蒲原有明・薄田泣菫それぞれの詩「をとめごころ」読み比べ | 乙女は可愛いだけでない
このシリーズでは近代~昭和初期にかけて活動した文士の作品から、「詩のどこが良いのか」「どう書けば詩なのか」を探していく。
どの記事も一本で完結している。

今回の詩人は二人。
明治時代の日本近代文学において、象徴派と浪漫派で活躍した、
蒲原有明氏と薄田泣菫氏である。
同世代の2人による「をとめごころ」
蒲原有明・薄田泣菫といえば先述の通り、明治時代を代表する詩人として有名である。
有明氏は北原白秋氏らにも影響を与えたとされる象徴派の詩人。
泣菫氏は象徴派としても活動しながら、浪漫派の詩人として島崎藤村氏らの後継にあたるともいわれた。
補足として象徴派と浪漫派の違いを加えると、
象徴派(象徴主義)…自己の内面や抽象的な概念を、比喩や暗喩で表現する
浪漫派(浪漫主義)…自我の解放や、感情を尊重した情熱的な表現をする
といった具合である。
さて、同時期に活躍した彼らは「をとめごころ」という題の詩をそれぞれ書いている。
もちろんこの詩だけで彼らの作風を決定することはできない。
しかし今回はこの二つを比べて、感性の違いを考察してみようと思う。
蒲原有明の「をとめごころ」
手にふれたまふことなかれ
うれしき君とおもへども
まだうらわかき野の花は
熱き情の日にたへじ
ゆめふれたまふことなかれ
いといともろきわが胸に
激浪たちて白珠の
涙くだかばつらからむ
ただふれたまふことなかれ
秘めてぞ清き戀なるを
もしかかる夜に罪やどる
星堕ちゆかばいかにせむ
薄田泣菫の「をとめごころ」
黄金覆盆子は葉がくれに
眼うるみて泣きぬれぬ。
青水夢月の朝野にも
歎きはありや、わが如く。
幸も、希望も、やすらひも、
海のあなたに往き消えつ。
この世はあまりか廣くて、
をとめ心はありわびぬ。
朝踐む風のささやきに、
覆盆子のまみは耀きぬ。
神はをとめを路しばの
片葉とだにも見給はじ。
呼びかける有明、ひとりごつ泣菫
両者とも “をとめ” の目線で書かれているが、 “をとめ” の感情の行先は異なる。
「さわらないでください、と訴える」文体の有明氏に対し、泣菫氏は「周りの景色に憂えて独りごちる」文体と受け取れる。
恋する有明、どこかの泣菫
「あなたに触れられて、大変なことになっちゃう」という蒲原有明ver.を “恋するをとめ” とする。
ならば、薄田泣菫ver.は「神様は私のこと、大して見ていないでしょうね」と密やかに嘆く “名も知らぬをとめ” というべきか。
たをやめぶり・益荒男ぶり
蒲原有明氏の詩において分かりやすい特徴は、ひらがなと漢字の使い方である (詩「日神頌歌」などでも同様の技法が見られる)。
単語や文ひとつひとつの硬度を、「たをやめぶり(ひらがな)」と「益荒男ぶり(漢字)」の使い分けで表している。
たとえば各連の1行目は、極力ひらがなで書かれている。
これは “をとめ” の言葉であることを象徴していると考えられる。
ところどころ可読性を考えて漢字にしている部分もあるが、それ以外で漢字となっているのは「熱き情」「激浪」などの、力強い単語(益荒男ぶり)である。
淑やかな “をとめ” が力強い単語を使うほど、この “をとめごころ” は大変なものである……と、有明氏は表現したかったのではないだろうか。
一方の薄田泣菫氏は、漢字の使用率が高い。ただし “をとめ” という単語は、ひらがなで書かれている。
最終2行の「神は…(中略)…見給はじ」から感じとれたことは、神にも見られぬ密やかさ。
つまり裏を返せば、誰も知らない “をとめごころ” は定義すら曖昧だということになる。
もしやと思って調べてみると、薄田泣菫ver.が載っている『白羊宮』は明治39年のもの。
この詩が日露戦争の最中に書かれたものである可能性は十分にある。
「幸も、希望も、やすらひも、海のあなたに往き消えつ」とは、 “をとめ” の想い人のことなのではないだろうか。
そう勝手に考えてみると一転して、有明氏と同じような「使い分け」によって漢字を多用している、とも考察できる。
最後に
両者がどのような意図を以て、これらの作品を書いたかは分からない。
本当に蒲原有明氏が「たをやめ・益荒男」を意識したかどうかも定かではなく、薄田泣菫氏の “をとめ” の境遇も考察に留まる。
しかし、私なりに証拠を揃えたうえで「こう思ったのだろう」と考察した今回、彼らと彼らの詩をさらに好きになった。
もし私の詩が、このような考察をされながら後世に残ったら、詩人冥利に尽きると思う。

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《参考および一部引用:蒲原有明『草わかば』より「をとめごころ」https://www.aozora.gr.jp/cards/001055/files/46160_57996.html
薄田泣菫(薄田淳介)『白羊宮』より「をとめごころ」https://www.aozora.gr.jp/cards/000150/files/50558_61357.html 》
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