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『デ ジャ ヴュ』ダニエル・シュミット~時間を彷徨う幻想と前世の記憶~

写真引用©︎ JENATSCH: 1987 T&C Film AG

「デジャヴュ」とは「既視感」と訳され、「初めて経験することなのに、以前にもどこかで体験したように感じること」と理解しているが、この映画はどちらかというと「デジャヴュ」ではなく「タイプスリップ」ではないのか、と最初は思った。17世紀スイスに実在した英雄イェナチュを調べているジャーナリストが、調べているうちに夢中になり、取り憑かれたようにその歴史の中に入り込んでしまうタイムスリップものかと思った。だが、どうやらこの過去の物語は、男の前世の記憶と関係しているらしい。だから「デジャヴュ」なのだ。そんな過去の記憶と現在を行き来する男の幻想の物語だ。

17世紀のスイス、グリソン州独立の最大の英雄であるイェナチュは、宿敵ポンペウスを殺し、権力を手中に入れた。しかし、数年後には“謎の人物”によってイェナチュもまた殺された──。現代の記者、クリストフはイェナチュの墓の発掘を指揮した人類学者トブラーとのインタヴューの仕事を引き受けた。トブラーは一風変わった人物で、イェナチュに取り憑かれている。やがて、ポンペウスの暗殺のあった城に、末裔の老嬢プランタを訪ねた帰路、クリストフは不思議なことにイェナチュに出会う。既視体験(ルビ:デ ジャ ヴュ)に悩まされるクリストフは謎を究明するべくもう一度城に向かうも、何とそこでポンペウス暗殺の現場を目撃。そして、ポンペウスの美しい娘ルクレツィアの姿を発見し…。

(公式HPより)

ダニエル・シュミット流の過去と現在の時間が交錯する幻想世界に観客は誘われていく。ケーブルカーや列車、タクシーなど乗り物が頻繁に出てくる。過去と現在の時間を行き来させる乗り物のようだ。クリストフ(ミシェル・ボワタ)は、イェナチュの謎の死について調べようと人類学者トブラー博士のもとを訪れる。トプラー博士は、イェナチュの殺された現場にいたかのように、その死を語る。謎の男が斧で殺し、その衣服についていた真鍮の鈴をもぎ取ったのだと。そのイェナチュの墓にあった遺品の真鍮の鈴をクリストフは博士から見せられる。そしてなぜか帰りのケーブルカーで、クリストフのスーツのポケットに、その真鍮の鈴が入っている。そしてすれ違う上りのケーブルカーにトプラー博士の姿が見える。謎の男、トプラー博士。最初から幻想的なシーンだ。クリストフは、その真鍮の鈴の音に導かれるようにして、過去の世界へと彷徨い始めるのだ。

イェナチュが政敵・ポンペイウスを殺害した古い城で女主人のプランタ老嬢の「歴史は作り話だ」という話を聞いたあと、城の前に待たせてあったタクシーがいない。クリストフは仕方なく歩き、途中で馬車に乗って山小屋に着く。雷が響く音。そこでポケットから、真鍮の鈴が落ちる。少年が小屋の陰から覗いており、イェナチュの遺品であるその鈴を鳴らすと、クリストフは杖に大きな鈴がつけられた別の鈴の音を聞く。そして17世紀の者たちが目の前に現れ、遺体を運んでいる。そしてイェナチュと思われる男がクリストフを見返すのだ。その視線の交錯があり、タクシー運転手に肩を叩かれ、クリストフは現実に引き戻される。これが最初の幻想体験だ。

二度目の体験は、イェナチュのゆかりの地の酒場で一人酒を飲んでいるクリストフが店から外に出て鈴を鳴らすと、男たちが松明を持って階段を昇って行く足音が聞こえる。17世紀の服装をした男たちの姿を追いかけると、ルスカ司祭長を拷問にかけている場面に立ち会う。またしても鈴の音がキッカケだが、今度はその過去の世界に、クリストフ自身が入り込むのだ。建物の外で笑っている女たちの声が不気味だ。クリストフは部屋に入り赤いカーテンからこのおぞましい拷問場面を覗くのだ。カメラが中の様子をパンしながら見せていく。人々の「ルスカ、死刑だ!」という大合唱と、男を断罪するイェナチュが登場する。クリストフは、その場を自ら後にする。そして、この拷問の出来事が史実であったことを後に知る。

そして3度目の体験は、再びやって来たリートベルク城。そこの女主人プランタ老嬢(ラウラ・ベッティ)は、「生きた霊魂だ」とクリストフは自ら録音機に語る。今度も机の上にあった真鍮の鈴が落ちるのがキッカケで、「デジャヴュ」が始まる。騎士の一団が闇の中から城の中庭に現れる。クリストフは今度は冷静にそれを録音機に向かって報告する。「ポンペウスはどこだ?」と鏡の向こうから男たちがやって来る。そしてクリストフは、振り返って男たちに「暖炉の中だ」と伝える。そしてポンペウスを暖炉から引きずり出し、イェナチュが斧で殺害する場面に立ち会うのだ。そしてその場に居合わせたポンペウスの娘ルクレツィア(キャロル・ブーケ)が振り返る。その背後からクリストフが近づいて彼女の肩に手をかけると、今度は現実のプラント老嬢が振り返る。老嬢はルクレツィアの生まれ変わりなのか。鏡を使った見事な幻想的なシーンだ。そしてついにクリストフは幻想の中で過去の殺害事件に加担してしまうのだ。

帰りの列車の中で、車内販売がやって来る音に怯えるクリストフ。いずれも音がキッカケで「デジャヴュ」体験をしているだけに、音に敏感になっているのだ。度重なる「デジャヴュ」体験で、精神的に破綻し始めるクリストフ。真鍮の鈴を返しに恋人のニナ(クリスティーヌ・ボワッソン)と一緒にトブラー博士の家を訪れるが、博士は前日に死んでしまっていた。そしてニナは突然タクシーを止めて、クリストフから鈴を奪い、橋の上から川に捨ててしまうのだ。

イェナチュが殺害された宿屋で、歴史学者からイェナチュのことを聞き、クリストフが店の外に一人出ると、通りから松明を持った17世紀のものたちが現れるが、それだけで終わる。そして帰りの列車の窓から、別の列車に乗っているルクレツィアそっくりの現代の女性を見かけるが、幻想のように消えてしまう。「自分の前世が見える魂の窓だよ」と風呂場で出会った男から言われ、「幸運な人だけが前世の場所に行けるのだ。.君は幸運なのだ」とクリストフはその男から言われ、男は湯気の煙の中に消えていく。そしてクリストフは森の中で双眼鏡で走っている人たちを覗くと、そこに馬に乗った騎士たちが走り抜ける。そして双眼鏡の向こうでイェナチュがこちらを指さし、クリストフは驚いて逃げ出すのだ。さらに森の中でイェナチュがポンペウスの娘ルクレツィアとセックスしている場面を見るのだ。

謝肉祭に日に城をニナとともに再び訪れたクリストフだが、そこにイェナチュの肖像画もなく、斧もなかった。酒場で子どもたちが謝肉祭の仮装で歌と踊りを踊っていると、その歌を録音しましょうとニナが言う。部屋に録音機を取りに行ったクリストフは、幻想で見たはずのポンペウス殺害場面の声を録音機で聞く。過去の者たちの声と「暖炉の中だ」と言った自分の声も録音されているのだ。再び17世紀の謝肉祭に紛れ込んだクリストフはお面を被り、いなくなったニナを探す。美しいルクレツィアが水辺に映る。仮面を被ったルクレツィアに導かれるようにして、イェナチュのいるところにやって来たクリストフ。斧で自らがイェナチュを殺害するのだ。ルクレツィアの視線に操られるようにして。イェナチュは殺されながら、クリストフが着ていた服の真鍮の鈴をむしり取る。その現場に、当時の衣装を身につけたトプラー博士もいた。そして、ニナが川に捨てたはずのその真鍮の鈴が現代のニナと生活しているクリストフの部屋に、小包で届けられて映画は終わるのだ。

過去の事件と現在の交錯。それは男の前世の記憶なのか?「デジャヴュ」と言われる幻想のタイムスリップは、男がかつて体験した前世の記憶であるということなのか。殺されたイェナチュの遺品である真鍮の鈴が、現在と過去を行き来するという物語だ。

すれ違う乗り物、意味ありげな視線の交差、そして音による導き。長回しのパンの映像が多く、見つめられる視線やその視線の動き、過去と交差する視線を強調し、鏡や振り返りなどを巧みに使いながら時間の迷路へとダニエル・シュミットは観客を導いていく。クリストフ、トプラー博士、ルクレツィア、それぞれの前世の物語が現代と交錯していくのだ。一度見ただけではなかなか理解できない。見れば見るほど魅力が増す映画である、ダニエル・シュミットの演出の魅力がたっぷり味わえる作品だ。


1987年製作/97分/スイス
原題または英題:Jenatsch
配給:マーメイドフィルム 、コピアポア・フィルム

監督:ダニエル・シュミット
製作:テレス・シェレール
原案:マルタン・シュテール、ダニエル・シュミット
脚本:マルタン・シュテール、ダニエル・シュミット
撮影:レナート・ベルタ
美術:ラウール・ヒメネス
編集:ダニエラ・ロデレール
音楽:ピノ・ドナッジオ
キャスト:ミシェル・ボワタ、クリスティーヌ・ボワッソン、ビットリオ・メッツォジョルノ、ラウラ・ベッティ、キャロル・ブーケ