『また誘ってね』の一言③ 最終(私の結論) 2025.8.11加筆編集
2年前に書いた『また誘ってね』の一言①が昨年ある時から突然アクセスが増え、それは今も毎日変わらず増え続けているものの『スキ』はある時期から1つも増えない。
本当に1つも増えない。面白いなぁと眺めている。
(正確には、このnoteをアップする前にムクドリすだち。さんが読んでくださり、スキをしてくれました。ありがとうございます。)
先日、私がプライベートで書いたメールに同僚から『誘ってください』と書かれた返信が届いた。
ああ…
この人はやっぱり私から誘われたら会うけれど誘われなかったら会わないのだなぁ。 (前々からその雰囲氣は感じていた)
と思うと私はその人との関係を続けることに改めて疑問を持ってしまった。
もちろん、仕事上で必要なうちはそれなりにお付き合いすればいいけれど
それ以上の関係をこの人と続けたいのかなぁ?
あなた (私)が会いたかったら会ってあげてもいいよ。
というスタンスとも考えられなくもない。
もちろん、そんなことは全く考えずに…ただ会うという考え方もありだとは思う。
もともとそういう言葉が多いと感じていたのでその人のスタンス理解はしていたつもりけど、やっぱりこの人は自分から誘うことは絶対にしない人だなぁと…。
もちろん、その人の価値観だからその人はそれでいいし、私は私だからそれぞれの価値観でいいと想う。
『誘ってください』の言葉のスタンス
*社交辞令
*あなたが誘ってくれたら会うけれど、私から誘ってまでは会いたくない
*あなたから誘われたという優越感に浸りたい
と書かれているのをいくつか読んだことがあります。
この世は全て『陰と陽』 (対比)
ミーさんのnoteを読ませてもらって、『誘ってください』にもやもやする理由がバランスだと再確認となって…
誘うばかりの人、誘われてばかりの人はバランスがとれているのかな?
いつも誘う人が誘うのをやめた瞬間にその関係は終ってしまう…
お互いに誘い誘いあってのバランスだといいなぁ…
そして、以前書いた『SNS 最後のコメントの『違和感』の答え』
『◯◯してください。』は◯◯◯です。
『誘ってください』はこれと同じではないのかな?
と想ってしまう…
いろいろなSNSを読んだり、聞いていてもよくある
『◯◯してください。』
自分も言っているだろうか?
この言葉に…思わず立ち止まってしまうようになった。
サエさんの『腹が立つ』と書く潔さと清々しさに素直に脱帽します。
『また誘ってね』の言葉に違和感を持つ人はいるのね…
と少しホッとした。
『また誘ってね』の言葉も思考なのではないだろうか?
マザーテレサの言葉にあるように思考はいつか言葉になる。
普段口にしていることは運命になる。
この言葉との対話を通して私は『また誘って』の言葉に対する私のもやもやと私の結論に至った。
『また誘ってね』の一言①を書いた時…
『また誘ってね』の一言②を書いた時…
『また誘ってね』の一言③を書き始めた時…
とは違った想いの私の結論に至ったことに私自身が驚いています。
これを読んでくださったあなたにも私の心の変化が伝わるといいなぁと思って…
そしてあなたのもやもやがなくなることを願って…
これを最終としたいと想います。
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