銀河フェニックス物語 <出会い編> 第四十一話(1) パスワードはお忘れなく
ティリーは人事異動で役員室秘書から営業部へと戻った。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第四十話「さよならは別れの言葉」
・<少年編>「自由自在に宙を飛ぶ」
シートベルトをはずしていいというサインが出た。窓の外のリル星が小さくなっていく。
ティリーは肩の力を抜き、ほっと安堵のため息をついた。

営業部へ復帰して最初の出張が、無事終ろうとしている。
公共船の最終便に乗っているのは、わたしと隣に座っている厄病神のレイターの二人だけだった。
出張先のリル星系はゲリラ対策で入星が厳しい。
そのためフェニックス号を隣の星系に停めて、公共船で入った。
久しぶりの納船確認の仕事は問題なく終了した。復帰早々、失敗するわけにはいかない。
「営業の復帰戦がレイターと一緒じゃどうなるかと思ったけど、とりあえず、今回は厄病神の出番も無かったから、よかったわ」
「寝てるだけかも知れねぇがな」
レイターはつまらなそうな顔をしていた。
「他人が操縦する船は落ち着かねぇんだ」
この人は相変わらずだ。
「お飲物はいかがですか?」
女性の客室乗務員が声をかけると、レイターは突然笑顔になって握手をした。
「あなたのお勧めのものがいいな」

この人はほんと変わっていない。女好きなところは死ぬまで治らないに違いない。
「失礼ですが、S1レーサーのレイター・フェニックスさんですよね?」
客室乗務員がドリンクをを手渡しながらレイターにたずねた。
「あん? 元レーサーだけど」
「最終戦すごかったですね。わたし無敗の貴公子のファンだったんですけど、あなたのことも応援してました。こんなところでお会いできるなんて、夢みたいです」
前シーズンのS1最終戦で、レイターと『無敗の貴公子』のエースは歴史に残るデッドヒートを展開した。

エースが勝利を飾って引退し、準優勝したレイターのことは新たなスター誕生と騒がれたのだけれど。
レイターはS1の契約金に納得できない、と言ってすべてのチームのオファーを断った。
そして、またこうして操縦士兼ボディーガードの生活を送っている。
「サインもらってもいいですか?」
「マネージャーに聞いてください」
そう言ってレイターはわたしの方を見た。
は? マネージャーってわたしのこと? バカにしてる。
「すみません、そういうことは一切お断りしてますので」

「残念ですわ」
客室乗務員は乗務員室へと戻っていった。
「一体どういうつもりよ?」
「美人だったな」
「もういいです」
レイターと顔をあわせるのは久しぶりだ。
S1最終戦の前まで遡る。
デューガ星系への出張で、わたしは急遽エースのパートナーとして王室晩餐会に出席することになった。レイターはその会場で警備にあたっていた。

あの晩餐会がきっかけで、わたしとエースは友人となった。
苦い記憶がよみがえる。
その出張帰りに「ティリーさんとつき合う気はねぇよ」とレイターに振られた。
レイターを好きだという気持ちを消してしまいたい。
レイターのことなんて忘れてしまいたい。
なのに、営業に戻った最初の仕事で一緒になってしまった。
本当は話したいことがいろいろある。
S1最終戦で彼は何を考えて飛ばしていたのだろう。
エースと競いながら死へ向かっていこうとしたようにわたしには見えた。
『銀河一の操縦士』のことを忘れたいのに、もっと知りたい。
いつもおしゃべりなレイターがきょうは静かだ。話しかけづらい。
「俺のティリーさん」とわたしを呼ぶこともない。
* *
レイターは落ち着かなかった。
「気をつけて行けよ」
出がけにアーサーが声をかけた。

あいつは深い意味もなく言ったのかも知れねぇが、俺は、すごぉく嫌な気分になった。
あいつが親切な時にはろくなことがねぇ。
もっとも、このひと月でリル星系じゃ、特命諜報部員が二人消息を絶っている。多分、殺されてる。
そこで、俺に白羽の矢が立った。狙われて来いと。囮だ。はっきり言って危険極まりない。
そこへ行くのが、復帰したてのティリーさんと一緒ときた。どうして、いきなりこういうことになるのか。
にらみつけると、アーサーは言い訳のような説明をした。
「こちらは関知していない。ティリーさんの異動で、たまたまそういう人選になったんだ」
冗談を言う余裕もないようだ。
仕方ねぇ。仕事だ。
俺はガキの頃に憧れてたS1に出場して、ティリーさんへの欲望と決別した。未練はねぇ。
操縦士とボディーガードの仕事を淡々と請け負う。
ティリーさんの納船の業務は、何事もなく順調に終わった。
ティリーさんが俺に笑顔を向ける。
「営業の復帰戦がレイターと一緒じゃどうなるかと思ったけど、とりあえず、今回は厄病神の出番も無かったから、よかったわ」
決別したはずなのに、やっぱりかわいい。

「寝てるだけかも知れねぇがな」
と一応言っておく。
もう一つの俺のお仕事は始まってもいねぇ。危険なヒリヒリする感覚がどんどんと強まってる。 (2)へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」