再起動してから、ずっと答えが出ないままのこと─白黒つけられない時間の話
再起動してから、少しずつ動き出してはいるけれど、
「これでいい」と言い切れる感覚は、まだありません。
何かを始めれば答えが見えてくると思っていたし、
動き続けていれば、いつか腹をくくれる瞬間が来ると思っていました。
でも実際は、考えても考えても、
答えが出ないことのほうが増えていきます。
この記事は、結論を書くためのものではありません。
決断を促すための話でもありません。
再起動してからずっと、
答えが出ないまま、置き続けていることについて、
今の時点の言葉で、正直に書いてみようと思いました。

再起動を始めてから、ずっと答えが出ないままのことがあります。
「決められない」というより、正直に言うと、「考えてもわからない」という感覚に近い。
たとえば、正社員の仕事なら、働けば毎月いくらもらえる、という決まりがあります。そこに疑いはないし、考える余地もあまりない。
でも、今の私はそうじゃない。
このやり方を続けていいのか。
そもそも、この先、何者になりたいのか。
そこに、ちゃんとニーズはあるのか。
考えれば考えるほど、「正解は、その時点ではわからないものばかりだな」と思ってしまいます。
決めきれないまま置いていること
再起動してから、「これだけは決めきれないまま置いていること」が、いくつもあります。
このまま、今のやり方を続けていいのか。
自分が本当にやりたいと思っていることは、世の中から求められるものなのか。
正直に言うと、自分の本当にやりたいことには、あまりニーズがないのかもしれない、という感覚もあります。
それは、これまでの経験から、うすうす気づいてきたことでもありました。
だから今、「信念を曲げるのか」「やめるのか」「どこまで折れるのか」。
その境界線を、ずっと探している気がします。
でも、そのタイミングを「ここだ」と決めきることが、どうしてもできない。
── 「このまま」と「変えなきゃ」の間
今のやり方で、本当に何かが変わるのか。
その問いに、はっきりとした答えは出せていません。
「もっと効率的な方法があるんじゃないか」
「もっと確実な道を選んだほうがいいんじゃないか」
そう思う自分もいます。
でも同時に、今のやり方を手放したら、また一から何かを探さなきゃいけない。
その気力も、時間も、お金も、今はほとんど残っていません。
だから、「このまま続けるのか」「別の道を探すのか」。
その境界線を、ずっと行ったり来たりしています。
答えを出さなきゃ、と思う瞬間
答えを「出さなきゃ」と思う瞬間は、だいたい決まっています。
お金のことを考えたとき。
家賃のこと。
引き落としのこと。
この先、どこまで持つんだろう、という現実。
本当は、「もう答えを出す時期に来ている」。
そう思っている自分も、確かにいます。
だからこそ、答えが出ない状態は、安心よりも、不安のほうが大きい。
「このままでいいのかな」
「もう決めなきゃいけないんじゃないかな」
そんな気持ちは、日常のどこかに、ずっと居座っています。
── 深夜に考えてしまうこと
答えが出ないまま、布団に入る夜が続いています。
「明日こそは、ちゃんと考えよう」と思っても、
翌日になると、また同じように一日が過ぎていく。
深夜、スマホを見ながら、「このままでいいのかな」と考える時間。
誰かに相談するほどでもない。
でも、自分ひとりで答えを出すには、あまりにも材料が足りない。
そんな宙ぶらりんな感覚が、ずっと続いています。
「なんとかなる」と先延ばしにする自分
もし誰かに、「いつまで答え出さないつもり?」と聞かれたら。
たぶん私は、心の中でこう思う気がします。
「なんとかなるから」と言って、もう少しだけ、先延ばしにするんだろうな、と。
自信があるわけでも、覚悟が決まっているわけでもない。
ただ、「今はまだ、決めきれない」。
その状態を、引き延ばしているだけ。
先延ばしは、弱さなのかもしれません。
でも同時に、性急に答えを出して後悔するよりは、もう少し考えたいという気持ちもあります。
どちらが正しいのかは、今の私にはわかりません。
白黒つけたいわけじゃない
じゃあ、この状態を、今すぐ終わらせたいかと言われたら。
正直、そうでもありません。
今すぐ白黒つけたいわけじゃない。
でも、このまま何も見えない状態でいたいわけでもない。
「答え」は出なくてもいいから、何かしらの"可能性"だけは、見出したい。
それが今の、いちばん近い本音です。
── グレーのまま進むこと
白か黒か、はっきりさせることが正解だとは限らない。
そう思うようになったのは、最近のことです。
答えを出さないまま進む時間は、不安だけれど、その分、可能性も残されている。
「これで決まり」と決めてしまった瞬間、見えなくなる選択肢もある。
グレーのまま、もう少しだけ歩いてみる。
それが今の私にできる、唯一の選択なのかもしれません。
答えが出ない時間にも、意味はある
この記事を書きながら、改めて思いました。
答えが出ない時間は、たしかに不安です。
でも、考えている。迷っている。立ち止まって、ちゃんと見ようとしている。
その時間まで、全部「無意味」だとは、思えなくなってきました。
答えを出せない自分を責める気持ちもあります。
でも、答えを急いで出して、また同じ場所に戻るよりは、今はこのままでいい。
そう思える日も、少しずつ増えてきました。
おわりに
この記事を読んだ人に、答えを渡したいわけではありません。
ただ、ひとつだけ。
答えが出ない時間にも、意味はある。
今はそれを、自分に言い聞かせるように書いています。
もし、同じように、答えが出ないまま立ち止まっている人がいたら。
「自分だけじゃない」と、ほんの一瞬でも思ってもらえたら。
この記事は、それで十分です。

追記
決めきれないまま進んでいる今の状態を、
私はまだ「正解」だとは言えません。
ただ、焦って決めなかったことで、守れたものがあったとも思っています。
そのことについては、別の記事で、もう少し具体的に書きました。
