銀河フェニックス物語【出会い編】 第三十九話 決別の儀式 レースの途中に まとめ読み版②
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
・第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① (29)
葬式で気丈に喪主を務めたアルファール兄さんは、泣き続ける僕の肩を抱いた。
「ガンマールが死んだのはお前のせいじゃない。本当は僕が言うべき言葉だったんだ」

いくら兄さんがなぐさめてくれても僕の気持ちは沈んだままだ。ガンマールは、僕の言葉を聞いてアステロイドベルトへ向かったのだ。
あんなに強く言わなければよかった。
もっと優しく話せばよかった。
競技レースに誘わなければよかった。
後悔だけが、僕の中に残った。
「ガンマールの操縦が…ずっと怖かった。あいつは僕や兄さんとは違う世界で飛ばしていた」
それを自分はわかっていた。なのに、弟を傷つけ殺してしまった。
僕は子どもの頃からガンマールの飛ばしに嫉妬を感じていた。最速を求めて飛ばす彼にどうしても追いつけない。自分はあんな風に操縦することはできない。
だが、競技レースなら僕はガンマールの上に立てる。だから、あの時僕は彼を誘ったのだ。
僕の醜い欺瞞にガンマールは気が付いたに違いない。
弟を犠牲にして、僕と兄さんはプロのレーサーになった。
喪に服した黒のレーシングスーツはいつしか『兄弟ウォール』のイメージカラーと化した。

スタートの前に必ず兄さんと二人でガンマールの写真を見る。一緒に飛ぶぞ、と声をかけてS1機に乗りこむ。それが僕たちの償いのルーティン。
僕たちは、危険飛行でも何をしてでも表彰台を取りにいく。その表彰台は、ガンマールに捧げるためのものだ。
僕たちの後ろを飛ぶチーム・スチュワートの新人、レイター・フェニックス。
彼こそがガンマールが憧れた裏将軍だ。
ガンマールのはずんだ声が、耳の奥で聞こえる。
「すごいんだぜ裏将軍は。兄さんたちより絶対速いぜ。俺、尊敬しているんだ」

裏将軍の飛ばしは、情報ネットに動画がたくさんあがっていた。ガンマールの死後、兄さんと一緒に見た。
確かにすごい。命知らずとはこのことだ。レースなら危険暴走行為で間違いなく失格だ。
ガンマールが裏将軍に惹かれた理由はすぐにわかった。二人は同じ世界で生きている。
だが、ガンマール見ていてくれ、銀河最速はこのS1だ。
「僕が裏将軍をブロックする」
* *
レイターは、前を飛ばすべヘム社の二機を見つめた。
アルファールとベータールが本気で俺に『兄弟ウォール』をぶつけてくることはわかっていた。
俺はガキの頃から、宇宙船の情報は全て知りたいと思って生きてきた。
ジュニアチームの情報も、もちろんチェックしている。だから三兄弟のことも知っていた。
七年前、俺が裏将軍を名乗っていたころ、三兄弟の末弟ガンマールと一度だけ対戦した。
ちょうど兄二人が、プロとしてS3の契約に入る頃だった。
ガンマールは、飛ばし屋のチームには入らず、フリーで飛ばしていた。
ギャラクシーフェニックスの縄張りでいい顔をさせておくわけにはいかない。
側近のアレグロがお膳立てし、あいつとアステロイドベルトでバトルをした。

俺は久しぶりに興奮した。
ガンマールは船を操ることにかけて、兄たちよりよっぽど才能がある。
思いっきりがいい。
センスが抜群な上に、ジュニアチームで基礎から叩き込まれた操縦技術を兼ね備えていた。
技の一つ一つが正確でブレがない。
こいつ、御台より速い。
飛ばし屋じゃもったいねぇ。
連邦軍で戦闘機を飛ばしたらいいのに。
俺に余裕を与えねぇ飛ばし屋は初めてだ。
俺たちは、ゴールギリギリまで接戦を繰り広げた。
最後は、俺が経験値でねじ伏せた。
「裏将軍、また、バトルしてくれ。今度はリベンジする」

勝負を終え、ガンマールの声は弾んでいた。あいつとのバトルは間違いなく俺の飛ばしを進化させる。俺はつい、
「ああ、またな」
って答えちまった。
アレグロに裏将軍は喋るなって言われてたのに。
だが、その機会は訪れなかった。
それからすぐのことだった。
ガンマールは事故で死んだ。小惑星に激突して即死だったという。
それを聞いて、俺は身体が震えるほどうらやましかった。操縦桿握りながら死ぬなんて、何て理想的な死なんだ。
どうして死んだのがあいつで、俺じゃないんだ。

俺は、ガンマールを妬みこそすれ、悲しむことはなかった。
* *
ベータールは、すぐ後方を飛ぶハールを見た。

裏将軍、お前が速いのはわかっている。
だが、ここはS1だ。ルールがお前をしばる。危険飛行を取られたらお前は失格する。弟のガンマールと同じだ。
一方で、僕は縛られない。
僕が失格になっても、兄さんが表彰台に上れば僕たち兄弟の勝ちだ。

どんなに悪評を言われても、結果がついてくればいい。
速度を落とす。
裏将軍が追い越しをかけようとする場所へと、船を動かす。前へは行かせない。
ぶつけてでもブロックする。その間に、兄さんが先へ進む。
僕たちはプロのレーサーだ。
常に表彰台の一番高いところを狙っている。
無敗の貴公子は強い。だが、レースはどう展開するかわからない。
ギリギリの勝負をかけているエースとオクダが、事故を起こすかもしれない。兄さんが優勝する可能性はある。

ガンマールの分まで僕たちは、プロの世界で戦ってきた。
たとえ裏将軍といえど、レーシングライセンスを取ったばかりの新人レーサーに負けるわけにはいかないんだ。
どうした裏将軍。
初心者みたいに、きっちりと船間距離を取って。

兄弟ウォールにぶつけられるのが、そんなに怖いか。
アステロイドベルトでガンマールに見せた見せたあの飛ばしは、偽物か。
* *
ピットでレースの中継映像を見ながら、スチュワートはメカニックのアラン・ガランに声をかけた。
「おい、想定以上にべヘム弟があおるなあ」

「飛行妨害ギリギリです。兄弟ウォールはさすがやり慣れてますね」
レイターが隙を狙って攻めるが、執拗なブロックで前に出られない。
「レイターの技術で何とか抜けないのか」
「普通の機体であれば抜けると思いますが、あのハールでは自殺行為です。接触したら燃えますから」
「ふむ、わかっていたとはいえ厄介だな」
もどかしい。べヘム弟は妨害しながらゆっくり飛ばしている。兄のために時間稼ぎをしているのが見え見えだ。
ピット内にレースチャンネルの実況が響く。番組はエースのトップ争いしか放送していない。
『無敗の貴公子にオクダがくらいついています。どちらからも気迫を感じます』
まあ、無敗の貴公子が無敗のまま引退するかどうかが、きょうのレースの目玉だからな。しかも、熱戦だ。
少し離れて三位がべヘム兄のアルファール。
続く、べヘム弟とレイターの四位と五位の争いには、もはや解説者も興味を示していない。二機がくっついたままホームストレートに入る。二十四周がカウントされた。
「残り六周か。アラン・ガラン、何とかここらで兄弟ウォールを破らないと先に進めんぞ」
と、その時だった。
後方から最終コーナーを抜けてきた六位の機体がホームストレートで一気に加速した。うちのチームのコルバだ。

速度を落としていたべヘム弟とレイターに見る間に直線で追いつく。
そのまま第一コーナーに差し掛かる。
コルバが、アウトサイドから二機に追い越しをかけた。
思わぬ伏兵にあわてたべヘム弟が機体を傾けながら急加速した。
レイターのハールとの間に隙間ができる。
その間隙を縫って、レイターがメガマンモスエンジンをふかした。
* *
二十四周目。第一コーナーに入るところだった。ベータールは後ろから迫る機体に気が付いた。
僕としたことが裏将軍に気を取られすぎた。アウトサイドから来るのは万年六位のコルバか。
何人たりとも兄さんには近づけさせない。機体を横に倒して外側からの追い抜きラインもあわせて妨害する。
裏将軍の声が聞こえた。
ベータール教えてやる。銀河最速はS1じゃねぇ。
ほんの小さな一点を突いて、船をしならせながら上下空間を使った加速。
何だこの飛ばしは。
まずい、抜かれる。

いや、この先へは行かせない。操縦桿を握りしめる。
兄さんのためにも。ガンマールのためにも。
* *
「でかした、コルバ」
ピットでモニターを見ながらスチュワートは膝を打った。

さすが、俺のチームの第一パイロットだ。
普段のコルバとは違うアグレッシブな攻め。レイターに触発されて戦闘機乗りの感覚がよみがえったのか。連携フォーメーションだ。
第一コーナーで三機がもつれる。
レイターが船をしならせながら、べヘム弟の機体の脇をすり抜ける。
目の錯覚だろうか、ハールが歪んで見える。
レイターがべヘム弟の一歩前に出た。
「す、すごい操縦だな。よし、これでいける」
その時だった。
「嘘だろっ!」
俺は思わず叫んだ。
べヘム弟が急加速してハールに突っ込んだ。完全なルール違反。これはライセンス剥奪ものだ。
レイターは離れようと船を加速させたが、ハールの最後尾にべヘム機が衝突した。
白い水平尾翼がゆがむ。
「まずいぞ。燃える。オットー、再計算だ」
アラン・ガランがあわてて指示する。

「は、はい」
緊急事態だ。レイターを避難させレースを棄権しなくてはならない。こんなところで俺の夢はつぶれるのか?
「今、兄弟ウォールと接触したよな。燃えるのか? どうなんだ?」
誰か答えろ。
べヘムの弟ベータールの失格がアナウンスされた。もう、ベータールのことはどうでもいい。
モニターに映る白いペラペラな機体。
ボリデン合金が一気に炎上するシミュレーション動画を思い出して息を飲む。いつ炎に包まれてもおかしくない。
レイターから無線が入った。
「ベータールにぶつけられた尾翼、どのくらいの歪みまでもつ」

「横G値で2、5だ」
「わかった」
ハールは火を噴かなかった。持ちこたえたようだ。緩いカーブを燃えずに飛んでいた。
俺はアラン・ガランに聞いた。
「おい、どういうことだ? ぶつかったが燃えなかったな」
「予選からの貯金、ですかね。レイターが計算より負荷をかけずにここまで飛んできたので、衝撃に耐える余力ができていたようです。でも、もう次はありません」
「とりあえず、首の皮一枚で壁の一枚目をクリアしたということか」
レイターが四位、コルバが五位。
残り五周。
『兄弟ウォール』の二枚目、べヘム兄のS1機が、レイターの目の前に迫っていた。
* *
現在三位、長兄のアルファールは後ろの船を意識した。

やはり来たか。裏将軍は弟ベータールの壁を超えてきた。
これでようやく君と対決することができる。
心臓がバクバクする。皮膚が張り付くこの嫌な感覚。
子どもの頃、よく感じた。
あれは末の弟ガンマールが、僕の後ろから追い抜こうとしている時の記憶。
僕は怖かった。ガンマールの飛ばしが。
末弟は「全然危険じゃない」と言っていた。
ガンマールは無謀な訳ではなかった。事故を起こすリスクのラインが見えていたのだ。

だが、僕には見えなかった。
だから、僕は、決められたルールの中で戦うしかなかった。
危険なラインが見えていたはずの弟は、その一線を超えて死んだ。
何が彼を見誤らせたのか。
あれはガンマールの葬式の席だった。
ベータールは自分が弟を死なせたと泣いていた。あえて悪者になってくれた優しい弟。
「お前のせいじゃない」
肩を抱いた僕に、ベータールは声を震わせて口にした。
「ガンマールの操縦がずっと怖かった。あいつは僕や兄さんとは違う世界で飛ばしていた」
僕が感じていた怖れと同じものを、すぐ下の弟は感じ取っていた。
プロのレーサーとして生きていく僕らは、その恐怖を克服し乗り越えなくてはならない。
「ベータール、僕らはこれから銀河最速のS1を目指すんだ。ガンマールの世界を恐れてはいけない。二人でガンマールの見ていた世界を飛ぼう」
僕の言葉にベータールは頷いた。
ガンマールの飛ばしを僕らの中に生かす。それが僕らの償いだ。
プロのレーサーになった僕ら兄弟は、ガンマールの世界に近づくことに力を注いだ。

危険な追い越し、ルール外の加速。チキンレースを仕掛けて失敗もしたこともある。それでも僕らは無茶な操縦を続けた。限界を超えなくては末弟のようには飛べないのだ。
僕らは勝つためなら、失格になろうとも何でもやった。
評判は良くなかった。
僕らを育てた弁護士は、危険な操縦を止めるよう何度も進言した。
「ガンマールみたいに死にたいのか」と。
僕らは、親代わりの彼にだけ伝えた。
ガンマールに償いをしているのだ、僕らはやめるわけにはいかないのだ、と。
彼は幼いころから僕ら三兄弟を見てきた。末弟の異質な才能のことも知っていた。
納得はしなかった。けれど、僕らを理解しようと努めてトラブルの対応にあたってくれた。
「残された君たちが救われるために、必要な道程なのだろう」と言いながら。
そうこうしているうちに、結果がついてきた。
危険な飛ばしに巻き込まれたくないと、僕たちを避ける船が続出した。
強い悪役にはファンもつく。
僕らは、いつしか『兄弟ウォール』と呼ばれるようになった。
べヘム社は、そんな僕たちのスタイルを容認し、S1に乗せた。
僕たちは、自分の成績には興味がない。
僕たちは二人で、ガンマールのための表彰台を取りに行く。
* *
レイターは前を飛ぶべヘムの機体を見つめた。

三兄弟の長兄アルファール。
速くて正確な飛ばし。真ん中のベータールよりクールで手ごわい。
兄弟ウォールは不思議な奴らだ。
プロになりたてのS3のころは、めちゃくちゃだった。末弟が死んで自暴自棄になったのか、殻を破ろうともがいてた。
相当、研究を積み重ねたのだろう。徐々に危険ラインを見極めて飛ばしだした。計算された暴走。
今ではあそこまで無理しなくてもいい成績を出せる腕がある。なのに、スタイルを変えずわざとヒールを演じてる。
コーナーで抜きをかけてみる。
前に逃げるかと思いきや、わざと寄せてきやがった。こいつ、捨て身だ。
一緒に飛ばしていると、相手の気持ちが何となくわかる。
弟のベータールは気負ってた。兄貴を勝たせるために、俺を前に行かせねぇって気持ちが痛いほど伝わってきた。
だが、兄のアルファールは違う。
一対一の飛ばし屋のバトルじゃねぇんだぜ。俺のことなど気にせず先へ進めばいいのに、なんだこの飛ばしは。飛ばしが全然前を向いてねぇ。
嫌な感じだ。俺と心中してぇのか。
* *
裏将軍はさすがだな。
飛ばしから伝わってくる。船に執着する熱量が。ハールと操縦技術が芸術のように一体化している。
末弟のガンマールは、どんな気持ちで彼とバトルをしたのだろうか。
ガンマール、きょうお前に捧げるのは表彰台じゃない。裏将軍との勝負だ。
抜かさせない。裏将軍をブロックすることだけにすべての神経を集中する。
ガンマールとの最後のやりとり。
あの日のことは何度も何度も泣きながら思い出した。記憶はより深く刻まれ、色褪せることなく再生される。
飛ばし屋をやめてくれ、という僕らの願いを「わかった。もうやめる」とガンマールは聞き入れ、その足でアステロイドベルトへ向かった。
ガンマールが死んだ原因が、僕ら兄弟にあるのは間違いない。
だが、僕の中には確かめようのない疑念がある。
果たして末弟は、そこで死にたかったのだろうか。
弟のベータールは、自分が追い込んだと思っている。だが、僕にはそんな風に見えなかった。
ガンマールはただ、飛ばし屋として最後にアステロイドベルトを飛ばしたかっただけではないだろうか。
そこで、裏将軍のように飛ばしたかったのではなかったか。ガンマールは裏将軍に憧れていた。

死への恐怖がまるでない裏将軍の飛ばし。「死に損なった」という決め台詞。あれは本心だ。
究極の危険飛行。
そこにあるのは「九十九パーセントの死」だ。裏将軍は「一パーセントの生」を偶然という運でつかんでいる。

ガンマールは裏将軍の飛ばしを再現しようとして危険ラインを見誤り、その「一パーセント」をつかむことができなかったのではないか。
もはや確かめようのないことだ。
でも、僕の心の中にその疑念は消えることなく留まっている。
ガンマールの死には裏将軍の影があると。
ガンマールは満足げな笑顔で僕らに話しかけてきた。
「すごいんだぜ裏将軍は。兄さんたちより絶対速いぜ。俺、尊敬しているんだ」
面白くはなかった。裏将軍にそんな力があるのなら、飛ばし屋をやめて宇宙船競技レースに出て来ればいいじゃないか。
裏将軍とやらと手合わせをしてみたい。自分の中に欲望が浮かんだ。
その思いは末弟が亡くなりさらに募った。裏将軍がどれほどのものなのか。ガンマールが追いかけたものに触れてみたい。
だが、ガンマールの死後しばらくして裏将軍は引退し、ギャラクシー・フェニックスは解散。

裏将軍の消息は途絶えた。
その裏将軍が今年に入って復活した。
七年前には無免許を隠すために厳しい情報統制が敷かれていたが、今は経歴を手繰り寄せることができた。
レイター・フェニックス。
自称『銀河一の操縦士』は、今も時々飛ばし屋のバトルに顔を見せていた。

ようやく裏将軍を見つけることができた。だが、S1レーサーとなった僕がアステロイドベルトで飛ばす訳にはいかない。
思案していた僕を小さな記事が興奮させた。
彼の方から、この我々の舞台S1へとやってきてくれたのだ。
ようやく、この日を迎えることができた。
負けはしない。僕らは『兄弟ウォール』として危険な飛ばしにも臆せず技術を磨いてきた。
ガンマール見ていておくれ。プロのレーサーになった兄の飛ばしを。お前が尊敬する裏将軍に僕は勝つ。

裏将軍を僕の前に出させはしない。たとえ、このレースで僕が死ぬことになろうとも。
裏将軍には、ここで償ってもらわなければならないのだから。
* *
「裏将軍、また、バトルしてくれ。今度はリベンジする」

レイターの耳にガンマールの声が聞こえた気がした。
「ああ、またな」
って、俺はあの申し出を受けたんだ。
それなのに、すまねぇなガンマール。
約束果たせなくて。
あんたはもっと飛びたかったよな。死にたくなかったよな。死ななけりゃ今だって飛んでいられたんだ。
もっと飛ばしの世界を広げることができたんだ。
あの頃の俺は、そんな簡単なことも想像できないでいた。
御台が俺を誘った。
「追悼飛行に行かないの?」

「行かねぇよ。俺は悲しくねぇもん。ああ、ガンマールがうらやましい」
「ガンマールは、あなたに飛んでほしいんじゃないかな」
「死んだ奴のことなんて、知るかよ」
側近のアレグロが企画したガンマールの追悼飛行に、俺は行かなかった。
あれから、七年が経った。
ガンマールあんた見てるか、俺の飛ばしを。
あんたには未来があった。
あんたなら『無敗の貴公子』の記録を止めていたかも知れねぇ。
もしかしたら、今、ここS1の舞台で俺とあんたは競っていたかも知れねぇんだよな。
悔しいよな。
ようやく気がついた。
ガンマール、俺は悲しい。

あんたを失って俺は心から悲しいよ。
あんたは俺と同じ世界で飛ばしてた。
飛ばし屋の魂を抱えて死んだガンマール。
バトルの約束は果たせなかったが、これはあんたへの弔い、俺の追悼飛行だ。
兄さんのアルファールよ、あんたもわかっているだろ。
末弟のガンマールの飛ばしはこんなもんじゃなかったぞ。
俺がここで今、再現してやる。
* *
第三コーナー。ここからヘアピンカーブが続く、僕の後ろから裏将軍の機体ハールが距離を詰めてきた。
過去のレースが脳裏に浮かぶ。プロになって、これまで何戦戦っただろうか。
何機もぶつけ、何度も失格となった。恐怖と戦いベータールと一緒にここまでたどり着いた。末弟ガンマールの見ていた景色に限りなく近い世界。
つづら折りのヘアピンカーブは勝負どころだ。
淡い水色に発光する電磁コーナーガード柵が点在する。その間の曲がりくねった空間を通り抜ける。
この難所は僕ら『兄弟ウォール』が最も得意とするところだ。
裏将軍、内側から抜こうというのか。
なら、その飛行ラインに船をぶつけるだけだ。
操縦桿を中に振る。これでどうだ。危険空域をわずかに超える。コーナーガードに機体が触れ、青白くスパークする。
ガンマール、お前の飛ばしを僕らは生かせているか。
すぐ、次のカーブが迫る。
すかさず裏将軍は外側のアウトサイドから来た。さすがだ。左右の展開も速く、ライン取りにブレがない。末弟が称賛しただけのことはある。
失格になったベータールから情報が入った。裏将軍は接触をことのほか恐れていると。ならば接近戦だ。
裏将軍が急カーブのアウトサイドから切り込んできた。
僕の前に行かせはしない。慣性力を使って機体後部をスライドさせる。抜けまい。鉄壁のブロック。ドリフト飛行だ。
無線からファンの歓声が聞こえた。
思い通りのタイミング。水色のガード柵を右に見ながらすべらせる。アウトサイドの隙間は完全にふさいだ。
裏将軍が視界から消えた。衝突を避けて引いたか?
ん、バカな?
突然ハールが機体をひねらせながらインサイドに入ってきた。
ここはアウトサイド狙いじゃなかったのか。
くっ、機体をぶつけてでも止める。
舵を切ったそのわずかな隙に、逆側から強引にねじりこんできた。なんて加速だ。想定外の速さ。メガマンモスか。
危険ラインが三次元で面になる。
心臓がバクバクする。皮膚が張り付くこの嫌な感覚。久しぶりに襲いかかってくる。
死を恐れぬ裏将軍。
違う、これはガンマールだ。
末弟が僕の脇を通り過ぎていくのを感じた。
ああ、この感じだ。

ガンマールが僕を追い越すときに感じた、手足のすくむ感じ。
大人になった僕は、その感覚をあらわす言葉を知っている。
畏怖だ。
コーナーガード柵が切れるギリギリのラインを、きっちり読み切られた。
僕とベータールが『兄弟ウォール』と呼ばれながらずっと追い求めてきた、危険な世界。
まずい、水色の光が目の前に広がる。次のガード柵だ。
思いっきり操縦桿を切る。
かわせない。
青白い火花が散った。衝突で機体のエンジンが停止し、きりもみしながらコースから外れていく。
僕らは、末弟ガンマールの飛ばしを生かそうと、危険な飛行も恐れずに飛ばしてきた。
だが、今わかった。
それはしょせん、ガンマールの真似事でしかなかった。
お前が飛ばしていた世界は次元が違う。
僕とベータールは、裏将軍に負けたんじゃない。

ガンマール、お前の過ごした世界に負けたんだ。
* *
ティリーはドキドキした。
すごい飛ばしだった。難所の連続ヘアピンカーブ。
レイターが、『兄弟ウォール』を内側から抜く瞬間を見てしまった。
たまたま、三位と四位を映しているモニターを見たら、あまりに緊迫したレースに目が離せなくなった。
アルファールのドリフト飛行をあんなスレスレでかわして前へ出るなんて。しかも危険飛行も取られていない。さすが『銀河一の操縦士』だ。

でも、クロノスのピットでは誰も気が付いていない。
トップ争いが大変なことになっている。
『無敗の貴公子の最終戦、残すところ三周です。ギーラルのオクダとのデッドヒート。オクダがコーナーで加速しました。エースがブロック。おおっと、接触、火花が飛んでいます』
エースとオクダが接触した。
思わず息を飲む。
『二機はそのまま速度を落とさず飛んでいます。最後に栄冠をつかむのはどっちだ!』
* *
二位をキープするギーラルのオクダは、前を飛ばすエースのプラッタだけを見ていた。

追い越しをかける。
ちっ。エースにブロックされた。翼が接触。飛行に影響なし。
次の勝負はどこでかける?
多少無理してでも勝ち取れ、と監督からも言われている。
あと三周。俺は、きょうこそ勝利をつかむ。
予選でポールポジションを取りたかった。
いいタイムが出たから行けるかと思ったが、ギリギリでのがした。
エースも気合が入っているのがわかる。予選から最高ラップと全開だ。
相変わらずいいラインでエースは飛ばしている。
だが、俺もぴったりとついている。勝機はある。
*
俺の両親は、小さな宇宙船修理工場を経営している。
船が好きで人のいい親父。工場はいつも赤字で、母親は怒ってばかりだ。
俺は宇宙船が大好きで、子供のころから工場に入り浸っていた。親父の手伝いでシミュレーターを操作するのが楽しくて仕方なかった。
宇宙船レースに憧れていたが、うちにはジュニアチームに入る金なんてないから、見る専門だ。工場が休みの日にシミュレーターにレースのデーターを入れて飛ばすのが俺の楽しみだった。
俺は、家業を継ぐために工業専門学校へ通い、そこで強豪の宇宙船レース部に所属した。
レース用の免許を取って実際に船を飛ばしてみたら、俺には才能があった。
新入生ですぐにレギュラーになり、次々と大会で優勝した。
そこからは、トントン拍子だった。
専門学校卒業と同時に、ギーラル社のレーサーとして採用された。
S3で優勝し、S2へ最短で進み、みるまに結果を出してS1レーサーに選ばれた。
家族は大喜びだ。俺の活躍で親父の工場は繁盛し、母親の機嫌もよかった。
ちょうど時を同じくして、ジュニアクラスからエースが大抜擢でS1にやってきた。
俺が二十歳。あいつが十八歳だった。
忘れはしない、俺のS1デビュー戦。
エースは、クロノスの控えレーサーだった。
クロノスの第一パイロットが体調不良で、急遽エースが乗ることになった。

エースは、ジュニアクラスで天才と騒がれていた。
だが、いきなりS1レーサーになれたのは、スポンサーの意向と聞いている。何と言ってもS1の大御所、クロノス社の御曹司だからな。
天下のS1に政治的な力で乗ろうってのが気に入らなかった。
まずはお手並み拝見といこうか。
俺は予選で、ポールポジションを取った。
エースは二位発進だ。
スタートして俺は驚いた。
俺は自分のことを操縦の才能に恵まれた天才だと思っていた。だが、それは誤りだったことを思い知らされた。
レベルが違う。
エースはなんと綺麗に飛ぶのだろう。
まるで自分の手足のように船を動かしている。これは天賦の才だ。
何もできないうちに俺は抜かれた。
デビュー戦で俺は表彰台に立った。
優勝したエースの隣に。
記事はエース一色に染まっていた。
それでも俺だって準優勝だ。「よくやったな」と両親にもチームのみんなにも褒められた。
悔しさをバネに、次こそは、と意気込んだ。

だが、何度飛んでもエースに勝てなかった。
努力を続けた。攻略法を考えた。俺が絶好調でも、突如船が故障したりレースはいろんなことが起こる。
エースは崩れなかった。ミスが少ない。クロノスの船を壊さない。体幹が強い飛ばし。
いつしかエースは『無敗の貴公子』と呼ばれるようになった。そして俺は『無冠の飛行士』と揶揄された。
エースさえいなければ、と何度思ったことだろう。なんで同じ時代に生まれたんだ。俺はもう、準優勝なんていらない。一回でいい、トップに立たせてくれ。
S1レーサーになった時、あんなに喜んでいた母親がまた不機嫌になった。「あんたはエースの引き立て役なのかい」と。
そして、エースは突然引退を宣言した。熱愛報道とともに。

ここで勝たなくては、俺は一生エースの引き立て役から抜けられない。
残り二周半。
その時、俺は、後ろの船がべヘムの機体じゃないことに気が付いた
ハールだ。
あいつ、『兄弟ウォール』を突破してきたのか。

二日前のことだ。
真っ赤な髪の毛をした営業部のケバカーンが、俺に近づいてきた。
魔法使いと呼ばれるあいつは、時々レーシングチームにも顔を出して情報を置いて帰っていく。
「オクダさん。うちのハールには気をつけてください」
「俺はエースしか見てないぜ。まあ、後ろの奴らは兄弟ウォールが蹴散らしてくれるだろうし」
ハール。燃費だけがいい船。
チームスチュワートはその特性を生かして、給油を一回にするという奇策を見せた。正々堂々と戦えないことの裏返しだ。
奇抜なアイデアで勝負してくるスチュワートは王道ではない。そんな奴らに俺は負けない。
「ハールにはいい成績をだしてもらいたいですが、スポーツ船のマウグルアがハールに負けても困るんですよね。理想は、マウグルアとハールのワンツーです」

「俺がハールなんかに負けるわけないだろが」
「もちろんです。でも、僕の話を聞いておいて損はないですよ」
そう言ってケバカーンは俺に情報を与えた。もともと自社の船ということもあるが、さすが魔法使いだ。つかんできた情報はずいぶんディープな代物だった。
だが、俺には必要ない。
俺は、エースさえいなければ、総合優勝だってできるワークスの第一パイロットなんだ。プライベーターの新人レーサーなんざ、振り切ってやる。
バックモニターに映るハールを見ながら、コーナーで加速する。
ほぉ、きっちりついてきたか。
この先のヘアピンカーブで、俺についてこられたら褒めてやる。
連続するコーナー、テクニックを駆使して飛ばし抜ける。
くそっ。なぜだ。
後ろのハール。俺より旋回速度が速い。
うそだろ、ここで距離を詰められている。

奇抜なアイデアだけだと思っていたが違う。実力派の飛ばしだ。
しかも、この操縦。嫌な予感がする。
俺は、誰にも話していないことがある。
二年前、ルト星で開催された業界の一大イベント『S1プライム』。
新型船のお披露目をかねたリレー形式のレースだ。俺とエースはお互いスターターとアンカーを務めることになった。
リレー中盤、うちの第二走者がクロノスを抜き、アンカーの俺はトップでスタート。後ろからエースが追いかける展開となった。
エースは明らかにおかしかった。
発進でミスをした。
俺は今回こそ勝てるんじゃないかと思った。
俺はずっとエースと戦ってきた。研究に研究を重ねた俺は誰よりもエースの飛ばしがわかる。
変だ。
減速しないタッチアンドゴー。
三次元ポイントでの危険な追い越し。抜かれながら俺は思った。
これはエースじゃない。
エースの癖を真似ているが、エースより感覚的でアグレッシブな飛ばし。
こいつは一体誰だ?
レースを終え表彰式にあらわれたのは、いつものエースだった。

優勝賞品が窃盗団に狙われるというハプニングが発生し、大騒ぎのままその年のS1プライムは幕を下ろした。
俺は、家に帰ってからレースの映像を見直した。
スタート時の第一走者はエースだ。間違いない。
だが、アンカーは違う。
機体は同じだがこれはエースじゃない。替え玉だ。
こいつはエースより速い。
そんなことがあるのか。あり得ないだろ。
エースが乗るプラッタはパワーバンドが二で設定してある。
それを操縦できる奴がエースのほかにクロノスにいるというのか?
あり得ない。
このことを俺は誰にも話せなかった。
今、ナセノミラを飛ばしながら俺はわかった。
こいつだ。二年前、S1プライムでエースの代わりに替え玉で飛んだ奴は。
攻め方、飛ばしの切れ、間違いない。
そして、こいつ、レーサーじゃない。戦闘機乗りだ。
魔法使いケバカーンとの会話を思い出す。
「うちのハールには気をつけてください」
「俺はエースしか見てないぜ。まあ、後ろの奴らは兄弟ウォールが蹴散らしてくれるだろうし」

「ハールを操縦するレイター・フェニックスさんは『銀河一の操縦士』を名乗っています」
「銀河一だと、笑えるな」
俺は鼻で笑った。
「新人のくせに俺やエースをさしおいて銀河一を名乗るとは、いい度胸だ」と。
今、俺は笑えない。
こいつエースより間違いなく速い。銀河一のスピードだ。

だが、俺は負けるわけにはいかない。
俺は今日、何としてもエースに勝たなくちゃいけないのだ。
この先、エースのいないところで優勝しても、俺はエースに勝てなかった男として記録されるだけだ。
* *
スチュワートのピットは、興奮に包まれていた。
オクダを追いかけてハールが小惑星帯に入った。
「レイター、いいぞ! このまま行けばオクダをとらえるぞ」
オーナーの俺は最高に機嫌がいい。

その時だった。
オクダが減速して幅寄せしてきた。すぐ横に小惑星。
まずいぞ。接触したらハールが燃える。
レイターが、スピードを落として後ろに下がる。
アラン・ガランがあせった声を出した。
「オットー、今の角度は?」

「よ、横G六十五度ぴったりです」
いったん後ろに下がったレイターが、再度加速しマウグルアに追い越しをかける。
マウグルアが、またハールに機体を寄せてきた。
「どういうことだ? 同じ値。これは偶然じゃない!」
計算モニターの前でアラン・ガランとオットーは二人して慌てている。
俺は言った。
「オクダが寄せてくるのは、織り込み済みだろ」
ハールはギーラル社の船だ。ボリデン合金のハールが接触したら燃えることをオクダはわかっている。ギリギリまで接近して足止めすることは想定の範囲内だ。
「それだけじゃないんです。これは、まずい」
様子が変だ。
「どうした?」
「オクダの攻めが、正確すぎる。横G六十五度ぴったりです」
「横G六十五度?」
「ハールは横G六十五度で飛ぶと、メガマンモスのエンジンが止まってしまうんです」
「何?」
エンジンが止まる? そんな話は聞いていない。
アラン・ガランが左足を揺らしながら答えた。
「調整弁の設置によって発生した欠点です。修正が間に合いませんでした。でも、横G六十五度からコンマ五度でもはずれれば影響はない。そこまで正確な攻めはないと踏んで、そのまま出場させたのですが……自由度の少ない小惑星帯では逃げ場がない」
「ギーラルが対策してきたんだろう」
俺は不機嫌に応えた。
「いえ、調整弁は私のアイデア、完全にうちの技術です。ギーラル社が気付くはずがないんです」
計算機の前に立っていた助手のオットーが、声を震わせた。
「ぼ、僕のせいだ。すみません」

真っ青な顔で、俺とアラン・ガランに頭を下げた。
* *
チームスチュワートの数学的頭脳を担うオットーは、一年前ギーラル社の新型船マウグルアを購入した。
販売店へ試乗に出かけたオットーの対応をしたのは真っ赤な髪の営業マンだった。
「スポーツ船としての面白みはクロノス社のプラッタより、弊社のマウグルアをお勧めしますよ」

ケバカーンという名の小柄な彼は、魅力的で話のしやすい男性だった。
「スチュワートさんのところでS1に関わるお仕事をされているんですね。お安くしておきますから、ぜひ、マウグルアを操縦した感想を聞かせてくださいよ」
彼はこまめに僕のもとに顔を出し、船について雑談をして帰っていく。
「この前のレースは惜しかったですね。船は良かったのに、あれは完全に操縦ミスですよ」
「わかりますか。自信あったのになぁ」
僕は子どもの頃からのS1ファンだ。船の話はつい花が咲く。
彼が魔法使いと呼ばれるトップ営業マンだということを噂で聞いた。話をしていればわかる。できる人だ。ケバカーン氏の情報は広く知識は深い。
「ここだけの話ですけどね」
と彼は時々業界の内部情報を聞かせてくれた。ディープな内容が僕を刺激する。彼と話をするのが楽しみだった。
つい先日も彼から連絡が入った。
ハールとメガマンモスをつなぐことで頭を悩ませていた頃だ。通信機の画面に真っ赤な髪と笑顔が映し出された。
「今回、ボリデン合金のハールを社内で調達したのは僕なんですよ。レイターさんとは昔からの知り合いでしてね、銀河一の操縦士に頼まれたら断れませんよ」

「そうだったんですか。ありがとうございます」
僕はケバカーン氏に礼を言った。
「いえいえ、S1でハールがいい成績を出してくれると弊社が助かるんです。大宣伝ですからね。応援していますよ。お願いします」
ハールは不具合が続発して人気がない。
自分たちがいい成績をあげれば、彼の役にも立つ。彼の期待に応えたい。彼との会話は、考えることに疲れていた僕を奮い立たせた。
「頑張ります。でも、結構、苦労しているんですよ」
「メガマンモスのエンジンを積んでるんですもんね。ハールの燃費の良さを生かすのは大変でしょう」
「そうなんです。調整弁で工夫しているんですけれど」
話している間、ケバカーン氏のことを、ライバルや敵とはまるで思っていなかった。彼はハールの活躍を望んでいる。愚痴を聞いてくれる仲間だ。
「横G六十五度で攻められると、メガマンモスが止まっちゃうんですよ」

「それはご苦労されますね」
「まあ、そうは言ってもそんなピンポイントな攻撃はないと思うので、そのまま放置してるんです。ほかにも不燃対策とかやることがたくさんあって」
「パラドマ発火起こしたら大変ですもんね。奇策のスチュワートさんのご活躍を、楽しみにしていますよ」
魔法を使って船を売る、というギーラルの魔法使い。
ケバカーン氏は、にっこりと笑い通信を切った。
僕はその魔法にやられたことに、今、気がついた。彼がレーサーのオクダにハールの弱点を流したのだ。
* *
小惑星帯に入ったところで、前を行くオクダのマウグルアが横G六十五度で幅寄せしてきた。
レイターはハールの速度を落とした。
オクダの奴、いい腕だ。小惑星を利用してハールの弱点を的確に攻めてきやがる。
いったん後ろへ下がる。

これはケバカーンだな。真っ赤なイメージ。
横G六十五度の弱点に気づいたか。さすが、魔法使いだ。
とにかくこの厄介な小惑星帯を耐えるしかねぇ。こんなところでエンジンが止まったらレースに復帰できねぇからな。
仕掛けず離れずついていく。
魔法使いと俺の知能戦は、あいつにハールを頼んだ時から始まってる。
俺は、直線番長のメガマンモスのエンジンを乗せることをケバカーンにあえて漏らした。
「もらい火に気を付けるよう伝えておきますよ」と応じたあいつはオクダにこの船の特性を丁寧に伝えたはずだ。
だから、オクダは無理に接触してこない。
小惑星帯を抜けてコーナーを回る。
ホームストレートの直線に入った。
俺はマウグルアに追い越しをかける。
オクダは再度、横G六十五度で俺の動きを封じようとする。
「レイター、下がって距離をとれ」
アラン・ガランの声が聞こえる。

あんたの指示は正しい。
だが、優勝するためにゃ、いつまでもオクダとちんたらやってる余裕はねぇんだよ。トップのエースからこれ以上引き離されるわけにはいかねぇ。
マウグルアが横G六十五度で寄せてきたところで、俺はアラン・ガランの指示とは逆にエンジンを吹かした。さあ、メガマンモス、お前の大好きな直線だぞ。食い尽くせ。
ブォオオオンンンンンンンンンンン。
雄たけびを上げて急加速をする。
「止めろ! 燃えるぞ!」
アラン・ガランの叫び声がうるせぇ。
さすが直線番長だ。くっつ。戦闘機よりきつい加速。俺は歯を食いしばる。

加速のGで、すべての血液が持っていかれそうになる。やられやしねぇよ。俺は銀河一の操縦士だ。
ハールが赤く光りだした。
前でオクダが慌てているのがわかる。
魔法使いから情報がいってるんだろ。
メガマンモスが吠えたら「もらい火に気をつけろ」ってな。
燃えたくなかったらどきやがれっ。
* *
ケバカーンの忠告を、オクダは思い出した。
「横G六十五度で攻めれば、ハールが積んでいるメガマンモスエンジンが止まります。それから、ボリデン合金のハールは燃えやすいので気を付けてください。」
「ボリデン合金?」

「メガマンモスが全開まで回ると、ハールはパラドマ発火を起こして炎上します。相当な火力になるので機体が赤く光りだしたら巻き込まれないように距離を取ってください」
ケバカーンは研究所で、ボリデン合金のハールに、メガマンモスを乗せたシミュレーションを繰り返したという。
「この色になったら危険です」
赤く光るハールの動画を俺に見せた。船は輝きあっという間に炎に包まれた。
「エンジンをふかせないんじゃ、折角の直線番長が生かせないじゃないか」
メガマンモスエンジンの速さには、レーサーとして憧れがある。それが封印されていては宝の持ち腐れだ。
「パイロットが死んでもよければ生かせます。船が燃えながらでもゴールを切れば順位にカウントされますから」
俺は背筋に寒いものが走った。動画の機体は火の玉になったまま慣性で飛び続けていた。
何て危険な船だ。
*
ブォオオオンンンンンンンンンンン。
独特なメガマンモスのエンジン音。背後のハールが赤く光りだした。
危ない。動画で見た色と同じだ。
こんなところで、巻き添えを食う訳にはいかない。
俺は、きょうエースに勝たなくちゃいけないんだ。

俺に横G六十五度で散々攻められて、銀河一の操縦士は焦ったな。勝負をかけるところを見誤った。
まだ二周ある。ここで燃えてはゴールは切れない。
俺はハールに道を開けた。
あとはパラドマ発火を起こして、ハールが勝手に棄権してくれるのを待つ。
そして俺は、エースとの対決に専念する。 まとめ読み③へ続く
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」