【中編小説】金色の猫 第17話(全33話)#創作大賞2024
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〈アルバイト 池袋〉
検索窓へ入力してEnterキーをタップすれば、大手求人サイトが一斉に主張をはじめた。「高時給」「高日給」「好条件」の圧にたじろぎつつ、もっとも簡潔な文言へカーソルを合わせる。賃貸マンションの家賃、光熱費、食費、もろもろの生活費を稼ぐためには、不安定な日雇いより長期がいい。
スクロールする指を止め、検索窓へ戻って〈賃貸マンション 小竹向原〉と入力した。琴乃の部屋を思い返しながら、条件を選択して物件を絞り込んでいく。彼女の部屋はおおよそ十六万円、少なくともひと月に八万以上は稼ぐ必要があった。
結局、俺は琴乃の部屋を出られなかった。足元へ転がった猫を拾い上げ、痺れた片足を引き摺ってよちよち廊下を引き返した。そしてみじめを奥歯で噛み締めながらキッチンへ立ち、キャベツを刻んで残り物の肉じゃがでコロッケを揚げた。
「ほれ、へんへんふひはな……ふひはないおね」大きすぎるプチトマトに笑い合っていないで、琴乃とちゃんと話さなけらばならない。奥歯に詰まった言葉は磨いても取れないまま、あれから三日が経っていた。
なんとなく稼がなければいけない気がして、およそ二週間ぶりに——体感としてはそれ以上だが——馴染みのネットカフェへ訪れた。
それで今こうしてパソコンの画面と向き合っているわけだが、スマートフォンも身分証明書もない俺を長期で雇用してくれる職場があるだろうか。それがなかなか見つからなかったから、こうして日雇いで食いつないできたのではないか。明滅する画面へぽっかり浮かんだ〈15万円〉の赤文字を眺め、「琴乃……ホストんときの俺より稼いでんじゃん……」とつぶやいた。
〈ホスト〉と口にして、ふとダルさんのコートが目に入った。そういえばホストクラブが閉店する少し前に、キャストの一人からダルさんが店を出したという話を聞いた。それもホストクラブやバーではない。
「なんか、音楽……喫茶? みたいな」彼は店のSNSを見せてくれた。
店内はダルさんの部屋をそのまま移したような空間で、めずらしい植物やら奇怪なお面や置物が所狭しと並べられていた。「落ち着かなそう……だな」はじめて俺たちの意見が合った瞬間だった。
店名はわかりやすく源氏名から『DULL』だった気がする。キーボードを叩いてSNSを立ち上げ、自分のアカウントへ約半年ぶりにログインした。検索窓へ「dull」と入力したら、見知らぬアカウント画像が山ほど表示される。一通りスクロールしたが諦め、今度は「sarabyedull」と入力したところ一件ヒットした。
仄昏い喫茶店のキッチンカウンターで、棒付きキャンディーを手にする赤い魚のゴムマスクをかぶった男。
情報量の多いアカウント画像の横へ〈@sarabye_dull〉と〈SARABYE DULL〉と表示されている。すぐにダルさんのものだと確信し、すかさずアカウント名へカーソルを合わせた。空っぽのプロフィールと数枚の写真が画面上へ展開する。
澄み切った空の下、のびのび横たわる土地……やけに長閑な最新の投稿を開き、俺は目をまるくした。キャプションへ並ぶ文字がにわかに解散し、ふたたび目前へ整列したとき、パソコンを凝視して頭を抱えた。思いきり机へ肘を突いたらコップが倒れ、わずかに残っていたアイスコーヒーが零れる。
そこには、「ご報告遅れましたが、夏に栃木県那須郡へ移住しました」と記されていた。そのすぐ下の投稿には黒地に『DULL』という店名ロゴと共に、ダルさんらしい無機質な〈閉店のお知らせ〉がある。おしぼりで机を拭きながら、みじめが迫り上がってくるのを感じていた。
客足が遠のいてやむなくというより、飲食店経営より移住のほうに興味が向いたのだろう。時間、金、人、今あるすべてを手放しても、彼はおもしろいほうへ行ってしまう男だ。追い掛けようとするものなら、振り回されてみしみし疲弊していく。コメント欄に非難か称讃かわからないダル沼女の長文コメントを発見し、「ほらな」キーボードの横へ綺麗に巻いたおしぼりを置いた。
