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読書感想 『君のクイズ』 小川哲 「面白さの純粋度」

 刑事ドラマを見ていると、最初に人が死んでいることが多い。

 そこから、話は始まり、進んでいき、その謎を解くか。もしくは犯人の動機や犯罪方法を見せていくストーリーは随分と見てきた。

 そんなに読んでないので、それほど明確に語れないのだけど、ミステリーと言われる分野も、かなり人が多く死んでいるように思う。

 そこから始める方が、興味を引っ張る力が強そうなのはわかる気がするけれど、物語のために、そんなに人を殺さなくてもいいのに、とはずっと思っていた。

 だから、クイズ、それも競技クイズと言われる分野を、ミステリーのような小説にする、という話を聞いて、人が死ななそうでいいのだけど、謎を解いていく。という意味では、動機が弱いような気がして、どうするのだろう?そんな、よこしまな興味もあって、読もうと思ったのは、覚えている。



(※この先、この小説の内容についても触れています。未読の方で、もし、何の情報もなく読みたい方は、ご注意くだされば、幸いです)。






『君のクイズ』 小川哲 

 最初は、クイズ番組の決勝の場面から始まる。

 それも、シンプルに1対1で知識を競い合う、この小説の表現で言えば、バラエティではなく、競技クイズだから、早押しで、正解を出し合って、相手より早く正答を積み重ねていく、というオーソドックスなスタイルだった。

 あと一問で、その勝敗が決まる。

 そのとき、そのクイズを出すアナウンサーが、「問題」と言ったところで、相手がボタンを押し、正解する。

 その人物は、本庄絆という名前だった。

 MCのその言葉で僕はようやく事態を把握した。本庄絆が勝ったのだ。彼は問題が読まれる前に押して、正解したのだ。スポンサーが小切手を抱えて舞台袖からやってきた。
 僕は呆気にとられてステージの上手側で棒立ちしていた。

 そんな信じられないような出来事から物語はスタートする。

 それは、クイズをテーマとしているのだから、謎としては、かなり強いので、読者としても、それがどうして可能だったのか?について、興味を持たされるように、読み進められた。

映画

 最初は、読者と同じく、主人公を含めた登場人物たちは、この本庄絆が、最初から答えを知っていたという「やらせ疑惑」の思考から始まっていく。

 そのことの真偽はなかなか明らかにならないが、その主人公は、様々な過去の本庄のVTRを見返し、同時に、自身の過去の競技クイズでのことも振り返ることになる。そうした検討によって、もしかしたら、「やらせ」ではないかもしれない、という仮説も積み上がっていく。

 そうした試行錯誤に並走することによって、読者は、クイズというのが、より多く知っていればいい、というような単純な知識の競い合いだけではなく、正答にたどり着く時は、自分自身の人生とかなり深く結びついた、ある意味での「必然性」があることにも気がつかされていく。

 ただ、その展開で思い出したのが、ある映画のことだった。

 この映画↑は、自分が見ていないので、何かを語るのは、おこがましいのだけど、貧しい地域出身の青年が、世界的にも有名なクイズ番組に挑戦する、といった話のはずだった。この映画でも、とても正解できなさそうな問題に対して、主人公が、自分の人生の経験を生かして、答え続けるという内容だったと紹介されていたので、そのことを、どうしても思い出してしまった。

 だが、そうした人生の経験との関連については、『君のクイズ』の主人公はさらに自覚的だし、さらに、目的が、賞金を手にする、ということよりも、クイズに答え続ける、というところに重点がありそうなのが、ストイックな気配を強める。

 クイズに正解するときはかならず、問われている問題と過去の自分の経験が重なります。そうでないと、僕たちはクイズに答えることはできません

クイズ競技の特殊性

 一般的な視聴者である私のような情報量では、クイズ番組は「知っているか、知っていないか」を競う舞台、のようにしか見ていなかった。

 ただ、そんな印象を持っていることが、どれだけ競技としてのクイズを分かっていなかったのかも、読み進むと分かってくる。それは、まるでスポーツの、それもプロフェッショナルに近い話のようだ。

 例えば、ボタンを押すタイミングについて。

クイズをやらない人にとって、「答えを思い出せなかった」というコメントは不可解だ。わかるかわからないか、その二択だと思っている。クイズプレーヤーは答えがわかってから押すのではなく、「わかりそう」と思った時点で押す。僕にとってそれはあまりにも当たり前のことだったが、普段クイズをやっていない人からすればなかなか理解できない感覚だろう。 

 だからこそ、ボタンを押しても誤答することがある。だが、それを恐れてしまっっては、クイズに勝つことができないようだ。だから、そのために、気持ちも変化せざるを得ない。

何年もクイズを続けるうちに、捨ててしまった感情がある。
恥ずかしい、という感情だ。

 また、まるで競技カルタの世界のように、問題を読む人の唇の動きで、次の言葉を予測して答えることもあるけれど、いわゆるゾーンに入っている状況なので、自分の意識よりも早くボタンを押すことさえあるらしい。

会場から「おお」という驚きの声が漏れる。僕自身も驚いている。自分でも、どうやって正解したのかわからずにいる。まるで、自分が魔法使いになったような気分だった。

 さらには、競技としてのクイズを成り立たせている世界観についてまで言及され、それは読者としてすぐに共有するのは難しいとしても、何かを純粋に極めようとする人間たちの思考だというのは、わかるような気がしてくる。

自分で問題を作ったことのある人間なら誰でもわかると思うが、作問者は「できることなら誰かに正確にしてほしい」と思っている。正解の「ピンポン」という音は、解答者だけでなく、出題者も肯定する音なのだ。解答者の世界と、出題者の世界が重なりあって、答えがひとつに確定する。それこそがクイズの醍醐味だ。だから意地悪な問題はよほどの事情がない限り出題しない。

正解に向けて

 そして、もちろん、この小説の冒頭で提示された謎……本庄絆は、なぜ、問題が読まれる前に正解できたのか?それに向かって、話の本筋は進んでいく。

 その謎に向かうなかで、競技クイズだけではなく、テレビ放送についての考察にまで広がっていき、時には意外とも思える展開なのに、クイズという分野について、それほど知らない読者も置き去りにしないように読めるのが、生意気な言い方になってしまうけれど、筆者の力なのだと思った。

 最後まで、謎だけで引っ張るのではなく、心地よいスピードの変化と、場面転換の繰り返しで、読者を連れて行ってくれるし、こうした競技クイズ、という分野だけでなく、何かを極めようとする難しさと喜びと孤独感、のようなものまで考えさせられる。

 とても面白かった。

 それも、面白さの純粋度がとても高い。久しぶりに、ただ面白く、自分の思考の速度まで上がっているような錯覚を持つほどだった。

おすすめしたい人

 普段の生活が辛く、本を読むような気持ちの余裕もなかったけれど、久しぶりに何か読みたいと思っているような人。

 どんなジャンルが読みたいか分からないけれど、面白いストーリーが読みたい、と思っている人。

 また、余計なことかもしれませんが、読み始めると、先を読み進めたくなるので、比較的、時間の余裕があるときに、手に取るのをおすすめします。


(こちら↓は、電子書籍版です)



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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