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読書感想  『こちらあみ子』 今村夏子  「人間のすべて」

 個人的な気持ちに過ぎないけれど、気になりながら、読むのを微妙に避けていたと思う。

 誰かが、元気な女の子が出てきたけれど、なんだか分からない、といった感想を述べていたのを目にしたこともある。
 別の場所で、他の誰かが、控えめに、だけど強めにすすめている文章を見た。

 そうした誰かの思いは目にしながら、それが誰かを覚えていないのに、自分が気になっていたから、そんな評価だけは自分の中に蓄積してきて、やっぱり読もうと思った。

 気がついたら、映画化もされていた。


『こちらあみ子』 今村夏子

 どんな小説かを知らないせいもあって、読んで、すごい作品だと素直に感じる。
 これがデビュー作だと思うと、今村夏子という人は、とんでもない作家だと思った。

 あみ子という、まだ子どもといっていい「女の子」が、ただ生きているだけの話、とまとめることもできる。

 だけど、どうして、こんなに不穏な空気がずっとあるのだろう。

 あみ子は、誰よりも真剣に、素直に毎日を暮らし、話をし、動き、他の誰かに関わろうとする。

 ただ、真っ直ぐにしか進めない。

 その姿は、だけど、他の人間にとっては、「人間のすべて」の感情をそのまま出しているから、脅威のようにしか思えないのかもしれない。

「妹が学校の行き帰りに悪さをしないよう見張ること」が、兄が両親から言いつけられていた使命だった。あみ子にとって兄との登下校は楽しいものだったが、兄のほうではそうでもなかったかもしれない。手はなかなかつながせてもらえなかったし、「だまれ」と「やめろ」はしょっちゅう言われた。しゃべっているあみ子の腕を引っぱって民家の塀の陰などに連れて行き、「動くな」と命令するときは大抵向こうから兄の友人たちがやってくる。彼らが目の前を通り過ぎるまで兄と一緒にじっと隠れて待たなければならない。

(「こちらあみ子」より)

 その姿は、今は、少しでも知識があれば「発達障害」などとラベリングをしてしまうようなことなのかもしれないけれど、あみ子は、そんな区別をされたとしても、それを踏み越えてきそうな感じと、その無意味さを突きつけてくような気がする。

 私も人間なのに、まるで違う人間のように扱うつもりなのか、といったことを無意識で、行動で示してくるように思う。そして、それは正しいはずだ。

 最初、この作品は「あたらしい女」という題名だった。

家族との関係

 あみ子には父親がいて、兄がいて、母がいる。

あみ子には献立がカレーライスのときだけ手で食べる習慣があった。「インド人のまね」と言って家でも同じことをすると、母は叫び声を上げる。 

 まったく空気を読まない。だから、時々、あみ子の気持ちはわかるけれど、それはやめた方がいい。怖いことが起こるから、などと思いながら読んでいる時もあった。

 そのことで、あみ子だけではなく、誰も悪くはないのに、家族の気持ちがえぐられるような状況になり、生活そのものが崩れるように決定的に変わってしまうことまである。

 その緊張感も、かなり強く伝わってくる。

兄との会話

 結局は、兄も、あみ子から離れるような状態になってしまうのだけど、そうなる前は、本当に根気強くコミュニケーションをとっている。

 例えば、現在の母親は父の再婚相手なのだけど、これから母になる存在として、初めて顔合わせをした時に、その女性の黒子だけが気になって、まるで、その人と同一視するような発言を続けるあみ子に、兄は自分の頭の「10円ハゲ」を見せて、話をする。

「あみ子から見て、おれはなんじゃ?あにきか、それともはげか」
「あにきじゃ」と、あみ子はこたえた。
「ほうじゃ。じゃああみ子から見てお父さんはなんじゃ。父親か、それともメガネか」
「ちちおやじゃ」とあみ子がこたえる。
「ほうじゃ」と兄が頷く。「それじゃあさっき会ったあのひとはなんじゃ。母親か、それともほくろか」
「おかーさんじゃっ」
「ほうじゃ。そういうことじゃ」
 兄は胸を張ってうんうんと頷いていたが、直後に「あっ。あれと同じ大きさじゃった」と言い、高いところを指差した妹に向かって息を大きくひとつ吐いた。
「おまえほんまにわかっとんか」
 あみ子が指差す先には赤い実が揺れていた。民家の庭に植えられたぐみの木がたくさんの実をつけ、伸びた枝葉はすぐそばの塀の上までせりだしていた。

(「こちらあみ子」より)

 この最大の理解者の兄までが、あみ子から離れる。
 そして、それは仕方がないことにも思えた。

 あみ子を、「普通の人間」から排除しようとする「世間」。そんな意図を知らないままに、「世間」の中で「普通」に生きようとするあみ子。

 どちらの力も強いけれど、相反しているから、高い緊張感が生じる。だから、ずっと不穏な空気が流れているのかもしれない。

おすすめしたい人

 自分が周囲の人たちとなじめていないように感じている人。
 
 人間という存在に興味がある人。

「普通」というのは、どういうことだろう、と改めて考えたい人。


 できたら、幅広い人に読んでいただきたいと思っています。



(なお、この映画↓は、監督が19歳から20歳の時に製作した映画です。この「あみこ」も、違うタイプですが「あみ子」なのだと思います)。



(他にも、いろいろなことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。





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