演劇はじめました/他人の不幸は蜜の味 #8
演技とは別の壁があった
当たり前だが、最初の頃は、基礎の基礎みたいな練習や稽古が多かった。
正直これが何の役に立つのかなと思う稽古も多かったが、新鮮なモノが多くて楽しかった。
中でも、エチュードと呼ばれる稽古が、ボクは一番好きだった。
エチュードというのは、設定だけ決められて、演出の方(映画でいう監督のような人)や先輩が終わりと言うまで永遠に演技をやらされるやつだ。
例えば、ボクは警察官、もう一人は犯人みたいな感じで役目は決められるけど、その後はそれぞれのアドリブだ。
設定を取調室にしてもいいし、犯人を崖で追い詰めるシーンなど、与えられた役になり切りさえすれば、演技のやり方やセリフは何でも許される。
参加する役者のセリフ次第でどんどん展開が進むが、終わりと言われるまで続けさせられる。
「自分はこんな演技しようかな」と、決めていていても、一緒にやる人が自分と同じイメージをしているとは限らない。
長い時間やったり、役者を変えて何度もやると、いくつものパターンが生まれ、笑いが起こることも多い。
ボクはエチュードの稽古を見ているのも楽しかったし、自分がやるのも好きだった。
一から十まで脚本を全て自分でおもしろく書き上げる天才もいるが、なかなかそうはいない。
ただし、役者に何度もエチュードをやらせ、おもしろかった部分を繋ぎ合わせるという手法だと、素人レベルの脚本でもおもしろくなりやすい。
脚本が出来上がり、稽古を続けていくと、いよいよ本番が近づいて来た。
だいたい公演は何日か行われ、それに合わせてチケットが印刷される。
その後、所属メンバーそれぞれに決められた枚数が配られる。
劇場を借りる費用、音響、照明、チラシやチケットを印刷する費用など、全てサークルのメンバーによる自腹だ。
渡されたチケットを多く売ることが出来れば自腹が取り返せる。
それ以上にチケットを買ってくれる人がいれば自分の収益にもなる。
なかなか最初からチケットを売ることは出来ない。
だから、タダ同然でも来てもらえるだけありがたい。
ボクは友達や知り合いに声をかけるが、タダでもなかなか来てもらえない現実を、この時点では気づかなかった。
それでもボクは自分に割り当てられたチケットを全て捌き切り、本番初日を迎えた。
緊張もしたが、どうせやるならば多くの人に見てもらいたいという気持ちが強かった。
結果はボクが配ったチケットで、見に来てくた人は誰もいなかった。
しょうがないかなと思う気持ちもあったが、正直悲しかった。
ただ、それ以上に驚いたこと、ガッカリしたこと、腹が立つことが起きる。
公演本番にも関わらず、全然観に来てくれているお客さんがいなかったことだ。
ボク以外にもサークルみんながチケットを捌いたはずなのに、どういうことだ?
先輩達を含め、それぞれが少しずつでも呼んでいれば、こんなことが起きるはずがない。
公演に出ている役者の数が、観に来てくれているお客さんを上回ることもザラにあった。
それにも関わらず、公演が終わると打ち上げといって、みんなで夜な夜な飲みに行き、それぞれの演劇論を語っている。
観ている側が、それぞれの演劇論を語るのは一向に構わないが、ボクらは観てもらう側だ。
ボクらの公演を観てくれる人がロクにいなかったのに、何を語ればいいのか分からなかった。
「なんでこんなに観に来てくれるお客さんがいないんですかね?」
ボクは率直に先輩達に意見をぶつけてみた。
すると先輩達からは驚きの答えが返ってきた。
「まだそのレベルじゃないからさ」
「良いモノやってれば、そのうち観に来てくれる人も増えるよ」
こりゃダメだと思った。
少なくともボクは観てくれる人がいないなら、演劇なんてやる意味はないと思う。
観てくれたお客さんには公演後のアンケートがあり、答えてくれる人もいる。
そこでいただいた意見を参考に次の公演に活かすべきだとも思った。
そもそも観てくれる人すら居なければ、いつまでも自分たちのやりたいことをやってるだけのマスターベーションだ。
わざわざ劇場を借りる必要もないし、公民館とかで十分だと思った。
意見の違いから、先輩達とはその後も何度となく揉めてしまったが、分かり合えることはなかった。
ヒトタラヲ
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