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神様の向こう側(第4話)

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 数日前から、あちこちの天気予報が「今年の桜は例年より遅い」と異口同音に伝え始めた。和也の街では、4月に入ってから咲き始めるらしい。
 確かに、3月半ばにしては肌寒いもんな。
 山間やまあいの道路を走りながら、和也はバイクの背中で身を震わせる。ライダースジャケットの下に、防寒インナーやネックウォーマーを着込んではいるが、もう少し厚着をしたほうが良かったか。
 それでも、ツーリングはやはり楽しい。むき出しで過ぎ去る風の動きやスピードは、バイクでなければ感じられない非日常だ。どこにも縛られない圧倒的な自由感が、心をぽんぽんと弾ませる。
 和也は道路のカーブに合わせ、重心を左右に動かしながら、バイクの挙動を邪魔をしないように体を預けた。自分と愛機が一体になる感覚は、虜になるような心地良さだ。
 すれ違うライムグリーンのバイクの背で、ライダーが左手を上げる。和也も同じ動作であいさつを返した。土曜日のせいか、朝からたくさんのバイクとすれ違っている。
 二輪乗りにリターンしてよかったと、和也は事あるごとに感じてきた。バイクのおかげで外に出られるし、週末を楽しめる。無機質なはずのVストローム650が、今ではすっかり和也の相棒になっていた。
「有沢課長は会社では穏やかだけど、バイクはすごく飛ばすって噂ですよ」
「なんか、めちゃくちゃヤンチャなバイクに乗ってるって聞きましたけど」
 会社では時折、部下たちがバイクをネタに和也をからかう。休憩時間や仕事の狭間の気軽なお喋り。実際、彼はバイクをいじらずに乗っているし、猛烈なスピードを求めることもない。バイクショップで見たままのVストロームと、ゆったりと流すロングツーリングが気に入っているからだ。
 前方に、目的地と定めた道の駅の看板が見えてきた。矢印に従って交差点を曲がると、右側に道の駅の丸い建物と、たくさんの車が並ぶ駐車場がある。和也は歩行者に気をつけながら駐車場へ入り、二輪マークが掲示された一角へバイクを止めた。
 自動販売機で缶コーヒーを買い、休憩スペースを目指す。ベンチに座り、スマートフォンを取り出すと、氷川からメッセージが入っていた。
『短期バイト見つかった! 今夜から来てくれるから、和也の隠れバイトはいらなくなったよ』
 みちなり食堂でアルバイトをしている2人の大学生が、春休みを利用して相次いで帰省してしまい、氷川は青くなって短期アルバイトを探していた。
 3人いる娘たちは家庭があり、夜は父の店に立てない。どうにもならないときは、和也が週末だけ裏方を手伝うことになっていたのだ。管理職の副業は社則で禁止されているので、彼らはそれを隠れバイトと呼んでいる。
『でもまあ、バイトが見つかったなら良かったよ』
 短い返信を送り、和也は缶コーヒーのタブを開けた。大学生たちが戻るまでの間、これで氷川も少しは楽になるだろう。
 
 その夜、和也はみちなり食堂へ顔を出した。 
 まるで入れ替わるように、5人の団体客が外に出てくる。彼らがすべて外に出るのを待ってから、和也はちょうど空いた店内に入った。
 ――そのとき。
「いらっしゃいませ」
 聞きなれない声が、和也の耳に飛び込んできた。驚いてカウンターを見ると、知らない女性がそこに立っている。
「何をびっくりしてんだよ。短期バイトが見つかったって、さっきメッセージ送っただろうが」
 厨房にいる氷川が、包丁を片手に声をかけてきた。
「見たけどさ、女の人だとは思わなかったから」
「あ、確かにそれは言ってねえや。うちの敏腕アルバイターが戻ってくるまで、店を手伝ってくれる島原沙希さん。……こいつは、俺の同級生で常連の有沢和也」
 氷川の紹介を受けて、和也は正面から彼女の顔を見た。
 栗色のショートカットがよく似合う、目の大きな女性だ。どちらかというと背が高く、どちらかというとやせている。20代後半から30代前半というところだろうか。
「初めまして、有沢と申します」
「よろしくお願いします、島原です」
 すみませーん、注文いいですか。テーブル席から呼ばれ、沙希は緊張した面持ちで声のほうへ向かう。和也はその動きで、自分が彼女の顔を見つめていたことに気づいた。
 俺みたいなオッサンが、女の人をガン見するなんて、気持ち悪いと思われたかな。
「何だよ和也、見とれちゃって」
 そんな動揺は、氷川にはお見通しだ。
「見とれてたわけじゃないけどさ。なんて言うか……すごく目のきれいな人だなと思って」
「ああ、確かに」
 目のきれいな人が、テーブル席の注文を取って戻ってきた。唐揚げ定食とミックスフライ定食、どっちもご飯大盛りだそうです。その瞳を、和也はどういうわけか、まっすぐに見ることができなかった。


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