残高が足りなかった日から、越えなかったライン─まだ稼げていない40代が、自分を保つために選んだこと─
「もう無理かも」と思った瞬間は、意外と静かにやってきました。
ドラマみたいな出来事が起きたわけでも、
誰かに強く責められたわけでもありません。
ただ、
いつも引き落としに使っている口座を開いて、
残高を見たとき、
「あ、足りないな」と理解しただけでした。
この文章は、
そのときの感覚を、できるだけそのまま残そうとして書いています。
まだ稼げていない40代が、
「どう立て直すか」よりも先に、
「どうやって崩れずにいられるか」を考え始めた記録です。
前向きな再起動の話でも、成功談でもありません。
読めば元気が出るとか、明日から何かが変わる、
そういう種類の文章ではないと思います。
書いているのは、
越えそうで、越えなかったラインと、
そのとき私が何を捨てて、何を残したかについてです。
そして、
それでも完全に自分を失わずにいるために、
私が選んだ、いくつかの判断についてです。
今も私は、稼げていません。
判断も揺れているし、正解を選んでいる自信もありません。
それでも、
嘘をつかずに、踏みとどまっている場所があります。
この先に書いてあるのは、
前に進めた話ではなく、
「これ以上、戻らないために踏みとどまった話」です。
もし今、「もう無理かも」と思いながらも、
それでも今日を終えようとしている人がいたら。
この記録が、何かを決断させるためではなく、
ただ「ここにいてもいい」と思える材料のひとつになればと思って、
書き残しました。
1.残高が足りなかった日の、静かな現実
「もう無理かも」と思ったのは、ドラマみたいな瞬間ではありませんでした。
大きなトラブルが起きたわけでも、誰かに強く責められたわけでもない。
ただ、引き落とし用の口座の残高が足りなかった。
それだけです。
いつも使っているメインの口座。毎月、家賃やカードの支払いが引き落とされる口座を開いて、数字を見た瞬間、頭の中で計算が始まりました。
「これ、足りないよね?」
慌てて別の口座を確認する。残っているお金を、ひとつ、またひとつ足していく。
それでも、"足りるかどうか、かなりギリギリ"。
このとき、不思議なくらい、パニックにはなりませんでした。心臓がドクドクするわけでも、涙が出るわけでもない。
ただ、静かに、「あ、ここまで来たんだな」という感覚だけがありました。
お金がない、というより、選択肢がなくなり始めている感じ。
「来月どうしよう」より先に、「もう誤魔化せないな」という現実が来た気がしました。
それまでの私は、どこかで「なんとかなるかもしれない」と思っていました。
仕事を辞めたあとも、完全に楽観していたわけではないけれど、「すぐに詰むことはない」と思い込んでいた。
でも、数字は正直です。希望も事情も関係なく、ただ、足りないものは足りないと示してくる。
その静けさが、逆に怖かった。
このとき初めて、「大丈夫」という言葉が、自分の中から完全に消えました。
誰かに電話をかけようとは思いませんでした。助けを求める、という発想すら浮かばなかった。
代わりに浮かんだのは、「ここから先、どうやって"崩れずに"いられるか」という考えでした。
この時点で、もう"うまく立て直す"とか、"理想の再起動"とか、そんな言葉は頭から消えていました。
あるのは、踏みとどまるための最低ラインだけ。
足りない数字を見ながら、私はそのラインを、初めて具体的に意識したのだと思います。
── その日の夜、何をしていたか
残高を確認したあと、私はしばらくソファに座ったまま動けませんでした。
スマホを握りしめて、画面を見つめているだけ。
何かを調べるわけでもなく、誰かに連絡するわけでもなく、ただぼんやりと時間が過ぎていきました。
「今から何かできるわけじゃない」
「誰かに相談したところで、どうにもならない」
そう思うと、動く理由が見つからなかった。
気づけば、外は暗くなっていて、部屋の電気もつけないまま、静かに座っていました。
このときの感覚を、今でもはっきり覚えています。
絶望、というよりは、諦めと受け入れが混ざったような、不思議な静けさ。
「ここまで来たんだな」という認識だけが、心の中に広がっていました。
このあと書いているのは、
立て直せた話ではありません。
ただ、
「ここだけは越えなかった」
「これ以上、崩れないために選んだ判断」についてです。
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