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神様の向こう側(第6話)

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◇◆◇

『今日、仕事の後で店に寄れるか?』
 和也のスマートフォンに、氷川からそんなメッセージが届いたのは、金曜の夕方だ。和也は定時過ぎまで長引いた会議をやっと終えて、自席でコーヒーを飲んでいるところだった。
 ほっとする香りと親友からの連絡に、引きずっていた緊張がほぐれる。
『寄るよ、おまえのメッセージ見たらお腹空いた。残業するから8時ごろになるかも』
 返信を打ちながら、和也は条件反射のように沙希の瞳を思い出す。
『大丈夫だよ。遅いほうが店も空くからゆっくり話せるし。たまにはサービスしてやるよ』
 すぐに返ってきた氷川のメッセージに、期待してるよとだけ返して、和也は小さなため息をついた。理由の分からない、無意識に転がり落ちたため息。
 ――会議が揉めたから、疲れただけだ。
 頭の中でそう呟き、終えたばかりの会議資料を再読しようとした。どういうわけか、数字が少しも頭に入ってこない。
「有沢課長、ちょっといいかな」
 こんな時に限って、経理部長が声を掛けてくる。はい、と反射的に答えて、和也は部長の机へ向かった。俺の集中力は、いったいどこへ逃げていったのだろうと考えながら。

 結局、和也がみちなり食堂へ着いたとき、時計は8時半を回っていた。店内に客は一人もおらず、氷川と沙希だけがカウンターの向こうに立っている。
「ごめん、残業長引いちゃって」
「さっきまで団体客がいたんだよ。引けて落ち着いたところだから、ちょうど良かった」
 氷川が話している間に、沙希が和也の前に水のグラスを置いた。短期のアルバイトとはいえ、スタッフが1人加わったことで、氷川はずいぶん楽になっただろう。
 沙希に返した和也の笑顔は、自分でもわかるほどぎこちなかった。
「何にする? 売り切れになっちゃったメニューもあるんだけど」
「鯖の塩焼き定食って、まだある?」
「ああ、鯖ならあるよ。唐揚げの肉が半端に残ったから、サービスでつけてやるよ」
「やった、ありがとう」
 和也と氷川の会話を聞いた沙希が、カウンターの奥に入っていく。揚げ物のフライヤーと魚を焼くグリルは、奥の調理場にあるのだ。
「気が利くんだよ、沙希ちゃん。うちの店の動線もやり方も、すぐに覚えてくれて」
 氷川が、心底感心したように言う。
「いま30歳なんだけどさ、彼女。ちょっと訳ありで、離婚して地元に戻って来たらしいよ。でも、料理も一通りできるし、俺は本当に助かった」
 思いがけず沙希の事情を聞かされて、和也は心臓をつかまれたような気持ちになった。それを氷川に悟られないよう、水を飲んで表情をごまかす。
「でさ、沙希ちゃんって昔、バイクに乗ってたんだって」
 しかし、次に続いたこの言葉が、和也の心をさらに揺さぶった。
「バイク? あの人が?」
 俺と同じ趣味が、彼女に?
「結婚したとき強制的にやめさせられたけど、今は自由になったから、またバイクを買おうか迷ってるって言うんだ。でも俺はほら、バイクに乗ったことないし。だから、和也に聞いてみようって話になって」
「それで、店に寄れってメッセージが俺に来たわけか」
 調理場から、油が弾ける音が聞こえてくる。沙希が鶏肉を揚げ始めたのだろう。
 彼女がバイクに跨ったら、どんな乗り方をするのだろう。一緒に走る人はいるのだろうか。そう考えたところで、和也は自分が淡い期待を抱いていることに気づく。
 何考えてるんだ、もうすぐ50になるオッサンが。
「顔が赤くなってるぞ」
 氷川にそう言われて、和也はますます動揺を隠せなくなる。少し暑いんだよとつぶやいてみたものの、親友をごまかせたかどうかは分からなかった。


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