銀河フェニックス物語<出会い編> 第二十三話(1) 気まぐれな音楽の女神
・第一話のスタート版
・第二十二話「地球人のディナー」
ティリーはフェニックス号の居間で、新刊の小説を読み終えた。
この船、将軍家のファミリー契約で、本が読み放題なのだ。
今回の出張、厄病神は出てこなかった。
問題なく仕事が終わり、会社への帰途についている。いつもこうだといいのに。
自動操縦の時、宇宙船お宅のレイターは格納庫で小型船をいじっていることが多い。
その様子を見るのは、勉強になるし面白い。
見に行こうとフェニックス号の後部へ歩いていくと、懐かしい音がした。
ピアノだ。
フェニックス号の物置に、アップライトのピアノが置いてあったことを思い出した。
聞こえてくるのは曲じゃない。ドレミファソラシドという音階だ。
驚くほど速い。
三オクターブ弾いてドシラソファミレドと戻ってくる。
和音を弾いて転調する。
速すぎて機械音のようにすら聞こえる。
パーテーションの隙間からのぞくと、ピアノに向かうレイターの背中が見えた。音楽を奏でているというより作業の繰り返しのようだ。
ピタッと音が止まった。
「あん? ティリーさん?」
レイターが振り向いた。

パーテーションを開けて近づく。
アコースティックのアップライトピアノ。見た感じはすごく古い。
「不思議に思っていたのよ。どうしてこんなところにピアノがあるの?」
「ここは温度と湿度が保たれてるし、調律するのにも便利だからな」
物置にある理由ではなく、ピアノが船にある理由を聞いたのだけど。
「もしや、調律師の免許も持ってるの?」
レイターは整備士やら調理師やらいろいろな免許を持っている。
「別に調律に免許はいらねぇんだ」
ピアノに触ってみたくなった。
「弾いてみていいかしら?」
「ティリーさん弾けんの?」
「子どものころ習っていたわ」
「今も子どもだろ」
「失礼な」

レイターは椅子から立ち上がると、わたしに合わせて椅子の高さを調節してくれた。
「どうぞ」
「久しぶりで緊張するわ」
ソラ系に出てきてから、一年以上ピアノに触れていない。
鍵盤を叩くといい音がした。
ショパンが好きだけど、難しい曲は楽譜もないし無理だ。
でも、発表会で弾いた「子犬のワルツ」なら暗譜でも弾けそうだ。
右手の中指をラのフラットに置く。
弾きだしてみると、指が覚えていた。
本当はモルトヴィヴァーチェで、とっても速く弾かなくちゃいけない曲だけど、ゆっくり演奏する。

鍵盤のタッチは少し重い。けど、気になるほどじゃない。
音が深い。
ピアノの先生の家にあったグランドピアノに近い音。
こんな作業場なのに、と言っては失礼だけど、音の響きがいい。
何度かミスタッチしたけれど、自分が上手くなったように聞こえる。
最後まで弾き通した。
パチパチパチとレイターが拍手をした。
「オーパス六十四の一か。飛び跳ねてる感じがティリーさんにぴったりだ」
子犬のワルツじゃなくて、乙女の祈りにすればよかった。後悔する。
「ピアノってのは、毎日弾かねぇとなまるからな」
「わたしのピアノが下手だ、っていうあてつけね」
「違う違う、久しぶりに弾いたって割には指が動いていたじゃん。テンポも取れてた。あんた、ちゃんと基礎からやったんだろ」
この人、ピアノも詳しそうだ。
レイターのお母さんは音楽の先生で、彼は歌もギターもプロ並みにうまいから不思議ではない。
「子どものころは、毎日練習っていうのが好きじゃなかったんだけれどね。両親に感謝というところかしら。レイターも何か弾いてみてよ」
「あんた、さっき聞いてただろが」
「音階じゃなくて、曲が聞きたいの」
「俺が弾いてたのは曲だぜ。六十の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニストの三十九番だ」
「は? 聞いたことのない曲名ね」
(2)へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」