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【中編小説】金色の猫 第2話(全33話)#創作大賞2024

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読了目安時間:約4分(約1,800字)

 建ち並ぶ高層ビルが黄金の暁光を浴びながら、ゆっくりと朱に染まっていく。冬の朝の張り詰めた空気のなか、まだ人気の少ない都心の繁華街を通って例の公園へ向かう。あれからあの黒いぶちのある猫に会いにいくのが習慣になっていた。
 公園に着くころには透き通った薄青の冬空が頭上へ広がっていた。俺は軽くストレッチをしてから、ワイドスクワットに取り掛かる。大きな筋肉を動かしていると、血の巡りがよくなって身体がぽかぽかと温かくなる。健康や体型の維持が目的ではない。屋外で少しでも寒さを凌ぐために、こうして汗を掻かない程度に身体を動かしているのだ。最初は人目を気にしていたが、思っているほどみんな他人に興味がないと気づいてからは公園の真ん中で堂堂としている。
 じんわりと額に汗が滲んでくると動きを止め、身体を目一杯広げて大きく深呼吸をした。しんと冷たい空気が熱くなった臓器に入って心地いい。カスケード風の池に水はなく、黒い石畳が剥き出しになっている。手前にある長い石製のベンチを振り返れば、まるめたダウンコートの上に期待通りやわらかなかたまりが埋もれていた。そっと忍び寄り覗き込むと、鼻の下に口髭のような黒いぶちのある猫がすやすやと眠っている。くつくつと笑いが込み上げてきたが、その場に蹲ってなんとか耐えた。
 しかしコートが着られないため、スクワットやプランクを繰り返す羽目になった。冷たい石畳に両腕をついて二十二まで数えたところで、視界に真っ黒なスニーカーとエナジードリンクの缶が現れた。
「はち、きゅう、じゅう……」
「ちょ、やめ、数がわからなくなる」
 片腕をついたまま顔を上げれば、白髪まみれの無精髭から赤黒い歯茎がぬらりと覗いた。こうして猫に会いに来ると、見計らったように爺さんも現れる。というか確実に見計られている。

✴︎

「昨日かわいいねえちゃんからもらった。これはおまえのぶん」
 真っ黒の爪先が石畳に置かれたエナジードリンクの缶を指す。以前の俺でも避けてしまいそうな風貌の爺さんが、イベントコンパニオンからドリンクをもらえるのが不思議でならない。「他のもんは一本だけだったぞ」爺さんは誇らしげだ。なぜかわずかに距離のある爺さんと猫の間に腰をかける。おもいきりプルタブを引くと、軽快な音が石畳へ響いた。強烈な風味が口内を満たすと、あっという間に空っぽの胃袋へ落ちていく。目を瞑って声を漏らしたら、コートの上でまるくなっていた猫が頭を上げた。
 猫は前脚を揃えて伸びをしたあと、俺の手の甲へ頭を摺り寄せ、か細い声で短く鳴いた。小さな身体を撫でてやると、その手でコートをしゅるしゅるとしずかに手繰り寄せた。こいつに出会った日から俺のポケットにはいつも煮干しが入っている。
「ほら、食いな」
 ジッパー付きの袋から煮干しを一尾取り出し、薄桃色の鼻先の前へやった。猫はふんふんと匂いをたしかめたあと、俺からそれを奪って食べはじめた。その煮干しは俺の一日分の食費を割いて買ったものだ。がつがつとうまそうに食べる黒髭を眺めていると、腹の虫が盛大に不満を漏らした。
「おめえが腹鳴らしてどうする」
 どうやらこれには今まで声を潜めていた爺さんも耐え切れなかったようだ。俺の左腕を肘でこずいて笑った。それでも視線は夢中で煮干しをむさぼる猫から離さない。俺は爺さんの眦から流れるように伸びた皺をゆっくりと目でなぞった。
「俺たちも食うか」
 袋から煮干しを三尾取り、一尾を猫、一尾を爺さんに、そして一尾を口に銜えた。一匹とふたりの男は真っ白な朝日に目を細めながら、仲良く並んで煮干しを食んだ。会社へ向かうサラリーマンたちが、訝しげにこちらを見ながら通り過ぎて行く。
「いい日だな」爺さんが言う。
「ああ」
 腹が膨れたのか猫はもう煮干しに興味を示さなくなり、その場で毛繕いをはじめた。薄桃の小さな舌が黒ぶちのある腹を丹念に舐めるのを、俺たちはじっと息を潜めて観察した。俺がこわごわ鼻先へ人差し指を伸ばしたら、煮干しの匂いが残っていたのか舌先でぺろぺろ舐めてくれた。みぞおちあたりがやおら温かくなって、わずかに指へ残った湿り気を俺はもう一方の手でぎゅっと握り締めた。
 爺さんも真似して鼻先へ指を伸ばしたが、薄桃の鼻を動かしてすんすん匂うと、コートの上へ身体をまるめてしまった。「やっぱりくせえんか」悲しそうにじぶんの指先の匂いを確かめる爺さんはなんだか可愛らしかった。

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