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【創作】スイカよりスイカバー


 夏の球体。

 夕方、彼は「もらってきたよ」とそれを木製の丸型ダイニングテーブルに置いた。

 包丁を持った腕にヒモキューのような血管を浮かべ、ジャッ、くり。
 真っ赤な果肉に黒い種が見える。

「スイカバーの方が好きなんだけどなぁ」

 冗談のつもりなのに、彼は「くれた人に失礼でしょ」とつまらない嗜め方をする。

「だってスイカは種を取るのが面倒だよ」

 彼は包丁を下ろし、綺麗に等分したスイカを平皿に並べた。

「食べ物なんてだいたい面倒くさいでしょ」

 私たちの会話は、目に見えない糸でゆっくり絡まっていくみたいだった。

 差し出された三角形のスイカに塩をかけ、左端の種が少ないところから頬張る。

 適度な位置で切られた髪、黒縁のメガネ、ポロシャツ、カーキ色のパンツ。
 定時に上がり、たまに上司の酒を付き合い、慎ましく暮らす男。

 すべてが普通。面白味なんてない。

 それ、なのに。
 なぜ、私も、みなも凡庸を好むのか。

 あの日。
 彼のスマートフォンの画面に、元妻の名前が表示された。彼のことは疑ってなかった。でも、息が詰まり、つい口に出してしまった。

「どうせ、まだ会ってるんでしょ」

 「好きなのは君だけだよ」と笑って受け流されたが、それから彼の声の温度が少し下がった。彼との関係を壊したいわけじゃなかった。会話の間に空気の網がかかったような日々が続いている。

「私のおばあちゃんちさ、スイカ畑があったんだよね」
 沈黙という隙間を埋めるように、私は言葉を繋いだ。

「おばあちゃんちに泊まると、朝早くに『おーい』って呼ばれるの」
 彼はしゃくしゃくとスイカを食べ続ける。

「何の用かな、と思っていくと、スイカ畑を囲うオレンジ色の網に何かが引っかかってるの」
 一つ、二つ。

「スズメとか、カブトムシとか」
 三つ、四つ。

「甘い香りに誘われて、足に網が絡まって出られなくなっちゃうの」
 五つ。

「可哀想だった」
 六つ。

 彼は六カケのスイカを平らげると、自身の取り皿だけを流し台にこと、と置いて言葉を一つも発さず私のアパートから出ていった。

 彼が出ていったあと、ぬらついた手を軽く水洗いし、布団に入り込んで目を閉じる。

 まぶたの裏にスイカ畑が浮かんだ。



「おーい、おーい」
 死んだはずのおばあちゃんが呼んでいる。

「おーい、返事しろ」
 広い空、入道雲。わんわんと膨らむ蝉の声。

 畑に出ると畦道を挟むように、とうもろこし、きゅうり、茄子、トマト、スイカが植っていた。私の背が小さくなっているのか、野菜たちが私を見下ろすように生えていた。

 おばあちゃんの姿はどこにも見えないが、蝉の声にかき消されることなく私の耳に声が届く。

 おーいと私を呼ぶ声は、私の足がスイカ畑のオレンジ色の網の前にたどり着いたとき止んだ。

「カブトムシ、引っかかってるぞ」
 耳元で呟かれ、ばっと後ろを振り向く。
 誰もいない。おばあちゃんの口角が上がったイメージだけが浮かぶ。

 少しの恐れを感じながらも、引っかかったカブトムシを持つ。

 あぁ。わかってしまう。
 軽かった。
 カブトムシの魂の重みは、もう干上がっていた。

 カブトムシの六本の足には、複雑で、もう、ぐちゃぐちゃなオレンジ色の網が絡まる。

「スイカの網は切るなよ。他の虫が入ってくっから」
 おばあちゃんはなお、私の耳元でそんな無理難題を言う。

「無理だよ、無理だよ」
 私の声は「無理だよ」という言葉を重ねるごとに、子どもの高い声から大人の女の声になる。

 いつのまにか私は今の姿になっていて、カブトムシを網から解いてあげたい気持ちが強まっていた。

 知恵の輪を解くように網を解こうとするができなかった。でも、カブトムシは死んでいる。しかし、網は解いてあげたかった。

「もう、手遅れだよ」
 小さい頃の私が横に立ち、声をかけてくる。

「もう、死んじゃってるよ」
 死んでいるのは、カブトムシなんかじゃなくて。
 彼の私への気持ちのような気がした。

「どうして、助けようとするの?」
 私はもしそれが死んでいても解きたかった。もう意味がなくても、解きたかった。

 網が少しずつほぐれていく。
 あぁ、解けそうだ。網がはずれる。

「ピーン、ポーン!」

 クイズに正解したかのようなチャイムが鳴った。

 カブトムシの網が取れ、六本の足が動き始める。それは、少しだけ重みがあった。



 玄関を開けると、夕闇の中で彼がコンビニ袋を持って立っていた。その姿を見ながらも、指先には、ほどいたはずの細い糸のざらつきが残っていた。

「ほら、買ってきた」
 袋から出てきたのは、二本のスイカバー。

「俺はさ、メロンよりメロンバーが好きなんだよね」
 あぁ、本当につまんない男。朴訥とした男のつまらない冗談ほど、愛おしいものはない。

「ごめんね」
 冷たさと甘さが、口の中で少しずつ溶けていく。

「何が?」
 彼が久しぶりに私へ言葉を返した気がした。

「うーん、いろいろ」
 ほどけない網を思いながら、私はスイカバーをかじった。網のない甘さなら、失わずにすむ気がした。



🔽以下の企画に参加しました!

創作仲間に「今、2000字で書けって言われたら、どこからの発想で書き始めますか」と問われたら。あなたなら、どこから発想を始めて、どのような2000文字の話をつくりますか? 「今なら、こんな発想で」「いつもは、こんな発想から」など、創作談義も聞かせてくださいね😊

豆島さんマガジン引用

ようやく参加できた……。お誘いいただき、全然筆が進まず、ようやく昨日書けました。やったー

いつも創作を書くときは、ちょっぴり怖かった(嫌だった)思い出をベースにしてます。

最近バクゼンさんのこちらの記事を読み、小さい頃、実家のスイカ畑の網に絡まったカブトムシやら鳥を救出していたことを思い出して書きました。

(バクゼンさん、怖いこと思い出してすいません。スイカ美味しそうでした)

楽しい企画ありがとうございましたー!

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