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共同生活の適性、だいぶ前に死にました

この前、電球が切れて
「こういうときだけ誰かいてくれたらな」と思った。


でも、だからって誰かと一緒に暮らしたいかと言われると、ちょっと違う。


体調が悪い日とか。
夜、ふと静かなときとか。

ああ、こういうとき、誰かいたら心強いのかなと思う。



でも実際に誰かが家にいると、咳ひとつ、足音ひとつ、テレビの音ひとつでイラッとする。


めんどくさい女である。
でも、これが本音だ。



寂しさはある。
でも、共同生活の適性はだいぶ前に死んだ。



たまに子どもがふらっと来る。


「実家はいいよねー」なんて言いながら、
私が作ったご飯を食べて、ダラダラ過ごしている。



「元気そうでよかったね」と思う。
思うんだけど。



「いつまでいるの?」
「母さん、やることあるんだから、もう帰んなー。」
(本当は特にやることはない)


そう言っている私がいる。


別に邪魔なわけじゃない。
いてもいなくても空気みたいなものなのに、なんか少しだけ調子が狂う。


自分の子どもにすら、そう感じてしまう。


でも、それだけ一人の生活が快適だということでもある。



食べたいときに、食べたいものを食べる自由。

好きな時に、好きなことをできる自由。

寝たいときに、寝たい場所で寝る自由。

お風呂に何時間入っていても、
「まだー?早く出てー」と言われない自由。



要するに私は、自分のペースで生活したい。
もう人の世話をあまりしたくないのだ。


人と暮らすって、時間や行動を合わせるってことだから。


ごはんはどうするか。
お風呂はいつ入るか。
エアコンの温度はどうするか。
何時に起きて、何時に寝るか。


そんなことを、もういちいち誰かとすり合わせたくない。



若いころは、それも普通にやっていたはずなのに。
今はもう、合わせる筋力がなくなった気がする。


たまに「好きな人ができたら変わるよ」と言われるけど、そこはまた別の話だと思っている。


寂しいのか、自由が好きなのかと聞かれたら、たぶん両方なんだと思う。



誰かいてくれたら安心する日はある。
でも、ずっと一緒にいられるかと言われたら、たぶん無理。



そう考えると、私は人恋しいんじゃなくて、
必要なときだけ誰かいてほしいだけなのかもしれない。


ずいぶん勝手である。

でも、この勝手さが今の私にはちょうどいい。



寂しさはある。
でも、一人暮らしは快適。
この矛盾ごと引き受けて生きていくしかない。


ひとりは寂しい。
でも、人と暮らすのはもっとしんどい。

そう思うあたり、私の共同生活能力はもうほぼ絶滅している。






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