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レンタサイクルの彼女 (第三話)

【二十歳の春】

 桜の花びらが僕のまわりにも舞う。
 僕は二十歳になるのと同時に大学生になった。
 新入生歓迎会のシーズンにお酒が飲めるメリットは大きい。大学生活の八割は新歓コンパで決まる。胡散臭い自己啓発本のタイトルみたいなことを思っていた。
 最初にお酒を共にするのは彼女だった。彼女が僕の大学の合格祝いを企画してくれたのだ。
 場所はチェーンの居酒屋だったが、僕にはピューロランドと同じくらい異世界に感じていた。店での集合を僕が躊躇したため最寄の駅に集合することになった。僕が落ち着きなく待っていると彼女の姿が見えた。
「良ちゃん、久しぶり。待たせちゃってごめんね」
 しばらく会っていなかったので、少し彼女の雰囲気が変わっていた。暗めではあるが少し髪を染めていた。一番の変化は眼鏡がオーバル型からウェリントン型になっていた。
「翔子ちゃん、久しぶりだね。てか眼鏡変えたんだね」
「あ、気づいてくれた。最初は恥ずかしかったんだけどね。どう?」
「悪くないかもね。機能性だけで選んでそうだった前の眼鏡より全然いいかも」
「前に眼鏡のときは視力が0.3だったんだけど、この眼鏡作るときに測り直したら0.05しかなくてさ。そりゃ良ちゃんを喫茶店で見つけられないワケだと思ったよ」
「確かにそれはしかたないわ」
 僕が軽く傷ついたエピソードも、今だと笑い飛ばせる。それくらい“大学生”という肩書きに安心している。

 少し歩いただけで居酒屋についた。暖簾をなるべく他の人の手が触れてなさそうなところを探してくぐった。
「良ちゃん、何飲む? 私、カシスオレンジ」
「えっと、じゃあ僕ビールで」
「え、良ちゃんビール飲めるの? 私ビール飲めなくて」
「いや、まぁ」
 脅威の速度で飲み物が届いた。ファミレスなら平気で五分は待たされるのに。
「良ちゃん、大学合格おめでとう。乾杯」
「乾杯。ありがとう」
 僕は彼女の見様見真似でジョッキを持ち上げてビールを口に含んだ。鉄の錆みたいな味がした。こんなものをありがたそうに飲んでいる見栄っ張りな大人たちを軽蔑した。
「どう? ビール美味しい?」
「あぁ、ノドゴシがいいね」
 使い方が正解かは別として、CMでよく言われている”ノドゴシ”というワードで感想を伝えた。
 口についた泡が気持ち悪かったが、一つ大人になった証として自然に乾くのを待った。
「本当に良ちゃんが、大学受かって良かったよ」
 彼女が屈託のない笑顔で言った。
「ごめん。翔子ちゃんと同じ大学に行くつもりでいたのに」
 彼女の笑顔の瞬間をうかがって謝罪した。
「いいの。気にしないで。いい大学に行く方が絶対にいいんだから」
 狙いどおり彼女の優しい言葉が聞けて安堵した。ここからは何を話してもいい気がした。
「僕の大学生活ってどんな感じになると思う?」
 不安をなるべく気づかれないように聞いた。
「どんな感じって? 高校よりも専門的なことを学ぶ感じになるんじゃないかな?」
 さすがに回りくどすぎた。
「いや、そういう意味じゃなくて、僕にとって居心地のいい場所になりそうかどうかっていうか」
 恥を忍んで直接的に聞いた。
「うーん、いや、どうだろ」
 彼女の言葉が否定から始まったことに動揺し、ビールを一気に口に含んだ。口の中で苦味と炭酸が暴れる。そんな僕の様子とは関係なく彼女は語りを続けた。
「大学も結局は高校から目立っていた人たちが楽しむ場だから。大学からだと逆転できないの」
 さっきまで舞っていた桜が一気に散り、空が曇ってきた。
「でも私は結構楽しめてるから。良ちゃんもそうだといいね」
 傘は必要だろうか。木原さん、そらジロー。

 お会計は彼女が持ってくれた。
「良ちゃんごめん。なんか私、余計なこと言っちゃったよね」
「いや、そんなことないよ。翔子ちゃん今日はご馳走様。本当に楽しかった」
「うん、じゃあ、またね」
 そう言い残し彼女は
——レンタサイクルで去っていった。


 先日の彼女の言葉が頭から離れなくなっていた。“大学からだと逆転できない”という不吉な予言と、普通に飲酒運転で帰っていったこと。
 僕は人生で逆転できるチャンスが二回あると信じている。
 一つ目は高校入学。中学までの人間関係が一旦リセットされるため、これまでの人生で親しい人がいなくてもバレないのだ。知らん顔して色んな人と話せば、相手は僕の過去など知る由もないので、運がよければクラスの一軍に成り上がれる。そして気が合う友人達と大声を出しながら、学食の中で安くてデカいパンを食べる。
 しかし高校のときに僕が起こした行動は、僕の内面の面白さに気づいてくれる人が現れるのを待つというものだった。
 結局、高校三年間、僕の面白さに気づいてくれる人も、興味を持ってくれる人も現れなかった。
 二回目のチャンスは大学入学だ。こっちのチャンスの方が熱い。全国から生徒が集まるため高校よりも更に人間関係がリセットされている。さらに学ぶことが専門性を増すため、より自分と感覚が合う人間に出会う確率が上がっている。
 そしてなによりサークルの存在。これは趣味のベクトルで多くの人と繋がれる。彼女も美術部で水を得た魚のように泳いでいる。僕も早く水が欲しい。
「ウォーター」
 悲しいヘレン・ケラーの呟きが、キャンパスの煌めきにかき消された。

 本日はサークルの新入生歓迎説明会がある。僕は事前に大学からもらったパンフレットを読み、いくつか興味のあるサークルに目星をつけていた。
 まずはフットサルサークル。サッカーすら経験がないが、田中マルクス闘莉王トゥーリオなら知っている。僕の内気な人生を変えるには、フットサルサークルに入るくらい大きな変化が必要だと思った。このサークルに入る人間など百パーセント高校時代の一軍だ。僕もフットサルサークルに所属さえできれば自動的に一軍になれる。
 僕は真っ先にフットサルサークルの説明会に向かった。
 日焼けした短髪の男が座っている。まず話しかけるのに勇気がいったが、一軍になるための修行だと自分に言い聞かせた。
「えっと、あの、その、なんだっけ。あ、フットサルサークルって、何をやるんでしょうか……」
「お、新入生? 何をやるって、フットサルがしたくてブース来てるんじゃねぇの?」
「そうですよね。あ、はい。わかりました。ありがとうございます……」
 体育会系特有の無愛想と腹式呼吸から繰り出される声の共存に怯え、あっさり修行は終了した。もし、もう一度短髪の男に話しかけるか、滝に打たれるかの二択を選ばなければいけない状況があれば、僕は喜んで滝に打たれる。

 まだ候補は二つある。
 二つ目は軽音楽サークル。フットサル同様、楽器の経験は全くない。でも音楽は好きだし、そこそこ知識もあると自負している。
 軽音楽サークルのブースへ向かった。
「あ、新入生? 是非、説明聞いていかない?」
 やはり文化系の人間は威圧感がない。僕はなぜフットサルサークルなんか候補に入れていたのだろう。
「あ、ありがとうございます。軽音楽サークルってどんなことやるんですか?」
「まぁ、コピーバンドを組んで演奏するのがメインだな。どんなバンド聞くの?」
「僕はフジファブリックとかベボベとかチャットモンチーとかですかね。最近はandymoriも聴きますね」
「あれ? 洋楽は聴かないの? オレ邦楽飽きちゃってさ、今は洋楽しか聴かないんだよね」
 嫌なタイプの音楽好きだ。邦楽より洋楽の方が上だと信じて疑わない。
「えっと、洋楽は何を聴かれるんですか?」
「マイナーかもしれないけどGreen DayとかSUM41だね。あとOne Directionとかかな」
 洋楽に詳しくない僕でさえGreen DayとSUM41くらい知っている。One Directionに関してはバンドですらない。
 僕は音楽性の違いにより、軽音楽にも入らないことにした。

 最後の候補はお笑いサークル。僕はこれまで自分の内面に宿る面白さを、周りに気づいてもらえなかった。お笑いサークルに入るくらい笑いの感度が高い人たちなら自然と馴染めるのではないか。大学生活は面白い人たちと過ごしたい。
 もう後がないため神に祈りながら、お笑いサークルの説明ブースに向かった。ブースの前には、黒の中折れ帽を被った男がいた。“シャンプーハット”の二人を足して二で割ったような雰囲気を放っている。
「お笑いサークルって何するんですか?」
「お、新人か。うちらのサークルはな、まぁ自分らでネタを書いて、披露してって感じやな」
 先輩から繰り出されるネイティブな関西弁に胸が躍った。
「自分お笑い好きなん?」
「まぁ、お笑い番組をテレビで観るくらいですけど」
「うちらもそんなもんやで。オレも部長やけど、ここ入るまでお笑いなんて何も知らんかったから」
「本当ですか? なんか雰囲気あるからてっきりお笑いが昔から好きなのかと」
 シャンプーハット似の先輩に僕の将来が見えた。
「ほんなら今日の放課後、新入生向けのネタ見せに来たらええやん」
「わかりました。是非、行かせていただきます」
 お笑いサークルが僕の居場所になる気がした。

 お笑いサークルの新入生向けネタ見せ。会場は大学の何十周年かを記念して作られたホールで意外に立派だった。僕以外の新入生もそこそこな人数が観に来ている。
 先輩達が順番にネタを披露していく。面白い。面白いけど。なぜだろう。素直に笑えない。四組目の先輩のネタを観ているうちに違和感に気づいた。なんか聞いたことがあるワード、手法。このネタ“囲碁将棋”だ。パクりというレベルではなく一言一句同じだ。プロのネタをあたかも自分らが考えたかのようにふるまっている。ネタを見ている他の新入生は、そのことに気がついている様子はなく爆笑している。
 もしお笑いサークルに入ったら、堂々とプロのネタをパクる先輩の元で、お笑いの知識のない同期と同じ釜の飯を食わないといけないと思うと寒気がしてきた。
 ネタ見せが終わった。帰り際にシャンプーハット似の先輩に話しかけられた。
「意外とレベル高かったやろ?」
「えぇ、まぁ」
 先輩の黒の中折れ帽がいけすかなくなってきた。
 僕はわざと会話を終わらせ、小走りでキャンパスを出た。

 拝啓 翔子ちゃん
 僕みたいな人間が“大学からだと逆転できない”という、あなたの予言は当たりそうです。



第一話
第二話
第四話
第五話
第六話/最終回

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