから通ってくる彼は、何しろ真面目で、その日にない授業のテキストや辞書や資料もすべてカバンに入れていた。だから、とても重いと言われていたので、ある日、持たせてくれるように頼んだ。

「いいけど、ほんとに重いよ」。

 そう言われて、持たせてもらったら、グッと下に引っ張られるような気がするほど、重かった。10キロ以上はあったと思う。

 さすがに転んだり、ケガをしたりはしなかったけれど、この重さを、あの何でもないような表情と、姿勢で、毎日持ち続けているのは、やっぱり、何だかすごいと思った。

荷物が多い人たち

 そんなことを思っていたけれど、「カツオくん」までいかないとしても、自分自身も「荷物が多い人たち」の一人であるのも間違いない。

 特に、中年と言われる年齢になってから、20キロ減量したせいか、単純に体質が変わったせいか、寒がりになったせいで、より荷物が増えた。

 夏は、寒がりだけど、汗かきのため、Tシャツで汗をかいたときは、着替えないと体が冷えてカゼをひいてしまう。だから、最低3枚は着替えのTシャツを持ち歩き、さらに、電車や室内で冷房が強い場合、特にそこに長時間いないといけない時は、長袖のTシャツとウールのセーター、さらにウインドブレーカーをカバンに入れるから、それだけで、大きくふくらむ。

 冬は、厚着をしているから、暖房が効いている場所では、やっぱり汗をかいてしまう。だから、少なくとも、下着の着替えは2枚ほど持っていきながらも、服の荷物は、夏より少なめだけど、外出する時は、今、読んでいる本と、これから読む本で、最低2冊は入れるのは、もしかしたら、1冊目を読み終わってしまうかもしれない、というちょっとした心配のせいで、長時間の外出の時は3冊持ち歩いたりもすることもあるが、全部を読むことは少ないから、ただ重さを持ち歩くことになる。

 それに、ファイルケースを持ち歩き、もしかしたら、もういらないかもしれない資料も入れて(こういうのが仕事ができない人の特徴などと言われそうだけど)、だからカバンを持つと、自分で重くて、ちょっと嫌になり、そういう時だけ、ちょっと整理したい思いにもなるけれど、カバンを開けて、ふと見ると、自分が入れた覚えのないものや、小さくなったレジ袋なども見えて、それで嫌になって、作業を中止する。

エコバッグ

 出かける場所によって、カバンを持ち替えたりする。

 かといって、普段のカバン、少し大きめのカバン、普通のリュック、大きめのリュックと4種類のバリエーションしかない。

 だから、場合によっては、その中身を入れ替えて、ちょっと整理して、それだけで、微妙に疲れてしまうけれど、外出でランチが必要な場合、妻が作ってくれたりした時は、紺色のエコバッグに入れる。

 それは、私がずっと使っていたコンビニでもらったエコバッグが古くなっていたけれど、それでも使い続けているのを見て、新しいエコバッグを買ってくれたものだった。

 そのエコバッグは、引っ張ると、細くなり、さらに折りたたむと、とてもコンパクトになって、すごく便利なのはわかるのだけど、実はあんまり小さくすると、カバンに入れて、どこかになくなってしまう恐れがあるから、なかなか、小さくできず、そのまま、ランチを入れて、ペットボトル2本と、小さい紙パックの野菜ジュースを入れる。

 それで、そのバッグはちょっと重くなるけれど、カバンの荷物が多いときは、そのバッグにセーターを入れたりもする。

 コンビニでもらったエコバッグよりも、ちょっと生地が厚く、しっかりしていて、持っていて、力強いのは事実だったし、何しろ、妻にもらったので、なんだかうれしくて、カバンと、さらにエコバッグを持って、出かけることが多くなった。

大きいカバン

 そのエコバッグだけではなく、帰りに買い物などをした時や、さらには、「いちおう」ということで、古くなって、微妙に薄くなった部分も出てきたコンビニでもらったエコバッグなどもカバンに入れて、出かける。

 大きいカバンは、以前は、その中に仕事の道具だけではなく、ランチも入れていた。

 夜中まで介護をしていて、少しでも睡眠時間を確保したかったから、ギリギリまで寝て、起きて、現地に着く電車の中で、行儀は良くないけれどそのランチを食べて、移動をしていた。

 それも含めて、カバン一つで済ませたいから、少し大きめのカバンを買った。だけど、コロナ禍になってから、移動中に食事はできなくなって、その習慣はなくなったから、考えたら、その大きいカバンはそれほど必要でなくなった。

 それでも、出かける場所によって、持っていくものも違うから、カバンの中身はそのままにして、でも、どうしてこんなに重いのだろう、と思いながらも、でも、持ち歩いていた。

 時々、肩にかけるベルトが切れて、その時は、カバンが下に落ちて、一瞬、何かが終わったようなショックを受けるけれど、とってはそのまま使えるから、手で握って持ち歩いて、家に帰ってから、妻に相談すると、その部分を縫ってくれる。

 ウソのように元通りになる。

 だけど、やっぱり中身が重いせいか、忘れた頃に、肩からかけるベルトが切れることがあった。2度目は、最初ほどショックは少なく、そして、申し訳ないけれど妻にお願いすると、また縫ってくれて元通りになる。

 ホントにありがたい。

見当たらないバッグ

 大きいカバンの中に、近くにあったエコバッグを詰めて、出かける。

 その中には、妻にもらった紺のエコバッグもあって、そして、夕方になってから帰ってきた。

 そして、帰ってきて、そのカバンの中のものに用事があったので、少しずつ出して、整理をした。

 そして、朝方に詰め込んだエコバッグがいくつも出てきて、こんなに必要ではなかったのに、と改めて思って、だけど、その中に妻にもらった紺のバッグがなかった。

 あれ?

 最初は、まだ余裕があって、カバンの中をまた見た。

 ない。

 さらに、今度は、手を入れて、中身を混ぜるように、全部を触っても、やっぱりない。

 ちょっと覚悟をして、中身を出して、こんなにいろいろと入っていたのか、この資料なんだっけ?と思いながらも、少しゴミ箱にも入れて、ちょっと整理もできた。

 だけど、そのバッグはなかった。

 時々、知らないうちに、特に電車などで外出して、車内で本などを読んでいると、降りる駅が来たときに、妙にあわてて、ガタガタして、何かを落としてなくすことがある。

 だから、妻に「なくしたかもしれない。ごめん」と謝った。

 でも、妻は「え、でも、あるよ」と断言してくれた。

見つからない力

 それから、数日経って、妻が思い出したように、聞いてくれて、まだ、そのバッグが見つかっていないことを伝える。

 だから、その大きいカバンを渡して欲しいと言われ、「重いよ」と言いながら、妻の座っているそばに置き、でも、どこかで諦めていたし、もしも、見つかるとしても、時間がかかるか、もしくは、別の場所だと思っていた。

あったよ」。

 たぶん、1分も経っていないのに、その紺のエコバッグは妻の手にあった。

 しばらく、表情も体も動けなかった。

 うれしくて、とても、ありがたかったのだけど、どうして、こんなにあっさりと見つけられるのだろう、と何だかすごいというか、ちょっと怖いというか、自分が、どうして、同じカバンをあれだけ時間をかけて、何度も見たのに、見つからなかったのだろう。

 そのことが、改めてショックだったせいで、変な顔をしていたようだ。

 もちろん、お礼は伝えたけれど、何だか信じられなかった。

 昔から、整理整頓が本当にダメだったけれど、自分なりに、どこに何があるかは把握しているつもりだったから、そのゴチャゴチャした見た目よりは、思ったよりも、モノをなくすことは少なかったはずだ。

 だけど、ここまで探して、しかも、バッグの中、という限定された範囲を探して、こんなに見つからないことは、自分がちょっと怖くなるようなことだった。

 自分の「見つからない力」が、凄すぎて、自分で引いてしまったのだと思う。

 それでも、見つけてもらってありがたかったし、今も何事もないようにランチとペットボトルなどを入れて、そのバッグを持ち歩いている。

「見つからない力」は、これ以上、高まらないことを、望んでいます。



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