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「5分で紹介」香川|「丸亀城」攻め

いざ!城攻めじゃあ!
全国各地にある城を攻めまくり、「天下統一」を目指すことにしたよ。
これは、そんな夢見がちな「足軽サラリーマン」の ”城攻め” の記録を5分で紹介する記事です!

こたびの戦で攻めるのは、讃岐の国で「石垣の名城」と称される『丸亀城』です。麓から天守下まで60mに及ぶ石垣は、紛れもなく「日本一」の総高を誇り、その高き石垣の上には「現存12天守」が鎮座しています。

■『丸亀城』の攻めどころ■
①堀淵から、天守台までのすべての「石垣」を足すとなんと地上60mにも達します。これは「日本一」と言われています。
②この「石垣」は野面積み、打ち込みハギ、切り込みハギなど、多様な積み方で構成されています。
③扇形の曲線に石垣を積むのは高い技術が必要なんですが、丸亀城は見事な曲線(扇の勾配)を見ることができます。
④「現存12天守」の1つです。
  ※江戸時代以前に建てられた天守が今なお残る貴重な城です。
⑤もちろん「日本百名城」(№78)に指定されています。
⑥日本一の壮大な「石垣」に対して、「天守」は現存天守の中で最小です。
 土台はデカい、上物は小さい!
⑦1597年頃に「生駒親正・一正父子」が築城を開始しましたが、生駒氏は高松城を居城とし、その後、江戸幕府の一国一城令であえなく廃城。
後の領主「山崎氏」が、1660年に天守を築きました。

JR四国「丸亀駅」が最寄り駅となります。
駅からは約1㎞、徒歩15分程度で「丸亀城」に到着します。
道中には食欲をあおられる看板が。
「丸亀名物:骨付鳥」ゆるキャラ「とり奉行・骨付じゅうじゅう」というらしい。
駅方面から歩くとまずは「大きな堀」が目に飛び込んできます。
武家屋敷や城下町までも堀や土塁で囲む「総構え」。さすがにデカい!
次に堀の向こう、高い高い「石垣」のその上に威厳ある「天守」を見上げます!
ここからは天守のサイズ(小ささ)はさほど気にならない。むしろ高け~という印象。
少なくとも他国や敵からは、戦意を削ぐ威風堂々とした城に見えたことでしょう。
堀と石垣と天守の絶妙なバランス。
領民も「殿様すげえ」となったはず。
さぁ、入城してみましょう!
橋を渡った先にある小さな門が「大手二の門」です。
二の門を潜ると、どどんと「大手一の門」が聳え立っています。立派な門。
鏡石(威厳を示すためのデカい石)も見えますね。
この「大手一の門」の前にあり石垣には「幸運のハート石」なるものが。
「うーーーーーーーーーーーん。。。」ハートかなぁ?
ゆるキャラ増えとるやん!
「うちっ娘」に「京極くん」に「じゅうじゅう」
ご当地キャラトリオ!
丸亀城の「見返り坂」
だいたい傾斜がきつくて、立ち止まっては来た道を振り返りたくなるような坂につく名前です。
まぁ長いけどキツくはないかなぁ。
凄い高さでしょ!「高石垣」です。
ワイドで撮るとこんな感じ。左が見返り坂。右が「高石垣」。
左右で綺麗に整った石垣の見事さよ。
二の丸から本丸へ。
はい、「天守」到着です!
思ってたより「大きい」というのが率直な感想です。
まぁ、表の顔と裏の顔は違います。表から見て立派ならそれで良し!
現存12天守に潜入します。「1階部分」
天守の階段は防御も兼ねて急こう配が多いのですが、丸亀城の御多分に洩れずかなりの急階段ですよ。
2階から3階への階段。横から見るとこんな感じ。
「3階部分」
天井高っ!
3階(最上階)
丸亀城の「天守」は「3層3階」構造です。
天守は小さくとも、石垣は日本一。
さすがに天守からの眺望はすごいです。丸亀市内が一望できますね。
丸亀港も瀬戸内海に浮かぶ島々も丸見えです。
天守に仕掛けられた「鉄砲狭間」や「石落し」
戦で使われることはありませんでしたが、ここはやはり軍事施設です。
石垣の淵に立てば、高度感が増しますね。
良い城。ちいさかわええ。

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石垣は、空を掴む

讃岐の平野は広く、山は低い。
丸亀の地に立つ亀山は、ひときわ目立つ丘にすぎなかった。だがその丘は、海と陸、街道と港を見渡せる要衝であった。

慶長六年(1601)。
関ヶ原の後、生駒親正は讃岐一国を与えられ、その子・一正がこの地に城を築き始める。小さな山に、城を「積み上げる」計画だった。

石が、積まれていく。
ただの石ではない。讃岐の山から切り出された石が、人の手によって空へと運ばれていく。
丸亀城の本質は、天守ではない。石垣である。

だが生駒家は、やがて政を誤る。
一国を治める重みと、家中の歪み。
寛永十九年(1642)、生駒家は改易され、城は一時、風に晒される。

次に入ったのが、山崎家、そして京極高和である。
京極家は丸亀を「支城」ではなく、「本拠」として選んだ。高和は城を徹底的に造り直す。

山は削られ、曲輪は重ねられ、石垣はより高く、より急に積まれた。
三の丸、二の丸、本丸。
螺旋を描くように、城は空へと伸びる。

天守は小さい。三重三階。
だが石垣の上に据えられたその姿は、実際以上に高く見えた。
「城は、高さで威を示す」
京極の城は、その思想を石で語った。

讃岐は、東西の往来が激しい地である。
丸亀城は、外敵を防ぐよりも、内を睨む城だった。
高く積まれた石垣は、反抗を許さぬ無言の壁である。

やがて時代は泰平となり、城は戦わぬまま役目を終える。
だが石垣は崩れなかった。
風雨に晒され、修復を重ねながらも、今なお日本一高いと称される。

丸亀城は語らない。
ただ、積まれた石が知っている。

この城が、戦国の終わりに築かれ、
武ではなく「構造」で人を従えた城であることを。

空を掴むように積まれた石垣こそ、
丸亀城そのものなのだ。
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5分で紹介「丸亀城」おしまいです。
石垣に刻まれた時間に、また1つ歴史の風を感じた日だったよ。

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