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神様の向こう側(第3話)

第1話はこちら

「美味しいお店を見つけたから、3人で一緒にご飯を食べよう」と和也を誘ってくれたのは、拓の恋人のちえみだった。
 金曜の夜、カマスの開きとマグロの刺身がセットになった焼き魚定食。3人とも車通勤で、職場からまっすぐ店に集まったため、お酒で乾杯という訳にはいかないけれど。
 地方都市の例にもれず、この街は車で行動することを前提に作られている。駅に近い店より、駐車場が豊富にある店のほうが便利な街だ。
「じゃあ、お父さんもツーリングのときはソフトクリーム食べるの?」
 料理を待つ間、ちえみは楽しそうに和也の話を膨らませている。その隣で頬杖をついた拓は、ずいぶんと眠そうだった。
「そりゃ、俺だって食べるよ」
「バイクに乗る人はみんなソフトクリームが好きっていう、あの噂はやっぱり本当だったんだ」
「そういえば、どうしてみんな食べるんだろうな。ソフトクリームはバイク乗りの義務だっていう人もいるし……拓、寝た?」
 頬杖のまま、うたた寝を始めた拓に気付き、和也が声のトーンを下げた。横にいる拓に目を向けて、ちえみもそれに倣う。
「拓ちゃん、ちょっと疲れてるみたい。就職して初めての年度末だから」
「たしかに大変だろうな。ちえみはそうでもないみたいだけど」
「私は3回目の年度末だもん。もう流れもわかってるし」
 短大を卒業して保育士になったちえみと、教師生活1年目の拓の間には、明らかに余裕の差があるようだ。ただでさえ、彼らが出会った高校生の頃から、ちえみのほうがしっかりしていたのに。
 拓が初めてちえみを家に連れてきたのは、2人がまだ高校生の頃だ。どう接してよいのか戸惑う和也と対照的に、京香は大喜びでちえみを迎え、あっという間に仲良くなった。数か月後には、ちえみが自分から京香に会いに来るようになったほど。
 京香が生きていたら。考えても仕方のない問いを、和也は心に思い浮かべる。もしも京香が生きていたら、社会人になった拓とちえみに、どんな言葉をかけたのだろう。
「拓ちゃんも、来月からはもっと大変だと思うよ。クラス担任になるから」
 ちえみの声が、和也の物思いを遮る。
「え、拓が担任?」
「2年目から1年生のクラスを担任するんだって。教員には当たり前のことみたい」
「そうだろうけど、でも、拓が担任なんて不思議だよ。この間まで生徒の立場だったのに」
「大丈夫、拓ちゃんはしっかり先生してるから。顧問になった写真部の子たちとも、うまくやってるみたいだし」
 そうか、拓はちゃんと大人になったんだな。
 今更ながら、和也は時の流れを実感として噛みしめる。小さかった一人息子は成長し、母を亡くしても歪まず大人になった。
 父親としての俺の役割も、もうほとんど終わりかな。
 感慨とも寂しさともつかない、不思議な気持ちを味わっているうちに、注文していた焼き魚定食が運ばれてきた。うたた寝をしていた拓が、条件反射のように目を覚ます。こんな表情はまだ子供っぽいなと、和也は小さく相好を崩した。

  拓やちえみと楽しい時間を過ごした後、和也は決まって京香に会いたくなる。仏壇の前に座ってみても、彼女の声すら聞こえないのに。
「コーヒーの香りの線香だってさ。ちえみにもらったんだ」
 そう言われればコーヒーっぽい微妙な香りが、京香と和也を細々と遮る。
 京香を失った後、独りぼっちでないことは和也の救いだった。拓はこの家から大学に通っていたし、長いつきあいになったちえみも娘同然に遊びに来た。親友はすぐ近くで店を構えており、職場の部下たちも親しみやすい。大勢のなかで孤独を感じる人も珍しくない現代社会で、和也は間違いなく恵まれている。
 でも。
 でも、何だろう。
 拓がいて、その隣にはちえみがいて、自分の隣の席は空っぽ。本来なら、そこで京香が笑っていたはずなのに。
 いるべき存在が、いるべき場所にいないこと。それはまるで、靴を片方だけ失くしたような、替えの効かない喪失だった。


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