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『清作の妻』増村保造~愛を失う孤独と狂気~

画像(C)KADOKAWA1965

増村保造という映画監督の作品は激しい。「情念の映画」と言われるほどギリギリの状況に人間を追い詰めていく。増村は東京大学法学部を卒業し、「大映」に入社後ふたたび学科を変えて東京大学文学部哲学科に再入学するというインテリであり、1952年にイタリアへ留学。歴史ある映画学校「国立映画実験センター」でフェデリコ・フェリーニやルキノ・ヴィスコンティらに映画を学んだという特異な経歴の持ち主である。帰国後、溝口健二や市川崑の助監督として参加。どちらかというと、小津安二郎などの感情を表に出さない日本的な振る舞いや情緒的表現を否定して、ヨーロッパ的な個人が激しく感情を表出し葛藤する人間模様を描いた監督と言えるだろう。なかでも若尾文子と組んだ大映作品は20本に及び、若尾文子の女優像を打ち立てた。私は以前に、『赤い天使』(1966)、『刺青』(1966)の2本の若尾文子・増村保造の大映作品のレビューを書いたが、これらの作品でも若尾文子の狂気との情念がほとばしっていた。

この映画は、日露戦争下の田舎の農村で村八分にされている孤独な女のと狂気が描かれた作品である。吉田絃二郎の同名小説を原作に、新藤兼人が脚色。戦争下で「お国のために」強まっていく閉鎖的な村人たちの同調圧力が、隠居老人の妾となったふしだらな女としてお兼(若尾文子)という女性を追い詰めていく。

お兼(若尾文子)は貧しい家庭を助けるために、60歳を過ぎた呉服屋店主(殿山泰司)の妾となった。風呂に入ってお兼に背中を流させ、無理に抱きつくなど殿山泰司がイヤらしい親爺を好演。病気がちの父と宗教に夢中の母のためとは言え、老いた老人に尽くす心は惨めなものだった。そんな店主が風呂場で裸のまま倒れて突然死。遺言によりお兼は大金を手に入れる。本来ならここから人生は好転するはずなのだが、映画はそうはならない。父もすぐに亡くなり母は故郷で暮らしたいと言い出す。逃げ出してきた村へ舞い戻った母と娘だったが、老人の妾だったお兼への風当たりも強く、村八分にされていく。お兼もまた働かずに村づきあいを一切しなかった。そんなとき、日清戦争で模範兵だった隣家に住む清作せいさく(田村高廣)が戦地から戻ってくる。清作は毎朝、村の小高い山で鐘をつき、村人たちをたたき起こし、勤勉に働けと模範兵さながらに村人たちを鍛え直そうとする。お兼の母が亡くなったときも、村八分にされているお兼を見かねて、葬式を手伝ってやる。そんなことをキッカケに惹かれ合っていく二人。清作は家族や村人たちの反対を押し切って、お兼を妻とする。そして日露戦争が始まり、再び清作は出兵。村に一人残されたお兼は寂しさのあまり、精神がおかしくなりそうになる。それでも負傷して戻ってきた清作と再び生きて会えた。しかし模範兵であり続ける清作は、傷が癒えると再び戦地へ戻ってお国の役に立とうとする。またしても一人残されるお兼は、唯一の生きる拠り所であるを失う孤独と寂しさから、狂気とも言えるある行動に出る・・・。

若尾文子が田村高廣を森の中で待っている場面、また森の中で2人が待ち合わせして田村高広があたりを見まわすと、木の陰から若尾文子が現れる場面など、若尾文子は森に棲む妖しげな魔性の女のようである。2人が初めて結ばれる森の場面も、若尾文子が先に行き、後を追いかける田村高廣の方を何度か振り向き、「ほんまに好きなら私を抱いて」と自ら腰を下ろしてみせる妖艶さもまた見事な演出だ。そして村人たちが清作の出征祝いで盛り上がっていく中で、一人残されるお兼が孤独に追い詰められていく。清作が家族に話す死ぬ覚悟の声を戸の向こうで聞き、村の女たちの冷やかしの声を聞き、一人屋敷の外で途方に暮れてうずくまる。集団の盛り上がりと個人の孤独が効果的に演出されている。または、お兼の凶行そのものは見せず、凶行後に逃げるお兼を村人たちが取り押さえる場面、暴れるお兼の着物の裾から露わになる脚なども印象的に描かれる。清作と結婚するつもりだったのにお兼に奪われ泣き叫ぶ女の着物の裾から露わになる脚も描いていた。

自らが傷ついて初めて清作は、お兼と同じような世界から取り残されたような孤独を感じる。模範兵ではもうないのだ。最初は自分の人生を台無しにされたお兼に抱いていた怒りも、お兼の孤独を知って許せるようになるのだった。二人で地獄に堕ちるような凄まじい話である。お兼にはお金もあるのだし、なにもこんな村八分にされる田舎にいることはないのだし、罪を償って出てきたお兼と傷ついた清作がこの村で村八分になって暮らすよりも、どこか誰も知らない村に行って新たな人生を歩んだ方がどれだけ幸せか・・・と思うのだが、二人はこの村に留まって畑を耕しながら慎ましく生きていくことを決意する。「遠いところへ行くことは負けだ。俺たちはどこへも逃げない。この土地におる」。それは逃げずに生きる二人の意地というものであろうか。理不尽な社会に負けないという覚悟であろうか。そのあたりは今ひとつ理解できない。


1965年製作/93分/日本
配給:大映

監督:増村保造
原作:吉田絃二郎
脚本:新藤兼人
撮影:秋野友宏
照明:渡辺利一
美術:下河原友雄
録音:伊藤幸夫
音楽:山内正
キャスト:若尾文子、田村高廣、小沢昭一、紺野ユカ、殿山泰司、穂高のり子、星川黎子、早川雄三、仲村隆、杉田康、潮万太郎


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